2026年冬の3冊(1)~「戦略、組織、そしてシステム」
この冬は個人的な興味の赴くままにこの3冊を読む機会がありました。「戦略、組織、そしてシステム」「アレルギーの科学」「日本映画のために」です。今回は「戦略、組織、そしてシステム」(横山禎徳著、2025年東洋経済新報社)についてご紹介したいと思います。
本書は、当HPの書籍紹介で採り上げたことがある『組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー』(ダイヤモンド社より2020年3月発行)の著者である横山禎徳氏が生産性本部で行った「社会システム・デザイン演習」の講義を基に、話し言葉を活かしながらまとめられたものです。残念ながら、横山氏自身は2024年4月に亡くなってしまったため、本書は東洋経済新報社の黒坂編集委員やマッキンゼー出身の齋藤嘉則氏(㈱ビジネスコラボレーション代表)などが取りまとめたそうです。
本書の概要は以下の通りです。
第1章 身体知としてのデザイン力を身につける
第2章 これからの課題解決のフレームワーク「システムを組み立てる方法論」
第3章 戦略的思考――「外界と自分」との対比を忘れずに
第4章 戦略的分析の巧拙を決めるもの
第5章 プロフェショナリズムを身につける
第6章 医療を社会システム・デザインでリデザインする
第7章 パラダイムが変わればシステムをアップデートする
第8章 日本人の人生をデザインする
推薦図書
第1章は横山氏の経歴紹介から始まります。東京大学を卒業して前川國男建築設計事務所で働き始め、アメリカで建築の修士号を取得した後にMITスローンスクールでMBAを取得して日本に戻り、マッキンゼーに採用されて経営コンサルタントになりそのまま20年以上仕事をして東京支社長を務めて60歳で退職し、一旦はフランスで引退生活を送ったものの、東京大学で基金集めを手伝うことをきっかけにEMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)を立ち上げてその運営を担ってきた、というものです。
こうした経歴のなかで、組織をデザインすることの重要性を実感し、「身体知としてのデザイン力を身につける」ことで真の課題解決につなげていく、ということこそ横山氏が生涯を通じて実践してきた仕事なのです。その仕事について、横山氏は社会システム・デザインと呼んでいました。その内容は次のように説明されています。
「社会システム・デザイン」は、因果はめぐるという循環型の思考をベースに、世の中の表面的現象の背景にある中核課題を発見し、それに対処する新しい因果関係を創出するアプローチです。(中略)
ステップ①「悪循環」を追及し「中核課題」を発見する
ステップ②「中核課題」に答える新たな「良循環」を創出する
ステップ③「良循環」を駆動する「サブステム」群を抽出する
ステップ④「サブシステム」ごとの行動フローをデザインする
ステップ⓹ 行動をより具体的にし、広く伝達するためツリーに分解する
この5つのステップを次から次へと進めるのではなく、ステップ間を何度も行ったり来たりしながら中核課題を見つけていくのです。すなわち、全体のプロセスを繰り返し、繰り返し踏んで、デザイン作業を進めていくんです。
(本書42~43ページ、太字は原文のまま)
単なる戦略や分析の理論やフレームワークではなく、中核課題を見据えてその解決(良循環)に向けてサブシステムを作り出し、それぞれのサブシステムから行動フローをデザインして、更にその行動フローをいくつかのツリーに分解して広く伝えていくことで、課題解決(悪循環から良循環への変遷)を実現していくのが、「社会システム・デザイン」です。このプロセスは一方向に流れるように進むわけではなく、行きつ戻りつしながらそれぞれのステップでのデザインと試行を繰り返しながら進むというものです。
第2章以降は、「社会システム・デザイン」の実践的な説明です。即ち、第2章では、少子化と高齢化を分けて考えることに始まり、課題と現象(問題事象)とを明確に分けて捉えることを説きます。また、PDCAではなくPDSをしつこく繰り返すことで、分析している間に現実が変わってしまうことがないように行動することを重視しています。
