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退職管理をフレームワークから作り直す(8)

退職管理をフレームワークから作り直す(8)

 

このコラムの最初に述べたように、人材という経営資源はひとつの組織のものではありません。社会全体で人材不足が大きな課題となる中、一度採用したからといって、その人材を活かすも殺すも組織の勝手というのでは、企業の社会的責任に背く行為です。

人材を育成する機会を与えられない、人材を育成する意志がない、他社で活躍するかもしれないのなら自社で飼い殺すほうがまし、などなど人を人材と認めないような組織に陥らないように、退職者だけでなく在職者も含めて、自社のあり方を絶えず見直すことが必要です。

そして、どうしても活用できない人材については積極的に社外に活躍の場を求めるように促すことも、組織の果たすべき社会的責任として実践していくことが望まれます。故に、退職管理を適切に行うということには、辞めていく人材にも真っ当な辞め方があるように、組織の側にも人材を前向きに送り出すというプロセスとマインドが不可欠です。それが仮に整理解雇であったとしてもです。

 

前回までは退職管理のプロセスについて説明してきましたが、最後は組織が人材を前向きに送り出すのに求められる仕組みやマインドについて考えてみます。このことを考えてみるには、組織が人材を前向きに送り出すことができない場合にあるマインドについて取り上げてみるとわかりやすいでしょう。

組織が人材を前向きに送り出せないというのは、言い換えれば、退職者を裏切り者と見なしてしまう状況です。快く送り出した方が将来的なビジネスチャンス(アルムナイなどを通じた協業関係など)にも繋がりますし、残っている社員に及ぼす影響も悪いものばかりではありません。退職者を裏切り者と見るようでは、送り出す側・去る側の双方にとって誰も得をしないことは、第三者的な立場に立てば誰でも想像できるはずです。

では、なぜこうした現象が起きるのかという心理的背景から考えてみると、その根底にはいくつかの組織心理学的な要因がありそうです。

初めに、身内びいきの心理が指摘できます。人間には自分が属するグループ(会社などの組織)を正当化し、そこから出る人を敵対的な存在とみなす防衛本能があることは、誰も否定できません。特にこの会社は素晴らしいと強く信じている経営者やマネージャーほど、去る人が出ると自分や自らが属している組織を全面的に否定されたように感じがちです。

次に、認知の歪みがあります。これは辞職=悪(残留=善)という思い込みです。特に期待していた人材に辞められると、「せっかく育ててやったのに」とか「これから活躍してほしいという時に」という残念な気持ちや落胆が、怒りや敵意へと変換されるのはよく見られる事象です。ここに、人材育成の(経済的・時間的・労力的な)コストが意識されると余計に裏切られた感情が強くなります。

そして、残された側の不安と嫉妬も無視できません。特に優秀な人が転職する場合、残っている社員は「自分はこのままでいいのか」という焦りや、業務負担が増えることへの不満を、ちょっとしたきっかけで攻撃的な言動に変えて周囲にぶつけてしまうことが起こりがちです。

これらの心理的な背景を打破して快く送り出すカルチャーに変えていくために、以下のような4つのアプローチで裏切り者扱いしない組織に作り変えていくことが必要です。

 

  退職時のコミュニケーションを前向きなものとして仕組み化する

退職管理のプロセスについてはこのコラムで説明してきましたが、特に退職当日及びその前後のコミュニケーションは、退職者と組織及び組織内部についてルール化して臨む方がよいでしょう。

その際に、退職者が最後に出社する日には感謝を伝える場を必ず設けます。定年退職者については慣例化している組織も多いと思いますが、退職理由を問わず、これまでの仕事に対する感謝を表すセレモニーを行うことが望まれます。その際に、これまでの貢献をデータや実績として職場全体に伝えることも忘れてはなりません。

このように退職と感謝を公式の儀礼にしてしまえば、感情的にわだかまりがある人がいてもその感情を表してしまうと、会社として不適切で不自然な感じが醸成されます。特に経営者やマネージャー及び職場でのオピニオンリーダー的な存在の人ほど、個人的な感情を表明しにくくなるでしょう。

