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退職管理を適切に行うには(1)

 

人材不足による倒産が注目される一方、業績が良くても人員削減を行う企業もあります。もちろん、業績不振から人員削減を行う会社というのもしばしば耳にします。

組織全体の動きとは別に個人レベルでも、退職や転職というのは日常的なものと言えるかもしれません。実際、退職代行サービスはもはや定着したと言えるでしょうし、人材を採用しようとする企業もミスマッチがある程度生じるのは仕方がないと割り切って、新卒採用とともに若手の転職市場でも採用活動を同時平行で進めたり、短時間労働でよいから自社との接点をもつ人でも従業員候補として人材プールにリストアップするケースも珍しくはありません。

更に、定年延長や定年・再雇用を行うとしても、いずれは退職する時が来る以上、早めに計画的にベテラン従業員を補完しようとしたり、他社を定年退職したり定年延長を断ったりした人材を新たに採用しようとする企業も相当程度出てきています。

もちろん、人材不足で倒産しないように採用を活発化させる一方で、仕事の足を引っ張る従業員を退職させることも重要であることは、改めて言うまでもありません。そうしないと、仮に少数であっても問題のある従業員がいる組織では、最悪の場合、人材を採っても採っても残ってほしい人ほど辞めていくという、悪い意味での人材流動化に陥ってしまうからです。

いずれにしても、従業員が退職したり解雇されたりするのはどの企業でも定常的に発生する事象です。そこで、退職を円滑に問題なく実施していくことが人事の機能のひとつとして改めて重視されます。反対に退職の実務が滞ったり、何らかの問題が生じてしまったりした場合を想定してみれば、この重要性は理解できるでしょう。

 

さて、従業員が退職する際に行うべき人事機能を退職管理と呼ぶとすれば、採用や評価などと同様に、その業務は、基礎的なもの、実務上行うべきもの、人事戦略上取り組むべきものと、大きく3つのレイヤーに分けて考えることができます。

基礎的な退職管理というのは、ルールや手続きが事前に明確に定められているかどうか、そして、その定められている通りに実際に退職の手続きが行われているかどうかが問われます。

具体的には、退職事由または解雇事由の確定、未払いの給与・賃金・賞与等の金額確定とその支払い、退職金の支給、最終出勤日及び残余の有給休暇の取り扱い、会社の備品・用品と個人の持ち込み品の分別、情報流出忌避義務・競業忌避義務など退職後にまつわる雇用に付随する契約事項、社会保険及び年金の取り扱い、福利厚生プログラム(社宅や借上げ社宅の取り扱いなど)や教育プログラムで未処理なもの(奨学金立替分や留学費用の取り扱いなど)が想定されます。

実務上行うべき退職管理というのは、単にルール通りに退職手続きを執り行うだけでなく、そのプロセスで特に注意すべきものを扱います。実際には業務マニュアルや職場の慣例として確立しているものを、そのまま執り行うだけということも多いと思われますが、ケースバイケースで個別に対応しなければならない事象が発生するかもしれない点は注意が必要です。

例えば、退職時面接、業務引き継ぎ、最終出社日のセレモニーなどは、マニュアルや慣例通りに済めばよいのですが、辞める経緯や退職予定者の心情などでトラブル化するかもしれません。特に、辞めるということが噂として広まるのは、組織運営上も人事管理上も感心することではありません。誰がいつどのようにして本人と会う(会わない)のか、事前に本人と会社が話し合って、どのように退職までのタスクを行うのか趣旨や作業内容を確認して、ひとつのプロジェクトとして日程や予算を調整しておくことが望まれます。

人事戦略上取り組むべきものというのは、人材戦略と退職・解雇の現実との整合性の確認、人員計画と事業計画の整合性の確認、退職者の活用(狙いと方策の明確化)などです。特に経営幹部や事業戦略の鍵となるコア人材の退職については、その影響が事業にどの程度及ぶのか見極めた上で、対応策を打ち出さなければなりません。極端な話、CEOがスキャンダルで失脚といったストーリーが社外に流出してしまうと、ダメージコントロールを社内外のコーポレートコミュニケーション活動の一環として即座に進めなければなりません。ことは人事の範疇では済まなくなります。

 