第3章では、戦略的思考について語られます。経営トップが誰かということで企業の方向性や業績が大きく変わるという事実がある以上、経営者自身が学び続けることや戦略的思考を実践していることの重要性を指摘しています。特に戦略的思考と戦略を実行に移す力は肝要です。なお、ここでいう戦略とは単なる競争戦略ではなく、自社の強みを認識した上で、外界と自分(自社)との対比を絶えず行いながら、時間差とクリティカル・マスとデザインで差別化優位を築くことに他なりません。
第4章では、戦略的分析の巧拙を決めるものとして、徹底的にチャートを描き続けることを主張します。因果関係が一目でわかりやすく美しい図が描けなければ、分析は失敗なのです。ここにも身体知としてのデザイン力があります。
第5章では、「社会システム・デザイン」を実践する人としてのプロが身につけるべきものとしてプロフェショナリズムについて説明します。個人の力で世界に通用するプロフェッショナルが日本にいないというのは、「社会システム・デザイン」から見て人材面での中核課題である、というのが横山氏の見立てと思われます。ちなみに、横山氏が最初に師事した前川國男氏のエピソード(本書182~183ページ)は、マッキンゼー時代の横山氏と一緒に働いていたことがある人からマッキンゼーで仕事を採りに行くスタンスとして筆者が聞いたことがあるエピソードと同じで、プロフェッショナルであるはずの組織や人材にとってはプロフェッショナルとそうではない仕事との違いを表すエピソードとして記銘しなければなりません。
第6章では、横山氏が直近に立ち向かっていた医療分野での「社会システム・デザイン」について語られます。ここは特に具体的な課題設定や医療システム・デザインの概要が述べられています。
第7章では、外部環境の急速な多様化や科学技術のパラダイム・シフトが進む中で、知識の陳腐化が悪循環を生み出し「社会システム・デザイン」でシステムをアップデートする必要性を改めて説きます。
そして、第8章では日本人の人生をデザインするというメッセージを述べます。人生が100年とすれば前提条件が次々に変わるので、その間に5回のリセットと再起動が可能となるように、キャリアをデザインしていくような発想を求めます。横山氏が自ら実践してみせてきたキャリアでしょう。
本書の最後に「推薦図書」が挙げられています。思考力をつけるのに役立つ本として34冊(書籍写真付き33冊とダニエル・デネットの日本語未翻訳1冊)が紹介されています。科学評論・科学史や科学者の評伝が多いのですが、文明評論や言語や文字に関する歴史やSFなどもあります。文庫本や新書など比較的入手しやすい書籍が大半を占めているので、本書で詳述されている「社会システム・デザイン」に興味をもった方は一通り読んでみてはいかがでしょうか。
本書を読んで、横山氏がこれまでに書かれてきた本を改めて振り返ってみると、戦略や組織について課題を見つけ出し解決策をシステムとして実践するポイントについて、より理解が深まり行動に移しやすくなるのではないでしょうか。
戦略経営にせよ企業変革にせよ、方法論が確立されたり、マニュアルやツールキットが整備されたりすれば、そのまま用いようとするのがありがちなアプローチです。横山氏は、環境や組織自体を見て中核課題とシステムと行動との間を行き来しながら、企業や社会の課題を解決するプロフェッショナルとして仕事をしてきました。それ故に、身体知としてのシステム・デザインという知識と行動をセットにして活動することが肝であるのです。見栄えの良い分析資料やバズワードだらけの戦略、組織図とミッションやパーパスから起案されただけの職務記述書(ジョブディスクリプション)、パッケージ化されたDXなどなどでは、決して中核課題を実際に解決するには至りません。
また、課題解決に当たる人材には、日常的に知識のアップデートを欠かさないなど、絶えず自分・自社と外界との対比を行いつつ、解決すべき課題を指摘しその解決に向けて試行錯誤を繰り返すプロフェッショナルとしての力量が求められます。ビジネス社会、広く日本の社会全体を考えてみると、現実にはCEOなどの経営幹部を始めとして、求められるプロフェッショナルはまだまだ多くはないが故に、横山氏はEMPや「社会システム・デザイン」演習などを運営してきたのでしょう。
作成・編集:QMS 代表 井田修(2026年1月2日更新)