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早期退職優遇制度の狙いと現実(3)

早期退職優遇制度の狙いと現実(3)

 

 企業にとって早期退職優遇制度は、随時型・希望退職と常設型・選択定年制で果たすべき機能が異なります。随時型・希望退職は、業績不振や倒産の危険性が明らかな状況で、企業としてサバイバルしていくために必要な手段のひとつとして実施されるものです。一方、常設型・選択定年制は、業績動向から見た緊急性や危険性から導入・運用されるのではなく、事業の再構築(リストラクチャリング)及び組織の変革や人材の入れ替えを促進する方策のひとつとして活用されます。

早期退職制度を常設化するということは、企業にとってはリストラクチャリングや組織変革の重要なツールを整備することであり、従業員にとってはキャリアの選択肢(セーフティネット付き)が増えるようになると期待されるため、双方にメリットがあるから定着してきているのでしょう。ただ、企業経営の視点では、この制度は一歩間違えると組織の競争力や人材活性化を低下させかねないと危惧されるところもあります。

早期退職優遇制度を常設化すると、組織・人材のマネジメント上は、空席となるポストに若手や中堅社員を充てることで組織の若返りを実現できたり、若手や中堅社員に活躍の場をもたらすことでモチベーションを高めたり、人材の新陳代謝による組織の活性化を図ったりするなどのメリットを想定できます。

しかし、当然ながらデメリットが現実化してしまうかもしれません。優秀な人材が流出するという逆選択の問題が顕在化したり、業務の引き継ぎがうまくいかずに仕事上必要なスキルやノウハウが組織に残らなかったり、その結果、顧客離れや技術の継承が途切れてしまったり、残された社員の不安感(サバイバーズ・ギルト)が危機的な水準にまで高まってしまったりするかもしれません。

また、財務的な観点から言えば、人件費(固定費)の適正化及び新規事業やDX/AIへの投資余力を確保できたり、整理解雇ではないためレピュテーションリスクに晒されるリスクが低かったりするメリットはあるでしょう。もちろん、割増退職金や再就職支援サービスへの支出などの費用はかかりますし、業務の中核を担っていた社員が退職するわけですから競合他社へ技術や顧客情報が流出する危険性があることは否定できません。

そこで、常設型の早期退職優遇制度を狙い通りに運用していくには、特に重視すべきっポイントがあります。それは、(募集要項の不備による)退職の自動的な成立、引き留め(リテンション)のマネジメント、残された社員のケア、以上の3点です。

 

  (募集要項の不備による)退職の自動的な成立

優秀な人から辞めていくという逆選択をある程度防ぐには、「応募があった場合でも、会社が業務上著しい支障があると認めた場合は、適用を除外(拒否)できる」という条項を早期退職優遇制度に関する社内規定や労使協定に盛り込むことが必要です。但し、誰彼構わず拒否すると名ばかりの早期退職優遇制度となり従業員の不信感を生みますし、引き留め(リテンション)面談などで個別に要請し交渉するようでは制度とは呼べません。募集要項を公開する段階から運用基準の透明性が求められる以上、規定や協定に会社が拒否する場合もあることを明示すべきです。

早期退職制度において、会社が残ってほしい優秀な社員からの応募を拒否する(承認しない)という行為は、法的には原則として会社の裁量は認められるとしても、事前のルール作りと運用の仕方を間違えると、訴訟に敗れて損害賠償を負うことになるなど、禍根を残す問題となりうるものです(注3)。

そこで、会社として残ってほしい人材に早期退職優遇制度に応募せずに残ってもらうためには、ルール上の拒否権を定めるとしてもそれを振りかざすのはあまり奨められません。

退職の自動的な成立を実際上防ぐには、応募する前に、会社に残った方が得だとか面白い仕事が待っていると思ってもらうように経営幹部やマネージャーとの対話ができるかどうかが、成否を分けます。また、適用する事業や部門を予め限定しておくとか、どうしても残ってほしい社員だけを別の子会社に異動させるなどして、応募開始前に募集の対象から外しておくことなども検討されるべきものです。

 

  引き留め(リテンション)のマネジメント

制度を常設化すると、優秀な社員がこの制度を使って割増金をもらい、ライバル企業に転職しようと水面下で準備してしまうリスクがあります。そのため、応募の意思表示があった段階(または事前のキャリア面談)で、経営陣や人事が「あなたには残ってほしいので次はこういうポスト(仕事)を用意している」と真摯に引き留めるプロセス(リテンションマネジメント)を組み込んでおく必要があります。