退職管理について扱うべきこれらの事項は、現実的には人事の専門的な知識や実務経験などを有する人材の質と要員数でどこまで取り組むことができるのか変わってきます。言い換えれば、企業の規模や歴史及び経営資源(財務や人員など)によって、できることとできないことがでてきます。そこで次回以降、小規模企業・中規模企業・大規模企業に分けて、退職管理のありかたを考えていきます。

なお、このコラムでは本人が退職を求める退職希望者や会社が退職を要望する退職要請者が発生した時点から後の退職管理について述べることとします。退職希望者の引き留めや辞めてほしくない人材と辞めてほしい人材の線引きなど、退職・解雇に至るまでの人材マネジメント上の課題については扱いません。これらの課題については、後日、稿を改めて取り扱うかもしれません。

 

作成・編集:QMS 代表 人事戦略チーム(2025913日更新)

 

 

退職管理を適切に行うには(2)

 

個人事業主や小規模企業で退職管理を適切に行うには、まずルールの整備が必要です。雇用契約書や就業規則に条文として明確に「退職」に関する取り決めを事前に定めておくことが、満たすべき最低限の基準です。しかし、そのことを全く理解していないのではないかと思わざるを得ない個人事業主や小規模企業経営者がいまだに存在しています。

ここで特に注意しておきたいのは、雇用者自身が「退職」に関する最低限の知識を身につけておくことです。例えば、解雇と退職の労働法制や就業規則における違いです。一口に解雇と言っても、懲戒解雇・普通解雇・整理解雇と大きく異なり、法制上も就業規則に定める上でもそれらの違いに応じたものになっていることが求められます。

また「退職」に際しては、口頭で退職を申し出るだけでなく、文書でその旨を知らせる必要性を理解した上で、「退職願」と「退職届」の違いに応じて退職手続きを進めることが肝要です。更に、退職事由によって退職の事務的な手続きや退職金などの取り扱いが異なるのであれば、その点にも十分に留意します。

実際の事務手続きは、顧問契約をしている社会保険労務士や税理士などの社外専門家に任せるケースが大半でしょう。例えば、給与・賃金の支払い、賞与の取り扱い、残余の有給休暇の取り扱い、社宅からの退去手続き、借上げ社宅の賃貸契約の取り扱い、健康保険・年金・税金の取り扱いなど、企業規模の大小に関わらず処理すべき事項が多くあります。

法律上必要な手続きを処理するだけでなくそれらに並行して、専門家としての知見を借りて退職や解雇に付随するトラブルを未然に防ぐ手立てを講じます。有り体に言えば、リベンジ退職にならないように適切な措置を講じなければなりません。

雇用者自身にここで求めるような実務経験は必ずしも十分にあるわけではありません。その上、他に経営上取り組むべきことがあって対応が遅れがちであることは否定できません。

そこで、競業忌避義務を申し合せた誓約書、仕事を通じてアクセスしていたデータや個人情報(本人の名刺や顧客・取引先などの名刺など)を不正に持ち出していない誓約書、制服や携帯電話などの貸与品など被雇用者が雇用者に返還すべき物品のリストと返還受領証など、退職時に提出してほしい書類を事前に整備しておくのが理想的です。現実には整備されておらず、定まった書式もないのであれば、専門家の知見が必要です。

また、退職時の面談や業務の引き継ぎなど、中規模以上の組織であれば職場の慣例や風習で何となく定式化されているものも、個人事業主や小規模事業者ではその時その場での対応だったり、何も行われなかったりしがちです。

こうしたことを放置しておくと、もともと何かあって退職しようとしている人がより過激なリベンジに走るようになるリスクがあります。そうしたリスクが顕在化してしまわないように、データの二重保存及び店舗・工場・事務所や保管庫の鍵の交換など、多少は手間と費用がかかっても対処しておいたほうがよいことがあります。特に懲戒解雇や普通解雇の際は、事業運営上のリスクがあるということをしっかりと認識しておいて対処すべきでしょう。

事務的な手続きも大事ですが、こうしたリスクマネジメントは経営者が自ら実行しなければなりません。そこで、1人の退職者が出たときに、退職時にやるべき事項をリストアップしておき、次回以降はそのリストを元に退職に対処していくことを習慣化します。

もちろん、多少なりとも退職や解雇を巡ってトラブルになりそうであれば、早めに外部の専門家に相談するほうがよいでしょう。退職や解雇というのは採用以上に大きな労務問題を引き起こしかねません。営業活動や資金繰りなど経営者としてやるべきことは多々ありますが、後回しにせずに早め早めに手を打つほうが問題処理を進めやすいのです。