これまでの貢献をデータや実績として職場だけでなく組織全体で共有することで、退職後にも相互に活用し合うことができるベースを生み出しておくことも必要です。単に業務を引き継ぐのに効果的であるだけでなく、退職者の強みや得意な分野がわかれば、自社の事業を発展させるきっかけを作り出すことにつながるかもしれません。

 

  経営者の心理的安全性と器のアップデート

経営者の中には、社員が辞めるのは会社に魅力がないからだと過剰に落ち込んでいるケースも多く見受けられます。現代では人材の流動化は当たり前であり、転職市場で価値があるほど他社でも通用する人材を育てることができたということは、むしろ自社の人材育成能力や採用ブランドが実績として証明されたと考えるべきです。

うちの卒業生が活躍していると胸を張って公言できる経営者の方が、結果的に採用市場でも魅力的に映るというメリットを理解してもらう必要があります。人材市場において、〇〇会社は人材輩出企業であると評判になれば、採用ブランドとしてこの上ない評判です。

 

  残された側のケア(業務の引き継ぎと仕組み化)

残っている社員が裏切り者と言いたくなる最大の原因は、急に仕事が増えて大きな迷惑を被るからでしょう。日頃から業務の属人化を防ぎ、誰かが抜けてもスムーズに回る仕組み(マニュアル化や多能工化とワークシェアリング)を作っておくことで、現場に退職に対応する余裕が生まれます。この点については、当コラムでも詳述していますもちろん、残っている社員にキャリア上のチャンスがあることも組織的に周知していくことになります。

 

  アルムナイをあって当たり前のものにする

退職者を縁が切れた人ではなく、社外にできた味方(同窓生)と見做すことです。アルムナイのネットワークを公式に運営する企業が増えているなど、アルムナイは既に会社の組織の一部として必要不可欠な存在かもしれません。退職=損失ではなく社外に広がるネットワークという捉え方に変わり、仕事の面でも前向きな影響が期待できます。この点についても、当コラムで詳述しています

 

組織のカルチャーを変えるのは一朝一夕にはいきませんが、このような仕掛けをもって変えていくように試行錯誤していくことが望まれます。とは言え、特に中小企業やオーナー企業では、退職者が出ることで経営者がいわゆる被害妄想や妄執に陥ってしまうと、周囲から正論を言っても通用しないため、会社としては為す術がなくなります。

退職者が出た時の経営者の心理としては、退職した人を裏切り者に仕立て上げることで、自分は悪くない(むしろ被害者だ)と思い込んで精神のバランスを保っていると思われます。中には、自分の経営ミスから社員の目を背けるために、退職者に失敗や損失を全て押し付ける言動を意図的に取っているケースもあります。

こうした場合、その経営者自身の考えを変えることはほぼ不可能と割り切って次善の対応策を考えなければなりません。退職につながった直接のきっかけ(例えば自社の給与が低いとか評価の仕組みがいい加減など)については、経営者にとって直視したくない現実ですから、そこを突いてしまうと残っている社員たちに災いが降りかかる虞が大です。

そこで、周りで働く社員や組織としては、経営者に直接アプローチする以外の手段で被害を最小限に抑える(自分たちの身を守る)しか方法がないかもしれません。特に短期的な対応としては、抜本的なアプローチを取ることは得策ではないでしょう。このような状況に直面した際に周囲が取れる現実的な対応策として、経営者の意識改革は諦めてシステム(仕組み)と心理的距離で対処するのが有効なアプローチでしょう。

 

  経営者の悪口や愚痴を職場の公式見解にさせない(現場のトーンダウン)

経営者がどれだけ退職者の悪口や愚痴を言っても、残った社員がそれに同調せず、淡々とスルーする空気を作ることが重要です。もし、経営者が「あいつは裏切り者だ」と言ったら、そのことには直接反論せずに「彼が残してくれたマニュアルで今のところ仕事は回っています」と、事実だけを話題にするか、一切聞かなかったことにして目の前の仕事を淡々とこなします。

残っている社員の間で給与やキャリアについて本音を裏で共有し、経営者の偏った言説に職場全体が洗脳されないように心がけることも忘れてはなりません。

 

