早期退職優遇制度の狙いと現実(2)
日本における早期退職優遇制度の歴史を大きく分けると、1970年代前半のオイルショックの際に随時型・希望退職が本格的に開始された時期と、1980年代前半の定年延長を契機として常設型・選択定年制が導入された時期という2つの画期があります。そして、1990年代のバブル崩壊以降のリストラ全盛期における随時型・希望退職の拡大があり、並行して従業員の高年齢化に対応して常設型・選択定年制やセカンドキャリアプログラムの発展が見られるようになります。
現在では、随時型・希望退職と常設型・選択定年制が混在化して人材の流動性を高める一方で、勤続年数が長く年齢が高い従業員だけでなく相対的に若い従業員でも早期退職優遇制度の対象となり、事業展開のスピードや組織のカルチャーに馴染めない人材は囲い込まずに外に出しつつ、また別の人材を確保しようとする企業が多いように思われます。
早期退職優遇制度の歴史的な動向をもう少し詳しく述べてみます。
まず、1973年の第一次オイルショックを契機に戦後の高度経済成長が終焉し低成長期に入ります。繊維、造船、鉄鋼など、この当時、構造不況業種と呼ばれた産業を中心に、業績悪化に伴う臨時の人件費削減策として、退職金を上乗せして自主退職を募る希望退職(随時型)がより広く多くの企業で使われるようになりました。
もちろん、早期退職優遇制度を実施した企業は単に人員整理・固定費(人件費)削減だけを行っていたわけではありません。より低コストを実現するために既存の事業における技術開発を進めたり、全く畑違いの業界に進出しようとして新規事業で結果がなかなか出なかった例もありました。実際、鉄鋼メーカーがウナギの養殖にチャレンジした話もあれば、セメントメーカーが電子機器の素材開発に進出したりもしました。
この時期、多くの業種業界で早期退職優遇制度を導入しましたが、特に製造業が多かった印象があります。
次に、55歳定年制から60歳定年制へ定年延長が法制化された1980年代に常設型の早期退職優遇制度である選択定年制が導入されました。この選択定年制というのは、定年年齢を延長する代わりに、50歳代の一定年齢で会社に残るか割増金をもらって早期退職するかを社員に選ばせる仕組みです。同時に、役職定年制(特定の役職は一定の年齢に達すると役職から降りる制度)の運用を始めるなどして、高年齢の従業員のポストや処遇水準を低減させる仕組みも一部では始まりました。
主にメーカーや業歴の長い(=年齢の高い従業員の比率が高い)企業で、選択定年制とセットで早期退職優遇制度が運用されていった印象があります。流通業、外食業、サービス業など非製造業でも、随時型・希望退職と併用して選択定年制が行われる例も増えていきました。
こうした流れの中で、一時的にバブル経済による好景気もあって、特に若年層の大量採用を続ける企業も多かったのですが、間もなくバブル崩壊となり、長期の不況となります。これまでは50歳代が主な対象だった早期退職優遇制度ですが、1990年以降は40歳代も対象となり早ければ30歳代後半でも対象となるなど、早期退職優遇制度の対象者の年齢が引き下げられるようになり、一般的な雇用調整の手法として定着していきました。
なかには、公式に早期退職優遇制度を導入するのではなく、いわゆる追い出し部屋や再就職先を探すのが仕事という形で他社に出向・転籍するアウトプレイスメントサービスなどで、早期退職を無理にでも実現することで雇用調整を図る例も見られました。
電機・精密機器・機械・医薬品などの製造業はもとより、金融業やサービス業などでも広く早期退職優遇制度が運用されるようになりました。
21世紀に入ってからの早期退職優遇制度は、その目的が会社の生き残りをかけた人員削減から、未来に向けた事業や組織の構造改革へと次第に変化しています。ITバブルの崩壊やリーマンショック、その後の円高などによって業績不振に陥った電機・電子部品などの製造業を中心に、巨額の赤字を解消するための緊急の経営危機回避策として早期退職を募ることになりました。
そして、現在では、経営危機による人員削減ではなく、DX(デジタルトランスフォーメーション)対応やAI活用に向けたリスキリング及び事業構造や組織の継続的な見直しの一環として、業績が好調な企業でも黒字リストラを進めるため、人材の再活用や入れ替えの方策として早期退職優遇制度を運用することが珍しくはないようになりました。経営危機に陥っていない、あるいは最高益を記録しているような企業が、未来の事業を見据えて先手を打って早期退職優遇制度を実施するケースが目立っています。
前回紹介した東京商工リサーチの調査(注1)でも、早期退職優遇制度を実施した企業の約7割が直近の決算で黒字を確保しています。業績不振だから人員を削減するのではなく、財務的に余裕があるうちに人材の入れ替えを図って次の事業変革に備えるという戦略的な運用が定着してきたと言えそうです。
日本全体が深刻な労働力不足に直面している一方で、大企業では早期(定年年齢に達するよりも前)に退職する人が増えているという一見矛盾した現象が起きています。これは単に人数を減らしたいのではなく、企業がこれから必要とするスキルやマインドセット(AI・ITなどのデジタルスキル、新規事業開発や社外とのオープンイノベーションにチャレンジするマインドなど)と既存の社員が持つスキルやマインドセットとのミスマッチを早め早めに解消したいという動きでもあります。
従って、かつての早期退職優遇制度は50歳代が主な対象者でしたが、近年は40歳代に引き下げるケースが通例化しています。企業によっては、30歳代や勤続年数が数年程度の若い世代まで対象を広げて、本人にキャリア転換を早めに促す事例も見られます。また、ベンチャーやスタートアップでも早期退職優遇制度を導入することもあり、業種業界や業歴による違いはあまり目立たなくなってきているようです。
こうして見てみると、早期退職優遇制度は必ずしも就業規則に規定されていないとしても、人事制度のひとつとしてありふれた仕組みのひとつとして広く普及しつつあるものでしょう。少なくとも、大企業や中堅企業ではそう言えそうです。
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年6月23日更新)