なお、年金事務所や労働基準監督署などの公的機関に相談するというのも、無料のコンサルティングを受けるのに等しい価値をもつケースもあります。困ったら一度訪ねてみてはいかがでしょうか。

 

 退職者とは退職後もよい関係を維持できるものなら維持しておきましょう。大手企業であればアルムナイといった退職者を組織化したものを整備して、時にはビジネス上の関係を発展させるきっかけになることも期待できますが、個人事業主や小規模企業ではそこまで組織化することは難しいでしょう。

ただ、雇用者と退職者の個人的なつながりが退職後もあれば、何かの時にビジネスが発展する契機になるかもしれません。直接は無理でも、新たに採用したい人を探す上で、自社のことや雇用者のことを知っていて誰かを紹介してくれる程度の関係性は保っておきたいものです。

また、個人事業や小規模企業の現実から言えるのは、退職者が出た際にその業務を別の担当者にそのまま引き継ぐことは、退職前に新たに採用できた人がいたとしても、ほぼ無理です。単なる引継ぎではなく、業務分担を見直して不要な仕事はやめてしまうなど、仕事のありかたを変えてしまうほうが早いでしょう。

個人事業や小規模企業では代表者自身が人事責任者でもあるはずです。退職者がでたら、その機を逃さずに人材の入れ替えや仕事の再編を通じて、次の成長・発展を図りたいものです。

 

作成・編集:QMS 代表 人事戦略チーム(2025922日更新)

 

 

退職管理を適切に行うには(3)

 

次に考える中規模企業や歴史の長い中小企業では、退職管理の問題は大きく次の3点に集約されるでしょう。第一に退職の原因が必ずしも自明であるとは限らないこと、第二に退職者の補充を数合わせで行うこと、そして退職者が出たことで事業の継続性に問題が生じることです。

 

通常、中規模企業や歴史の長い中小企業では既に規則や制度はある程度整っているはずです。個人事業主や小規模企業ではルールそのものが整備されておらず、明文化されていなかったり、退職手続きの担当や責任者がはっきりしていなかったりするなどという問題でしたが、中規模企業や中堅企業では、退職に関するルール・手続き・書式・担当組織などは明確になっているでしょう。

中規模企業や歴史の長い中小企業では、形式的にも実務上も退職に関するルールや手順が確立していて、実例も相当積み上がっています。それ故に、通常の業務として処理できているので特に問題はないと思い込んでいるのかもしれません。

しかし、労働関連の法制や税金・社会保険の規則など退職にまつわるルールや手続きは毎年のように変更点が発生しています。また、自社の従業員のことはわかっているつもりであっても、退職に至る経緯や理由は100%把握できるわけではありません。退職の背景に各種のハラスメントや不正行為などが隠されている可能性は絶えず意識しておくべきでしょう。

特に退職者が急に増えたと感じられた際には、通常行っている退職面談だけでなく、会社として顧問契約などを締結したことがない社会保険労務士事務所や弁護士法人などの第三者的な立場の専門家に依頼して、退職者本人及び職務上関係する従業員などにヒアリングやアンケート調査などを行う必要があります。

こうしたことに費用を掛ける経験がない場合、いきなり第三者的な調査というのは抵抗感が強いかもしれません。ただ、第三者的な調査を行うことで、退職管理の一環として組織的に人材マネジメントに取り組む姿勢を見せることにもつながり、従業員に向けて会社のメッセージを発信することになります。退職の原因を究明して、これまでの人材マネジメントに問題があれば、それを特定して是正策を講じていくというメッセージです。

 

中規模企業や中堅企業で退職が問題になるとすれば、多くの場合、退職そのものよりも退職者の補充が問題となります。まして、より一層の事業拡大を目指している状況では、人材の確保・拡充が必要です。

退職が事業計画以上に生じた場合、急いで人員の補充・拡充を行いたいはずです。そこで、どうしても人材に求める基準が甘くなりがちで、人材に求める質的なバーが下がりやすくなります。人事担当の仕事としては、どうしても退職管理よりも採用のほうに重点が移ってしまいます。すると、退職の本当の原因に対処しないまま、次の従業員を採用して、再度同じ原因で退職を招くという悪循環に陥るかもしれません。

