早期退職優遇制度の狙いと現実(補論1)
当コラム(3)の【注3】で述べたように、特に随時型・希望退職の場合において退職の自動的な成立を防止するために注意すべきポイントやトラブルになりがちなリスクについて、ここで説明します。
早期退職優遇制度において、会社が残ってほしいと判断する社員からの応募を会社の意思で拒否する(承認しない)という行為は、一定のルールや条件の下で会社の裁量として認められるのが原則です。
多くの場合、リストラにせよ、ポストM&Aの組織統合にせよ、会社に残ってほしい社員を個人名でリストアップしておくでしょう。そのリストにある社員が早期退職優遇制度に応募して退職してしまうのは、明らかな経営の失敗ですから、そうならないように何らかの準備をしておくことがマネジメント上求められます。
実際に訴訟となって争われたケースで見ると、早期退職の募集が「契約の申し込み」なのか、それとも「申し込みの誘引(誘い)」なのか、という点が第一の争点となります。
早期退職優遇制度が公表される前に既に退職を届け出ていた場合や会社が指定する特定の事業部門や職種などに該当する場合などを除くと、早期退職優遇制度の条件を満たす従業員が制度への申し込みを正式に行った時点で、申し出た従業員に制度を適用するかどうかを個別に会社が判断することは法的には認められないと解すべきでしょう。
大和銀行や日本オラクルなどの裁判例では、「早期退職制度の適用に使用者の承認を必要とすることは不合理ではない」とされており、会社に承認権(拒否する権限)があること自体は認められています。これらのケースに見られるのは、募集要項などに「会社が承認した者に限る」とか「業務上の都合により不承認とすることがある」といった文言が明記されていても、従業員から見れば早期退職優遇制度に応募した(申し込んだ)時点で退職と割増金等の付加的支給が自動的に確定したものと思われてしまい、後から会社(上長や人事部門)が「君は優秀だからダメ」とか「先に他社への転職を決めているのは認められない」と拒否しても従業員は納得していないため、訴訟に発展することがあるのです。
第二に、早期退職優遇制度の適用範囲を募集時点で明示しているかどうかが争われることもあります。募集要項などに募集対象者を年齢・勤続年数・職種・所属部門・勤務地・事業所などで限定することを明示していないとか、「事業上の都合等により会社が制度適用を認めないことがある」といった除外条項を規定していないのであれば、会社の裁量で特定の従業員について早期退職優遇制度の適用を認めないというのは、法的に無理があります。
第三に問題となりうるのは、会社側の裁量の余地の程度です。会社に早期退職優遇制度の適用について裁量の余地があることを募集要項などに明記していたとしても、恣意的に適否を判断していいわけではありません。もし、早期退職優遇制度の適用を拒否された従業員が恣意的な判断を会社は行っていると思えば、適用を拒否されたことによる損害を賠償するように当該従業員から確実に会社が訴えられるでしょう。その際、裁判所は会社が拒否した理由に客観的な合理性や公平性があるかを厳しく見ます。
例えば、同じような職種や属性の社員がいて、一方は早期退職優遇制度の応募を認めたのに、もう一方の社員について「代わりの人が見つからない」とか「上司が仕事上困ると言っている」といったことを理由として拒否した場合、裁量権の濫用と判断される可能性が高いでしょう。もちろん、会社が裁判で負ければ、退職を認めた上で割増退職金の支払いなどを命じられることになるでしょう。
そして、最も重大で法的なリスク以上に深刻な問題は、自己都合で辞められると割増退職金の支払いはなくても人材の損失には対処できないことです。これは法律上のトラブルというより、実務上の最大のマイナスです。
言うまでもないことですが、法律上、労働者には退職の自由が保障されています。会社が早期退職優遇制度への応募を法的に正当に拒否したとしても、その社員が割増金をもらえないなら自己都合退職として退職届を提出して2週間後に辞めるのであれば、それを止める法的な強制力は会社にありません。
転職市場で価値が高い優秀な社員だからこそ、自らの市場価値を実現するチャンスとして早期退職に応募するでしょう。それを会社が拒否すると、その社員は割増金をもらえるチャンスを会社に潰されたと不平不満をもちます。結果として、タイミングは多少遅くなったとしても割増金なしの通常の自己都合で他社に転職してしまうならば、会社には優秀な人材を失い、職場や転職市場に悪評だけが残るという最悪の結果を招きます。
こうしたトラブルやマイナスを回避するため、次のような工夫を徹底している企業もあります。
ひとつは、除外規定を様々に列挙して「会社が承認した者に限る」だけでなく、「特定のプロジェクトに従事している者」「代替が著しく困難な職務にある者」「戦略上重要な事項を扱う者」など、拒否する基準(適用除外事由)を予め記載しておくことです。ただ、対象者の範囲を明確に規定していても、大企業ほどその対象者のなかに戦略上価値の高い人材が混在してしまうリスクを否定できません。
もうひとつは、書面提出などによる正式な応募の前に個別面談を必須のプロセスに組み込むことで、残ってほしい社員に必要なメッセージを伝えることです。いきなり応募用紙を提出させるのではなく、事前に上司や人事とのキャリア面談を義務化し、残ってほしい社員には事前面談の段階で「君にはこういうポスト(処遇)を用意しているから応募しないでほしい」と全力で引き留め(リテンション)を行って、合意の上で応募を見送らせるようにもっていきます。とは言え、随時型・希望退職の場合、時間的な制限も無視できないため、個別面談が形だけのものになったり、そもそも面談を行う時間を設定できなかったりすることもあります。
このように退職の自動的な成立を防止するためにいろいろと工夫を凝らしたとしても、既に触れたように、従業員が割増退職金をもらえないなら自己都合で構わないので退職しますと明言するならば、退職を止めることはできません。仮に強引に説得しても、本人のモラール(士気)は下がったり転職活動ばかりに目が行ったりするだけで、互いに良いことは期待できません。
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年7月10日更新)