ただ、早期退職を選んだ人が自主的に選んだキャリアが結果的に競合他社への転職となったとしても、それを引き留めることは原理的に不可能です。まして、早期退職優遇制度とは別に単なる自己都合退職を選んで、退職届を提出して辞めてしまうのは引き留めようがありません。

言い換えれば、リテンションを本当に実現しようとすれば、引き留めの面談でなんとかしようとするのではなく、その前に仕事・処遇・キャリアプランなどについて上長との定期的な面談や人事とのキャリアカウンセリングなどで、本人の意思や悩みを聞き出しておくことが望まれます。また、退職となったとしても、アルムナイのような緩やかなつながりをもって新たな事業機会を創出できればよいと組織的に割り切ることも肝要です。

 

  残された社員のケア

同僚が去った後に残された社員がもつネガティブな心理をサバイバーズ・ギルトといいます。残された者のもつ罪悪感です。「明日は我が身か」とか「いつかは会社に見捨てられるのではないか」という不安もあれば、辞めた人の分の業務負荷が増えることで疲弊するなどして、組織全体のエンゲージメントが低下することもよくあります。

そこで、早期退職優遇制度の導入と同時に、残っている社員にどのような成長機会やキャリアビジョンがもてるのか、経営陣が発信し続けることが最低限必要なことです(注4)。

随時型・希望退職の早期退職優遇制度は、譬えて言えば、嵐を乗り切るために船の荷物を軽くするようなものですから、積み荷を放棄した後、乗組員に必要なのは軽くなったから何とか助かるかもしれないという希望を持てるかもしれません。大切なのは、嵐がいつまで続くのか、嵐が過ぎ去った後にどこに向かおうとしているのか、そのために自分の役割は何なのか、といったことを明確に伝えて一人ひとりが行動に移せるように仕向けることです。

一方、常設型・選択定年制度の早期退職優遇制度では、譬えるならば、登山の途中の分岐点で、右に行けば急勾配できついが早く山頂につけるかもしれない登り道、左はなだらかだが長時間歩くので今日中には山頂につけずに山小屋に泊まって明日また登り続けるルートのいずれかを選ぶか、山頂に辿り着くのを諦めて来た道を戻っていくのか、個々の選択を迫るようなものです。

ここでは経営者やマネージャーが正しい選択を決めつけることができません。来た道を戻ったりその場に留まり続けるのもひとつの選択であり、キャリアチェンジを選んで早期退職するだけがキャリアではありません。そのまま仕事を続けることの意義を伝えることが組織的にできるかどうかが鍵なのです。

現実的には、特にマネージャークラスの人材層にしわ寄せが行きがちです。一般の社員にせよ経営層にせよ、早期退職者が出たら何かしらの対応を取るでしょう。今後のビジョンを伝えたり、引き継ぎを処理したりして前向きに対応できるにせよ、不平不満を並べるだけに終わるにせよ、時間が解決するところもあるでしょう。管理職クラスは双方とコミュニケーションを取らざるを得ないため、板挟みになったり不平不満の捌け口にされたりしがちなため、最もケアが必要になるかもしれません。

 

会社が早期退職優遇制度を常設化するということは、辞めやすい窓口を作ることでもなければ、やめるように圧力をかけることでもありません。会社に残ってほしくない人材には社外にキャリアを求める機会を求める契機となりますし、会社に残ってほしい人材には、辞めるメリットを上回るような魅力的なキャリアパスや処遇を提示できるかどうかが組織に問われることになります。

いずれにしても、一定期間勤務してきた人材と働く場を提供してきた組織の間で、今後の事業展開の見通しを再確認した上で改めて仕事・キャリア・処遇といった人事の根幹を見つめ直すタイミングを制度的にもつことが、常設型の早期退職優遇制度の果たすべき役割でしょう。

 

【注3

退職の自動的な成立を防止するために注意すべきポイントやトラブルになりがちなリスクについて、このコラムの補論(1)として後日解説します。そちらも参照してください。

 

【注4

残された従業員へのケアについて一般的に重要と思われる事項について、このコラムの補論(2)として後日解説します。そちらも参照してください。

 

作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026626日更新)