反対に、事業を縮小しようとしているのであれば、退職の計画的な管理が必要です。時間が限られている中で、事業の分割・売却及び早期退職優遇制度や整理解雇といった方法を採らなければならないこともあります。

こうした場合は一般的な意味での退職とは異なると思われるかもしれませんが、辞める人と組織に残る人が出るという現象面では同じことです。従って、業務の引き継ぎや最終出社日のセレモニーなどを、辞める経緯や退職予定者の心情などで踏まえて行わないと、トラブルを引き起こしかねません。

事業の分割・売却及び早期退職優遇制度や整理解雇ということが噂として広まるのは、組織運営上も人事管理上も大きな問題と言わざるを得ません。誰かが退職するという点では通常の退職と変わるものではありませんが、当該イベントが発効する日までのタスクを整理し作業内容を確認して、ひとつのプロジェクトとして日程や予算を調整しておくべきでしょう。組織に残っている人たちへのその後のフォローも忘れてはなりません。

退職者の補充・拡充にせよ、計画的な退職にせよ、単なる数合わせで行ってはなりません。退職者の補充を行うにしても補充すべき人材を質的に担保できているかどうか、退職者を個々の事情をもった個人として扱っているかどうか、必ず留意して事に当たらなければなりません。

 

中規模企業や中堅企業では個々の退職で業務がストップするというような問題は、事業の核となっているキーパーソンとかオーナー経営者自身の退任などを除けば、そうそう発生することはないでしょう。とは言え、事業戦略の鍵となるコア人材や主要な経営幹部が退職するとなれば、その影響が事業や会社全体に及ぶはずです。そこで、退職管理の一環として、社内外のコーポレートコミュニケーション活動に取り組むべきですが、これは人事の範疇では対応しきれません。

退職と一口に言っても、こうした個々の事情に応じて戦略的に取り組む課題を経営者や人事責任者が把握した上で、前例や経験だけに捉われずに社外の知見も採り入れて柔軟に対処することが必要です。ただ、こうした対応力に欠けていると思われる実例を企業スキャンダルとして目にするのも事実です。

特に注意したいのは、営業上の秘密や個人情報の漏洩リスクです。個人事業主や小規模企業でもこうした漏洩リスクは事業継続上のリスクとして重大なものですが、従業員数が多くなるほど、また退職者数が多くなるほど、これらの漏洩リスクが顕在化するでしょう。日常的に情報アクセスの管理を適切に行うことは当然として、退職時には当該の退職者がさまざまな情報を持ち出せないような組織的な仕組みを作っておくことが肝要です。

情報アクセスひとつをとっても、経営幹部やコア人材とそうではない従業員とを区分して、それぞれに適切な退職管理のありかたを要請すべきでしょう。頭の中にある情報の質も量も違うので、競業避止義務の誓約書や情報システム上のログ解析で形式的に確認するだけでは、情報漏洩などのトラブルは防ぎきれないのです。

むしろ、退職者との関係を整備して、退職後も自社と適切な関係を維持していくことで、退職後のトラブルを防止したり回避したりすることも検討してよいでしょう。既にある社友会やOB会・OG会などは単なる懇親の場に過ぎないかもしれません。それらをいわゆるアルムナイ(同窓会)に再構成していくことで、退職者も現役の役員や従業員たちもビジネスやキャリアにおいてメリットのある関係を構築していくことが望まれます。

新たに退職者をアルムナイとして組織化するには、退職前からアルムナイのメリットを退職者に理解しておいてもらいたいものです。そのためには退職者の中から他社に移って活躍しているとか組織から独立して事業を立ち上げているとか、何らかの成功を現役の役員や従業員が好意的に評価している言動が必須です。アルムナイを運営するには、そういった組織風土が醸成されていることが要請されます。

このように考えてみると、アルムナイの果たすべき役割のひとつは、事業の継続性を人的組織風土的な面から担保することかもしれません。

 

作成・編集:QMS 代表 人事戦略チーム(2025929日更新)

 

 

退職管理を適切に行うには(4)

 

退職管理の業務は、基礎的なもの、実務上行うべきもの、人事戦略上取り組むべきものと、3つのレイヤーに分けて考えることができます。大手企業の多くは、基礎的なものや実務上行うべきものは問題なく処理できるはずです。しかし、人事戦略上取り組むべきものとなると、必ずしもうまく進めることができているとは限りません。

