より激しく変化する事業環境に適応するには(5)
前回述べたように、事業環境の急変に適応するには、経営者自身が事業環境の急で激しい変化に適応していくマインドセットをもち、必要と判断する方策を自ら考えだし、いくつかの選択肢の中から意思決定して実行していくことが必須です。
つまり、経営者というよりも投資家的な立ち位置にあることが不可避であり、実務に埋没しないように自分の時間やエネルギーをコントロールしなければなりません。事務処理や関係者とのコミュニケーションなどの時間や労力をいかに削減して、投資家的な立場に自らの時間やエネルギーを充てていくのかが問われることになります。
それでは、事業環境の急変に適応するには、働く人ひとりひとりはどうすればよいのでしょうか。経営者や上司に言われるままに漫然と仕事をこなしていれば、それなりに給料をもらえて定年退職するまで同じ組織に居続けることで、社会人としてのビジネスキャリアが全うできる、とは多くの人が直感的に無理だろうと思うところでしょう。
実際、新卒で就職した組織に定年退職まで勤め続けるというキャリアプランは、ずいぶんと昔に過去のものとなっていました。自らの意思か組織の都合かはともかく、転職することは圧倒的に多くの人々にとって当たり前のことです。ひとつだけはっきりしているのは、働く人一人ひとりのビジネスキャリアに責任を持つことは、組織にとっても経営者にとっても原理的・実務的に不可能であるという点です。
そこで、一般的には次のようにキャリアについての考え方自体が変わってきています。
まず、転職がキャリアのひとつのステップとして多くのビジネスパーソンにとって当然のこととなる以上、ビジネスパーソンの基本的なスキルが今の組織だけで通用するスキルではなく、ポータブルなスキルとして身につけることが社会的に求められます。
職種や業界が変わっても持ち運べる(ポータブルな)スキルを具体的に言えば、対人スキル(交渉力、共感力、リーダーシップなど)とか問題解決力(課題の本質を見極めて解決策を導き出し実行する力)などが頭に浮かびます。
これらのポータブルなスキルを平均的なレベルで身につけていることは必要不可欠ですが、キャリアを切り開いていくには何かひとつでよいので、強みと呼べるレベルに磨き上げたものを有していることが望まれます。
ポータブル・スキルはある意味ではどこにでもあるスキルですから、それだけではビジネスパーソン個々の強みを表現することにはつながりません。ポータブル・スキルとともに、セルフブランディング(自分にタグをつけること)も必要です。「〇〇さんと言えばこれ」という強みを言語化し他者に認知してもらうことを心掛けておきたいものです。
セルフブランディングというと、多くの人が「自分にはそんなに強く主張できる強みはない」と思い込みがちですが、実は自分の強みを自覚していないだけなのかもしれません。例えば、ニッチな強みをもって、大きな括りで業界やマーケットで目立とうとするのではなく、狭くても良いから特定のコミュニティや専門分野で「××のことはあの人に聞こう」と思われる存在になることです。
そのためには情報発信と信頼醸成も重要です。社内だけでなく、社外のネットワークやSNSなどで自分の考えや実績を可視化しておくことが、仕事に限らず、思わぬチャンスを引き寄せることはよくあります。
こうしてみると、キャリアをラダー(昇進)からポートフォリオ(仕事の可能性)に見方を変えることが要請されます。
キャリアアップという表現がありますが、これは暗黙の前提としてキャリアはアップ(上昇)するものと認識しています。しかし、事業環境が急変する時代では、組織構造は変化に弱いピラミッド型では機能しません。ピラミッド型のラダー(組織階層)が多少は残るとしても、基本的には階層が少なく社外にもつながる組織編制を原理とするでしょう。
そうした組織では、現に担当している分野とかこれまで経験を積んできた職種という一つの専門性だけで勝負するのではなく、複数のスキルや経験を組み合わせて、事業環境の変化に柔軟に適応していくことで仕事が進んでいくでしょう。
こうした状況でよく言われるのは、スキルの掛け算とキャリアのリスク分散が必須の方法論です。例えば営業とITとか人事とデータ分析のように、異なる領域のスキルを掛け合わせることで、ひとつの専門分野しか経験していない人材プールの中で人材としての価値が高まる可能性が出てきます。
また、複数のプロジェクトや社内外のコミュニティに幅広く関わることで、業界を超えた変化に日常的に曝されることにより、事業環境の激しい変化が当たり前のこととなり、柔軟に対応できるようになる習慣が身につくかもしれません。
一方、転職したり現在の組織で仕事のやり方を見直したりする際に、どうしてもこれまでの見方ややり方に拘ってしまい、頭ではこれではダメだとわかっていても、なかなか新しい環境に馴染んだり経験したことのないやり方にチャレンジできなかったりすることもあるでしょう。理屈の上では、事業環境が激変する状況でアンラーニング(学習棄却)が重要であることはわかっていても、実際にアンラーニングを実践するのは容易なことではありません。
多くの場合、アンラーニング自体が未知の経験であり結果が出ていないアプローチでしょう。従って、アンラーニング自体に日頃から取り組んでいくことがポイントなのです。