  仕事が回らなくなるリスクをシステムで解決する

その人が辞めたら仕事が回らないという状況を作っていたこと自体が経営の過失ですが、経営者がそれを認めない以上、現場が自己防衛に動くしかありません。もし、周囲から見て優秀と思われている人が賃上げの要求や評価への不満などを明らかにしている時点で、その人は自分の実績や自覚している力量などに見合った賃金を得ていないとか自分の働きを正当に評価されていないと認識しているでしょう。経営者も本人の言い分だけで賃金を上げたり評価を高めたりするわけにいかないでしょうから、遠からず辞めるようになります。

そこで、現場のリーダーや同僚は、退職しそうな気配を察した段階で業務のブラックボックス化(属人化)を排除するように動き出します。手順のドキュメント化及び共有ドライブへの仕事のやりかたや情報の格納を進め、誰がいなくなっても残された人々でなんとか対処できるように、現場サイドで仕事を回せる仕組みを作っておきます。経営者のためではなく、自分たちの身を守るためにそうするのです。

 

  経営者を反面教師として自らのキャリアの学習材料にする

退職者のことを悪しざまに言う経営者がいる会社の社員にとって、退職を巡る一連の動きは未来の自分の姿を見せてくれる貴重なサンプルになります。この会社は貢献度に見合った分配(賃上げや賞与)をしない、問題意識をもって正当な交渉をしても経営者が聞き耳をもたないので感情論で叩き潰される、自分が辞めるときも同じように悪口を言われる、ということが確定したわけです。

これを見た社員は、静かに自分の次のステップ(転職)の準備を始めるでしょう。結果として、こういう経営者がいる会社は健全な新陳代謝ではなく、優秀な人から順番に抜けていく泥舟と化していきます。転職が具体的に決まるまでは、静かに仕事をこなすことに注力し、下手に会社のことを思ってアイデアを出して目を付けられることは避けるべきです。

結局のところ、こういう種類の経営者が気づくのは実際に社員が次々と辞めていくなどして経営が立ち行かなくなって痛い目を見たときです。周囲がアドバイスした時ではなく、本当に業務が崩壊し自社の売上が目に見えて落ちた時というように、実害が出るまで適切な手を打たないでしょう。

そうした歪んだ組織の縮図を目の当たりにすると、働くことの本質や組織のあり方について多少なりとも考えさせられるものです。こうした経験や知見や考え方を、自分が経営者になったり起業したりマネージャーになったりしたときに、改めて思い出して自ら学んだ教訓を活かすべきです。少なくとも、次の転職先の経営者やマネージャーについて評価する材料として活用できるでしょう。現在の経営者を変えることはできなくても、自分の見方や考え方は変えていくことができるのです。

 

今回のコラムの最後に、今いる組織がどの程度真っ当な組織であるかどうかをチェックしてみましょう。

まず、実際に辞めた人が出たときの経営者やマネージャーの反応を見てみましょう。退職した社員のことを正当に評価していますか。非公式であっても悪口や愚痴をひとつも言っていませんか。

次に、退職した社員と1年以内に再会したり連絡を取ったりできますか。できれば互いに元気に仕事をしている姿を確認できればよいでしょう。アルムナイが公式にあるかどうかは関係ありません。現実に意味のあるつながりが持てているかどうかが問われます。もし、退職者と連絡を取ることは厳禁というような経営者や組織であるならば、救いようがありません。

また、経営者が社員のことを本当に仲間と思っているのなら、自社株を社員に付与したりストックオプションなどの株式連動型の報酬制度を運用しているはずです。そうでないなら、口先ではどういっても、経営者の本音として社員を仲間とは思っていない証拠と言えます。現金報酬についても高ければいいわけではなく、衡平で納得のいくルールで金額や配分方法が決まっているかどうかが問われます。

 

激変するビジネス環境(VUCAの時代)において、組織の枠組みに固執することはリスクでしかありません。これからの企業は、社員を囲い込むのではなく、社員に選ばれる場所である必要があります。これからの組織では、「去る者を追わず、されど繋がっておく」という関係性を現社員とも元社員とも作ることができることが求められます。それができる企業こそが、将来にわたって人材を惹きつけ続けることができます。

 

【注4

これまでも退職管理について考察してきたことがあります。以下のコラムを参照してください。

退職管理を適切に行うには(1) - QMS 行政書士井田道子事務所

 

作成・編集:人事戦略チーム(2026612日更新)