このコラムの最初に述べたように、人事戦略上取り組むべきものというのは、人材戦略と退職・解雇の現実との整合性の確認、人員計画と事業計画の整合性の確認、退職者の活用(狙いと方策の明確化)などです。文字通り、事業戦略と人材戦略を統合して推進することに他なりません。

大手企業や上場会社は、事業の構造転換などに応じた機動的な人材マネジメントが求められます。事業の構造転換にリンクして機動的な退職管理を実現することが不可欠となります。特定の事業を売却したり撤退したりする際に人員削減に迫られるのが通例です。同時に、他社から事業を買収したり新たに事業を構築したりすることも求められますから、人員を削減しながら別の人材を確保していくことになります。

現に、会社全体では利益を上げているにも関わらず、早期退職優遇制度を時限的に運用するなどして人員削減を行っている実例がいくつも報じられています。これらの動向は、大手企業ほど先手を打って事業の構造転換を図っていることを示しています。

 

退職管理という人事の日常的な機能を考える上で、事業構造の転換といった戦略的な視点や(目先のコストダウンとは異なる)別次元の中長期的な視点が人事の日常的な機能にまで求められています。一見、ルーティーンの業務に思われる退職管理の実務においても、戦略的で計画的な視野をもって取り組むことが必須なのです。単に、要員数と採用者数・退職者数だけの人員計画では、売上・コスト・利益だけの経営計画と同じで、戦略性はありません。

例えば、事業の構造転換を行うとして、自社の歴史や事業相互のつながりから見て、構造転換を今なぜ実行したのか、適切な理由付けを説明することは当然でしょう。業績の動向や財務的な視点だけでは従業員に説明するには不十分で、企業のもつカルチャー、特に事業観とも言うべきもの、即ち「事業とは何か」を適切に説明することが求められます。もちろん、これは従業員に向けてだけではなく、顧客や取引先、株主や金融機関、監督官庁や自治体、広く社会全体に向けて共通のストーリーで説明されるべきものです。

退職管理を日常的に進めるのに現代では、戦略分析の基本である製品市場マトリクスのように、財務指標や市場性に加えて、カルチャーフィットや歴史的インパクト・変遷なども指標化したマトリクスが有用かもしれません。現有事業と自社のカルチャーや事業観は常日頃から明確化して目に見えるようにしておき、そのなかで人材と事業の関連が問われるべきでしょう。企業規模が大きくなり事業が多岐にわたるほど、退職管理の日常的な準備作業の一環として事業構造の転換を説明することが要請されます。

 

これは、現職の役員や従業員だけを対象にすればよいわけではありません。アルムナイなどの退職者を人材マネジメントの面から組織化している企業にあって、アルムナイは単なる人材紹介の場に留まらず、事業を発展させていく契機となる場として活用されるはずです。そこでも自社内における説明と同様に、事業構造の転換を伴うカルチャーフィットや歴史的インパクトなどを説明することが当然のこととして公式化されています。

特に売却されたり撤退したりした事業に大きく関わっていた元従業員・元役員は、どうしてもアルムナイにおける存在感が希薄化しかねません。また、新たに買収したり立ち上げたりした事業では、アルムナイを意識することはあまりないかもしれません。時には、現在の組織よりも以前属していた組織の方でアルムナイのメンバーとして活躍しているかもしれません。

こうした点も考慮に入れて、退職管理の一環としてアルムナイのマネジメントを行うことも重要です。アルムナイは人事部門が管掌するとともに、経営企画・事業管理部門も共同で管掌するものでしょう。

 

さて、大企業であっても、基礎的な退職管理のレベルで問題はないか、定期的にチェックすることは必須です。労働法規や社会保険・年金制度などの変更もあれば、就職・転職に伴う社会的な慣習の変化も大きいことに対応していかなければなりません。単に、事前に明確に定められているルールや手続きに従って実際に退職の手続きが行われていればよいというだけでなく、情報の流出や競合相手への転職など退職後であっても雇用に付随する契約事項が問題となる場合を念頭において、退職管理に取り組むことが肝要です。

また、実務上行うべき退職管理の面でも注意が必要となる場合もあります。例えば、退職時の面談は、人事部門が行うのであればリベンジ退職にならないようにしっかりと準備して臨むはずですが、現場のマネージャーもしくは担当部門の役員や上級管理職が行うと、マネジメント能力のばらつきや不十分な労務管理スキルなどから、問題行動に走ってしまうケースが出現するかもしれません。事前に退職面談のトレーニングを実践的に行ったとしても、個人的な感情が出てしまう虞のある人がいるのであれば、そもそも退職面談を行わせることに疑問符が付きます。

