退職管理を適切に行うには(5)
最後に、退職事由の違いによって退職管理を行うポイントが異なる場合があることを述べます。
まず、会社都合による退職の場合です。会社都合による退職というと定年退職が典型的ですが、本人も組織も予め了解しているルールや手続きに則って進めている限りは、特に注意しなければならない点はないでしょう。
ただ、定年後も再雇用などで同じ職場で働き続けるのであれば、書類上の手続きを確実に行い、明確な区切りをつけることを忘れずに行うことです。最も計画的に取り扱うことができるものですから、業務の引き継ぎや人員の再配置などもスムーズにできるはずです。もし、定年退職時の退職管理に問題が生じるのであれば、人事管理全体がうまくいっていないことを真剣に疑う必要があります。
次に同じ会社都合と言っても転籍や整理解雇のように、会社の事業上の都合による退職の場合もあります。特に退職勧奨や整理解雇といった人員削減の対象となった人の退職については、退職日を確定することや転職支援サービスや割増退職金など退職対象者に限定された処遇プログラムを実施することなど、対象者や時間を限定した政策を間違いなく実施しなければなりません。
また、他社への転籍については、自社から特定の事業部門を切り出して新会社を設立した場合とかその切り出した会社を別の会社と合併させた場合には、労働時間・就業場所・賃金・役職位などの基本的な労働条件はもとより、退職金や年金及び社宅などの福利厚生プログラムなども調整しなければなりません。
中でも退職金や年金については、従来の会社から継続して勤務が続いているものと見做すこともありますが、個別に他社に転籍する際には一度退職して転籍先に転職するものとして扱うこともあるでしょう。いずれにしても、個々に事情を勘案して金額や支給方法などを転籍前に決めて本人の合意を得ておくことが必要です。
ちなみに、解雇による退職と言っても、会社の懲戒権の基づく懲戒解雇・諭旨解雇や本人の勤務成績不良などに基づく普通解雇のように、本人の責に帰すべき事由に起因する退職の場合は、退職金の支給条件などで退職時の処遇が異なります。懲戒事由の具体的な内容や発生日時などを確定して文書化しておくとともに、会社として就業規則などの規定に基づき決定した処遇の内容も文書化しておくことが不可欠です。
次に、自己都合による退職の場合を考えてみます。実際に多いのは他社への転職や個人的な事情による退職です。こうした場合は特に業務の引き継ぎや最終の出社日などを確定して確実に実行しておくことが要請されます。
その際、転職の場合はより慎重に、退職届または退職願を提出してもらい、それを組織として受理する一方で、競業避止条項を入れた誓約書及び退職後の守秘義務契約書や情報の漏洩・流出の防止に協力する誓約書などを提出してもらうことが必須です。退職代行業者を経由して手続きを行うのであれば、最初に代行業者が退職予定者から委任を受けていることを示す書類(本人の実印を押してある委任状と有効な印鑑証明)を提出してもらうことから始めましょう。
リモート勤務が実施されている組織では実例が発生してから対応を考えるのではなく、事前に引き継ぎの具体的な方法や出社が必要とされる事由などをルール化しておくほうが望ましいでしょう。マニュアルとか書式一式を整備しておくことです。
また、個人的な事情による退職では、「個人的な事情」によって組織としての対応が異なります。例えば、留学は転職と同様に扱うのでよいかもしれませんが、本人の傷病や家族の介護などによる場合、診断書や介護認定などの公的な書類は休職を申請する上では必要ですが、退職には不要です。こうした個人的な事情をどこまで説明すべきかはその人の判断によりますが、原則的には退職の際は「個人的な事情」については書類などで示す必要はありません。あくまで「一身上の都合により」退職すると届ければよいのであって、その事情は明かす必要はありません。
但し、組織として休暇・休職の制度を説明したり提供できるサポート・プログラムを紹介したりするのは当然です。本人が事情を語る範囲に止めて立ち入り過ぎないことが肝要で、いきなり退職しなくても当面は休職扱いというケースもあるでしょう。
こうした事情は退職時の面談などでも十分に留意すべきです。「個人的な事情」に配偶者の転職・転勤などに伴う場合もありますが、これも自社で対応できる範囲が限られており、退職予定者からすると、事情を話したのに何も対処してくれないだけ、というネガティブな感情や印象だけが残りかねないのであれば、始めから何も訊かないほうがよいかもしれません。
このように自己都合退職の場合、退職後にトラブルが発生するのを防ぐために退職前に対応しておくべき事項が多くなりがちです。そうした状況であるにも関わらず、退職面談などを行って退職理由を特定しようとする組織もあるでしょう。
実際に退職する立場になるとわかることですが、退職時の面談で退職に至るまでのストーリーを本音で語る人はあまりいません。現在の勤務先に対する不平不満があっても、そのことはあまり表には出さずに、単に転職先が決まったとか留学するために退職すると申し出るほうが多いでしょう。
退職理由には一見すると問題がなくても、自己都合での退職者が多く出る部門や職場というのは何らかの問題を抱えていると判断して対応策をとるべきです。ただ、これは退職管理で扱うものではなく、会社の人事政策とかマネジメントの課題として取り組むものです。
ある程度以上の規模の組織であれば、毎年相当数の退職者が出るのは当然です。特に自己都合で退職する人がデータ上目立って多い部門や職種があるなど、マネジメント上の課題が存在することを示唆するものがあるかどうかに目を配っておき、退職管理とは別の課題として対応していくことが求められます。
会社都合にしろ自己都合にしろ、退職する人はそれぞれの事情をもって退職していきます。退職した人たちをアルムナイのメンバーとして組織化している組織も多いと思いますが、退職者を全員、アルムナイに登録するのかどうかは、また別の問題です。
実際、定年退職して再雇用されている人は、まだまだ現役ですからアルムナイに登録するのは早いかもしれません。自己都合で退職した人や解雇された人の中には、勤務していたという経歴を抹消したいとか二度と上司や同僚の顔を見たくないと思って辞めた人もいるはずです。
そこで、退職する人にはアルムナイの入会案内はしても、最終的に登録するかどうかを決めるのは本人の意思に委ねるほうがよいでしょう。当然、退職事由によってもアルムナイの受け止め方は違うでしょうし、表面的な退職の経緯と本当の事情が異なっていたとすれば、アルムナイとの関係も異なってくるはずです。アルムナイに登録し定期的に会合に出たり連絡を取り合ったりするが望ましいとしても、強制はすべきではありません。
もちろん、退職者全員がアルムナイに登録するように在職中から人事施策を打っていくのは、人事部門として目指すところかもしれません。一方、現実には自らの意思で退職していくからには、そこに何らかの理由や事情があるはずで、敢えて尋ねることをしないのも一つの対応と言えるでしょう。
作成・編集:QMS 代表 人事戦略チーム(2025年10月20日更新)