改めて考えるべき退職金制度(2)
それでは退職金制度がもっている機能について、マネジメントの視点と従業員の視点から整理してみましょう。
まず、経営者にとって退職金を考える上で三つの論点があります。ひとつは、一度採用した人材を引き付けておくための報酬制度として機能しているかどうかです。次に、退職金制度を通じて組織にペナルティを明示する機能を実現することが期待されます。そして、未払いの報酬を抱えたまま経営しなければならないという、将来の財務的なリスク(債務の負担)を適切にコントロールするという点です。
一般に、自社に引き付けておきたい人材について、その離職防止と長期定着のインセンティブとして退職金制度を機能させる場合、勤続年数が伸びるほど支給額が増加する設計にすることで、中堅やベテラン層の従業員を引き留める効果が期待できます。同時に、若手や中高年齢層でも中途採用した人たちなどは勤続年数が短いため退職金は多くを望めないので、金銭面ではいつ辞めても有利にならないことになります。
自社の人材調達は新卒定期採用で勤続年数が長いほど人材として引き付けておきたいのか、中途採用中心で勤続年数の長さが人材価値との関連性が低いのか、この違いによって退職金制度に求める機能は変わってきます。後者の極端な場合、退職金制度がないほうが人材を引き付けるのに有利になることもあります。
なお、人件費の総枠を一定とすれば、給与として毎月支払うと税負担に加えて社会保険料として本人が負担する分と会社が負担する分も発生します。同じ金額を毎年、退職金相当額として積み立てるとすれば、これらの負担分を毎月の人件費から減少させることができるので、会社も本人も得になると言えるかもしれません。
しかし、給与水準を他社と比較する際に、退職金制度がない他社がその分を上乗せして毎月の給与額を高くしているならば、自社の給与水準は低く見えることになります。人材不足時に採用を強化しなければならない会社にとっては、退職金制度がある分、給与は低いというメッセージを敢えて打ち出す意味はないでしょう。こうした点もマネジメントとして十分に考慮しなければなりません。
次に、退職金制度を通じて組織にペナルティを明示する機能を実現するというのは、組織のマネジメントにとして規律を維持することの一環として考えるべきポイントです。
そもそも組織運営で規律を確立し維持していくことは必要不可欠であり、そのためのツールのひとつとして、就業規則に賞罰や懲戒に関する事項を定めて、日常のマネジメント活動の一環として必要に応じて人事上の処分を行います。
その際に、退職金制度があれば、懲戒解雇での不支給や諭旨解雇での減額支給という形で組織としてのメッセージを打ち出すことができます。特に勤続年数が長い従業員にとって、退職金が支給されなかったり大幅に減額されたりするならば、長年の貢献を無にするような不祥事に手を染めることを躊躇するでしょう。特に、他社からの引き抜きや機密情報の漏洩への誘いに対して、一定の抑止力になることが期待されます。
ただ、業務上横領、顧客との重大なトラブル、大規模な情報漏洩などにより多大な損害が生じた場合は、その損害を埋め合わせるほどの額を退職金として支給することになっているケースは皆無に等しいでしょう。不支給や大幅な減額をペナルティとして課すことができる退職金制度といっても、リスクマネジメント上は実害を補償する保険ではありません。
退職金制度を導入し運用するということは、会社は退職金という将来支払わなければならない債務を抱えるということにほかなりません。業績がよい時期にはあまり意識されないかもしれませんが、業績が芳しくない時期に退職金の支払いが重なるとキャッシュフローに重大な問題を生じることもありえます。
もともと退職金の支払いに充てるために社外に資金を積み立てているのであればまだしも、そうした支払い準備をせずに内部留保だけで退職金制度を維持してきた場合は、想定外に退職者が出てしまうだけで業績が悪化に転ずることもあります。
このように、未払いの報酬を抱えたまま経営しなければならないために負う財務的なリスク(債務の負担)を適切にコントロールするには、外部に支払い準備となる積み立てを行って、コスト負担を平準化しておくことが要請されます。言い換えれば、業績がよくても悪くても、いつも退職金の支払い準備となるものに一定の金額を拠出し続けることが求められますから、その分の人件費を負担し続けなければなりません。
毎年コンスタントにコストを負担していくのか、ある年に一気に退職金の支払いという形で人件費の流出を招くのか、退職金制度を運用するということはこのバランスを考えて財務的に無理なく取り扱うことに他なりません。
ここからは退職金制度が従業員にとってもつ意味を考えてみましょう。
基本的なことを言えば、退職金は従業員一人ひとりにとってみれば、税制上の優遇措置を享受できる仕組みである一方、キャリア選択の自由度を低下させる虞があるツールでもあります。
退職金には退職所得控除という税制上の優遇措置があります。その上、社会保険料もかかりません。つまり、同じ金額を毎月の給与でもらうよりも、最終的に手元に残る現金(手取り額)が多くなるのです。
従業員個人の財産形成という面では、自分で意識して貯蓄や投資をしなくても、会社に長く勤めるだけでまとまった資金が確保できるという安心感があります。特に定年退職する際に、老後資金の一部がしっかりと確保されているというのは、大きなメリットと言えます。
しかし、若い頃からの「現在」の視点で言えば、退職金制度に人件費を回すので、その分、今使えるお金(可処分所得)が減るとも言えます。将来の退職金のために毎月の給料が低く抑えられている側面があるため、若手・中堅や子育て世代などは今まさに資金が必要な時期の給与が思うように伸びないと感じられるかもしれません。
また、60歳や65歳など高年齢になってから受け取る退職金は、長い勤続期間がある故にインフレによって実質的な価値が目減りするリスクがあります。また、会社の経営破綻によって事前のシミュレーション通りには退職金をもらえなくなる危険性もゼロではありません。老後資金の一部がしっかりと確保されているというメリットも、いくつもの条件が付された上でのメリットに過ぎません。
従業員が考えなければならない退職金制度の課題は、経済的なものだけではありません。退職金制度は一般に長期的な勤続を奨励するものである以上、従業員のキャリアは何も意識しなければ自然に一つの会社に勤め続ける方向に選択肢が狭まるでしょう。転職のハードルが高くなるのです。
まして、圧倒的に多くの企業では、他社への転職など自己都合退職の場合は支給額が大幅に減額されることが多いので、転職するかどうかで迷うと退職を踏みとどまる人も出てきます。勤続年数が長いほど、今辞めると退職金が大きく減額されるから、定年まで勤め続けようとして、今の会社に縛られる原因にもなります。
こうした従業員が多くなればなるほど、退職金がもらえるまで我慢して在籍し続けようとしてモチベーションの低下した社員を生みやすくなる点は否定できません。結果として会社全体の業績が悪化するであろうことは予測できます。そこで、早期退職優遇制度を導入して人材や事業の入れ替えを要請することになります。退職金制度があるために早期退職を促すことにつながるリスクもあるのです。
ここで説明したように、マネジメントにとって、退職金は人材を引き付けておくための報酬制度であり、ペナルティとしての機能を果たすものであり、財務的なリスクを適切にコントロールしなければならない債務であるということです。従業員にとっては、税制上の優遇措置を享受できる仕組みでありながら、キャリア選択の自由度を低下させるリスクのあるツールでもあります。
こうした視点をしっかりと保持した上で、退職金制度のありかたを考えていくことが求められます。
作成・編集:人事戦略チーム(2026年7月27日更新)