 

企業規模が大きいほど、組織として求める知識・能力・経験などを役員や管理職の全体としてレベルアップさせることは至難の業です。特にパワハラを理解していないとか、パワハラを忌避しようとするあまり、本来行うべきマネジメント活動ができていないとか、問題のある部下の行動を適切に注意しないとか、仕事を任せるのはいいが完全に放任してしまうとか、部下の個々の違いを無視した一律のマネジメント行動をとることが部下を公平に扱うことと勘違いしているなど、何らかの無知・無理解・誤解・曲解に陥っている役員や管理職がある程度はいるでしょう。

こうした問題のある役員や管理職がいるならば、組織全体では現有事業と自社のカルチャーや事業観は常日頃から明確化して目に見えるようしておいたとしても、日常的に部下とコミュニケーションを取っている中で、間違った見解を伝えたり個人的な判断や思い込みを述べたりするでしょう。

そこで退職管理を適切に行うには、まず役員や管理職の人材マネジメントをしっかりと行うことです。つまり、レベルアップのための教育研修を行った上で、不適格な人は入れ替えることが避けて通れません。

時には、入れ替えの対象が経営トップに及ぶこともあるでしょう。経営幹部や事業戦略の鍵となるコア人材の入れ替えについては、そのことが組織の歴史の1ページとなりカルチャーを作りだす契機ともなります。退職管理が役員人事につながりかねない以上、取締役会の人事・報酬委員会とも平常時から連携して仕事を進めることになります。

 

作成・編集:QMS 代表 人事戦略チーム(2025109日更新)

 

 

退職管理を適切に行うには(5)

 

最後に、退職事由の違いによって退職管理を行うポイントが異なる場合があることを述べます。

まず、会社都合による退職の場合です。会社都合による退職というと定年退職が典型的ですが、本人も組織も予め了解しているルールや手続きに則って進めている限りは、特に注意しなければならない点はないでしょう。

ただ、定年後も再雇用などで同じ職場で働き続けるのであれば、書類上の手続きを確実に行い、明確な区切りをつけることを忘れずに行うことです。最も計画的に取り扱うことができるものですから、業務の引き継ぎや人員の再配置などもスムーズにできるはずです。もし、定年退職時の退職管理に問題が生じるのであれば、人事管理全体がうまくいっていないことを真剣に疑う必要があります。

次に同じ会社都合と言っても転籍や整理解雇のように、会社の事業上の都合による退職の場合もあります。特に退職勧奨や整理解雇といった人員削減の対象となった人の退職については、退職日を確定することや転職支援サービスや割増退職金など退職対象者に限定された処遇プログラムを実施することなど、対象者や時間を限定した政策を間違いなく実施しなければなりません。

また、他社への転籍については、自社から特定の事業部門を切り出して新会社を設立した場合とかその切り出した会社を別の会社と合併させた場合には、労働時間・就業場所・賃金・役職位などの基本的な労働条件はもとより、退職金や年金及び社宅などの福利厚生プログラムなども調整しなければなりません。

中でも退職金や年金については、従来の会社から継続して勤務が続いているものと見做すこともありますが、個別に他社に転籍する際には一度退職して転籍先に転職するものとして扱うこともあるでしょう。いずれにしても、個々に事情を勘案して金額や支給方法などを転籍前に決めて本人の合意を得ておくことが必要です。

ちなみに、解雇による退職と言っても、会社の懲戒権の基づく懲戒解雇・諭旨解雇や本人の勤務成績不良などに基づく普通解雇のように、本人の責に帰すべき事由に起因する退職の場合は、退職金の支給条件などで退職時の処遇が異なります。懲戒事由の具体的な内容や発生日時などを確定して文書化しておくとともに、会社として就業規則などの規定に基づき決定した処遇の内容も文書化しておくことが不可欠です。

 

次に、自己都合による退職の場合を考えてみます。実際に多いのは他社への転職や個人的な事情による退職です。こうした場合は特に業務の引き継ぎや最終の出社日などを確定して確実に実行しておくことが要請されます。