つまり、アンラーニングを習慣化することが肝要です。新しいことを学んでやってみるには、まずはこれまでのやり方や見方を止めてみることです。そして、結果が容易に出ないことを自らの経験とするのです。
過去の成功体験が今求められる変化に取り組むのを邪魔することがあります。常に「今のやり方がベストか?」と疑い、柔軟にアップデートし続ける姿勢が、長期的にはビジネスパーソンにとってのキャリアの生存戦略になります。
そもそも、最初に就職することが偶然の産物という面が強いでしょう。学生がどんなに真剣に考え抜いたところで、ビジネスの現場やそこで遭遇するイベントを予測することなど不可能です。キャリアは計画というよりも、偶然の出会いや変化を味方につける計画的偶発性(プランド・ハプンスタンス)を前提に取り組むべきものでしょう。
例えば、今でも受発注などの連絡をFAXに依存している業界もあります。その状況を、DX化やIT化どころではない遅れている業界と嘆くのか、スマホでよりとりするだけで自社の優位性が生まれるかもしれないチャンスと捉えるのか、たまたまアルバイトをした会社の実情を知った上でどう活かすかは、その人のものの見方や状況の捉え方次第なのです。
いざキャリアを転換する機会が訪れたとしても、自分の健康状態や家族の事情など、そうやすやすとキャリアチェンジを実現するわけにはいかない場合もあります。取り組みたいテーマ、挑戦したい仕事、一度は一緒に仕事をしてみたい人々との関係などはキャリアを検討する上で重視すべきものですが、同時に、経済的な事情や地理的環境などの制約条件も無視できません。
キャリアを巡る話は、どうしても長期的な視点や留学など費用の掛かるテーマに行きつくことが多く、なかなか実行に踏み切れないと思われがちです。とは言え、今なら何はともあれこれだけは譲れない事項があるのであれば、日々の仕事に取り組む上で現実的な優先順位をつけておくことも重要です。
キャリアを発展させるのに制約条件になっていると思われることでも、実は計画的偶発性(プランド・ハプンスタンス)の契機となって、思いもよらないキャリアを切り拓くことにつながるかもしれません。特に、出産・育児・介護・長期の休養などのプライベートなイベントが、仕事上の契機となることはよくあることです。
以上をまとめると、次の5点を明確に意識して自らのキャリアを作り上げていくことが望まれます。
l ポータブル・スキルを磨き抜く
l 自分にタグを付ける(セルフブランディング)
l キャリア観をラダー(昇進)からポートフォリオ(仕事の可能性)に変える
l アンラーニング(学習棄却)を習慣化し偶然を味方につける
l その時点で優先すべきものを自分で明確にしておく
サッカーで自陣からボールを回しながら相手の弱点を探して攻撃に移っていくように、キャリアも主導権を自分が握ってビルドアップするべきものなのです。もちろん、ただボールを回せばよいというわけではなく、味方が異なる方向に走り出すタイミングを見計らって相手の裏にボールを通すとか、時にはわざとボールをキーパーまで戻してやり直すといったことで、攻撃のきっかけをつかんだり体制を作り直したりすることもあるのです。
特に中小企業に勤めている人にとって、主導権をもって自分のキャリアを作っていくことは、社会人として生きていく上で避けて通れないテーマです。
大企業であれば、仕事や人間関係も様々なものがあり、スキルアップの機会や教育研修プログラムも豊富に用意されている中で、異動や転職も含めて経済的なリスクを小さくしながらキャリアの選択肢をもつこともできるかもしれません。この点は、企業規模が小さいほど現実的に難しいでしょう。
自ら叩き上げで会社を切り盛りしてきた経営者が、実務の細部にまで拘っていたりマイクロマネジメントの傾向が強かったりすると、社員が仕事にチャレンジすることを事実上禁止されているかもしれません。新しい事業や製品・サービス、業務改革などのために必要な知識やスキルを学ぶのも、経営者からやってみてからでないと前に進まないというのでは、なかなか実行に移せません。
ただ、経営者が知らないテーマや苦手な分野、興味・関心がない領域では、コストがかからなければ経営者が口出しすることがあまりないことで、社員がフリーハンドで挑戦できる余地があるケースも見られます。特にAIやDXといったことに関わるのであれば、年齢の高い経営者ほど尻込みしがちですから、社員のキャリアにつながるような挑戦を仕事上のテーマとして見つけることができるでしょう。
その際に注意したいのは、上記の5点を思い出してキャリアを発展させる方向とタイミングを見誤らないことです。中でも、「その時点で優先すべきものを自分で明確にしておく」ことは重要です。経済的な問題や家庭の事情などがある場合は、仕事上のテーマよりも労働条件を優先して転職の機会を活かすべきでしょう。仕事上のテーマやスキルアップなどは、新しい職場で改めてチャレンジしてもよいのです。経済的な事情からより高い給料が得られる業界や職種に転職することで、結果的に仕事上のチャレンジや自分のスキルアップにつながることもあるのです。
作成・編集:経営支援チーム(2026年4月21日更新)