早期退職優遇制度の狙いと現実(5)
さて、ここまで述べてきたことは、財務的にも人材面でもある程度以上の余裕がある大企業でなければ成立しないものであり、一般の中小企業における現実とは大きく乖離して話として受け止められるものでしょう。中小企業においては制度の前提となるものがないため、特に常設型・選択定年制の早期退職優遇制度は一般的に導入されているとは思えません。
その理由としてまず指摘できるのは、人材不足です。そもそも人手不足で倒産する企業が後を絶たないのが中小企業です。人材を採用したくても、応募者が集まるような処遇を募集要項に提示できないため、応募者がほとんどいない会社も多いでしょう。まして、新卒初任給を大企業に伍するレベルで提示できたり、他社から高給で幹部社員を引き抜いたりできる中小企業は、あっても極めて限られています。
また、人材面では質量ともに余力に欠ける点も見逃せません。大企業であれば特定の部門から数人抜けても組織全体でカバーできますが、中小企業では仕事に慣れ親しんだベテランが1人抜けるだけで現場が回らなくなるという状況に陥りがちです。習熟度の低い従業員であっても1人が辞めると店や工場を運営できなくなるかもしれません。そういう状況で早期退職優遇制度を常設化して、いつ誰が退職に手を挙げるか分からない状態にしておくということは、経営上あり得ないとしか表現しようがありません。
中小企業で常設型・選択定年制の早期退職優遇制度が導入されないもうひとつの理由は、財務上不可能であるということです。大企業のように、対象者1人につき数百万円〜数千万円の割増退職金を毎年定常的に支払うには、いつでも現金を支払う余力が必要です。中小企業の多くは中小企業退職金共済(中退共)などを利用して通常の退職金を外部に積み立てるか、単に社内に退職金引き当てを行うのが精一杯であり、対象者が1人であっても割増退職金を支払うことは実質的に不可能という会社も多いでしょう。まして、現実には今いる従業員の賃金を引き上げることもままならないとすれば、退職金を割り増しして支払うなどということはあり得ません。
そもそも、企業規模が小さいほど退職金制度がない割合が多くなる傾向にあります。従業員が1000人以上の企業では退職金がない企業は2.2%ですが、100~499人では9.4%、50~99人では13.1%となっています(注5)。50人未満の企業は調査対象ではないため確認できませんが、退職金制度がない企業の比率はもっと高くなることが十分に予想されます。もともと退職金制度がない(実感として小規模企業では退職金が制度化されていないほうが一般的と言えるかもしれません)のであれば、割増退職金があるはずもありません。
仮に中小企業でも何らかの理由で早期退職優遇制度を導入するとすれば、それは、随時型・希望退職のタイプです。今すぐコストを大きく削減しないと会社が潰れるという文字通りの緊急事態の場合です。このような状況では、割増退職金といってもわずかな金額でしょうし、最悪の場合は通常の退職金すら満額支給されないケースもあるかもしれません。
中小企業では退職金制度があってもなくても、早期退職でキャリアチェンジの可能性がある人はゼロでないとしても極めて限られた人たちでしょう。まして、割増退職金をもらってゆとりをもってセカンドキャリアを開拓しようというのは、実質的に大企業及び中堅企業の一部に勤める従業員だけに許された、いわば特権と言えます。
中小企業に勤める人にとって、定年制度があっても替わりの人がいないからいつまでも辞めさせてもらえないことすら珍しいものではありません。早期退職を募るどころか、65歳でも70歳でも残って働いてほしいと引き留められるケースも見られます。
そうした中小企業では、役職定年とそれに伴う給与の見直しを行って処遇水準を下げるとか、定年前の賃金水準を大きく下回ることで定年後に再雇用の機会を提供するといった方法が採られるようです。こうした手法は中小企業に限られるものではありませんし、大企業や中堅企業でも見られるものですが、早期退職優遇制度と併用できる中小企業というのは極めて難しいでしょう。
はっきり言ってしまえば、常設型の早期退職優遇制度は大企業の論理と事情で動いています。中小企業においては、制度を常設化する人材マネジメント上のメリットや必要性もなければ、財務上の可能性も皆無に等しいでしょう。
むしろ中小企業の経営において重要なのは、早期退職を促すことではなく、限られた人員の中で中高年やシニア層の従業員に、いかに給与に見合った成果を出してもらい続けるかという、中高年やシニア層の戦力化のマネジメントになります。もちろん、決して恵まれているとは言えない処遇水準を前提に、どこまで我慢して働いてもらえるのかが経営者の力量にかかってくるのです。
第三者から見れば、常設型の早期退職優遇制度を導入・運用している会社は、それだけ人材面でも財務的にも余裕があり、その余裕を人材の入れ替えに活用することで、入れ替え対象となる社員にキャリアチェンジの機会と資金を提供しているわけです。それだけの余裕のない会社(圧倒的に多くの場合、中小企業を意味します)に勤めている社員の立場では、早期退職優遇制度という恵まれたプログラムがあるのなら、それを活用するのが当然と思うでしょう。
しかし、当事者にとっては、なぜ、自分が早期退職の対象なのか、十分に納得できるものがないのかもしれません。同期入社した人は役員に登用されたり子会社の社長になったりするのに対して、自分は役職定年になったり早期退職の対象でセカンドキャリアのカウンセリングを受けたりしているとすれば、誰もが前向きに取り組むとは思えません。
従って今後は例えば勤続年数が10年以上の従業員は5年毎に全員を対象に次のキャリアを考えるプログラムの対象にするなど、かなり若いうちから早期退職も選択肢に含めて自分のキャリアを本当に考えるようにはしていく機会を、早めに多く持つことが求められるでしょう。
中小企業にとって、もし常設型・選択定年制の早期退職優遇制度を導入することがあるとすれば、こうした発想で人材を入れ替えていくことを前提に、まずは仕事のやり方を標準化・マニュアル化しておくとか、DX/AIなどを活用して個人に依存しない方法で業務処理を進める仕組みを作っておくことから、組織や業務を整備しなければなりません。
【注5】
これらの数字は、内閣官房内閣人事局が株式会社工業市場研究所に委託して調査を行った「民間企業における退職給付制度に関する調査」(2024年実施)についての報告書「令和6年度 民間企業における退職給付制度の状況等に関する調査研究報告書」の11ページによります。詳しくは以下の調査報告書を参照してください。
minkan_taisyokukyufu_r06_all.pdf
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年7月2日更新)