その際、転職の場合はより慎重に、退職届または退職願を提出してもらい、それを組織として受理する一方で、競業避止条項を入れた誓約書及び退職後の守秘義務契約書や情報の漏洩・流出の防止に協力する誓約書などを提出してもらうことが必須です。退職代行業者を経由して手続きを行うのであれば、最初に代行業者が退職予定者から委任を受けていることを示す書類(本人の実印を押してある委任状と有効な印鑑証明)を提出してもらうことから始めましょう。

リモート勤務が実施されている組織では実例が発生してから対応を考えるのではなく、事前に引き継ぎの具体的な方法や出社が必要とされる事由などをルール化しておくほうが望ましいでしょう。マニュアルとか書式一式を整備しておくことです。

また、個人的な事情による退職では、「個人的な事情」によって組織としての対応が異なります。例えば、留学は転職と同様に扱うのでよいかもしれませんが、本人の傷病や家族の介護などによる場合、診断書や介護認定などの公的な書類は休職を申請する上では必要ですが、退職には不要です。こうした個人的な事情をどこまで説明すべきかはその人の判断によりますが、原則的には退職の際は「個人的な事情」については書類などで示す必要はありません。あくまで「一身上の都合により」退職すると届ければよいのであって、その事情は明かす必要はありません。

但し、組織として休暇・休職の制度を説明したり提供できるサポート・プログラムを紹介したりするのは当然です。本人が事情を語る範囲に止めて立ち入り過ぎないことが肝要で、いきなり退職しなくても当面は休職扱いというケースもあるでしょう。

こうした事情は退職時の面談などでも十分に留意すべきです。「個人的な事情」に配偶者の転職・転勤などに伴う場合もありますが、これも自社で対応できる範囲が限られており、退職予定者からすると、事情を話したのに何も対処してくれないだけ、というネガティブな感情や印象だけが残りかねないのであれば、始めから何も訊かないほうがよいかもしれません。

このように自己都合退職の場合、退職後にトラブルが発生するのを防ぐために退職前に対応しておくべき事項が多くなりがちです。そうした状況であるにも関わらず、退職面談などを行って退職理由を特定しようとする組織もあるでしょう。

実際に退職する立場になるとわかることですが、退職時の面談で退職に至るまでのストーリーを本音で語る人はあまりいません。現在の勤務先に対する不平不満があっても、そのことはあまり表には出さずに、単に転職先が決まったとか留学するために退職すると申し出るほうが多いでしょう。

退職理由には一見すると問題がなくても、自己都合での退職者が多く出る部門や職場というのは何らかの問題を抱えていると判断して対応策をとるべきです。ただ、これは退職管理で扱うものではなく、会社の人事政策とかマネジメントの課題として取り組むものです。

ある程度以上の規模の組織であれば、毎年相当数の退職者が出るのは当然です。特に自己都合で退職する人がデータ上目立って多い部門や職種があるなど、マネジメント上の課題が存在することを示唆するものがあるかどうかに目を配っておき、退職管理とは別の課題として対応していくことが求められます。

 

会社都合にしろ自己都合にしろ、退職する人はそれぞれの事情をもって退職していきます。退職した人たちをアルムナイのメンバーとして組織化している組織も多いと思いますが、退職者を全員、アルムナイに登録するのかどうかは、また別の問題です。

実際、定年退職して再雇用されている人は、まだまだ現役ですからアルムナイに登録するのは早いかもしれません。自己都合で退職した人や解雇された人の中には、勤務していたという経歴を抹消したいとか二度と上司や同僚の顔を見たくないと思って辞めた人もいるはずです。

そこで、退職する人にはアルムナイの入会案内はしても、最終的に登録するかどうかを決めるのは本人の意思に委ねるほうがよいでしょう。当然、退職事由によってもアルムナイの受け止め方は違うでしょうし、表面的な退職の経緯と本当の事情が異なっていたとすれば、アルムナイとの関係も異なってくるはずです。アルムナイに登録し定期的に会合に出たり連絡を取り合ったりするが望ましいとしても、強制はすべきではありません。

もちろん、退職者全員がアルムナイに登録するように在職中から人事施策を打っていくのは、人事部門として目指すところかもしれません。一方、現実には自らの意思で退職していくからには、そこに何らかの理由や事情があるはずで、敢えて尋ねることをしないのも一つの対応と言えるでしょう。

 

作成・編集:QMS 代表 人事戦略チーム(20251020日更新)

 

 

 

 

 

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