退職管理を適切に行うには(4)
退職管理の業務は、基礎的なもの、実務上行うべきもの、人事戦略上取り組むべきものと、3つのレイヤーに分けて考えることができます。大手企業の多くは、基礎的なものや実務上行うべきものは問題なく処理できるはずです。しかし、人事戦略上取り組むべきものとなると、必ずしもうまく進めることができているとは限りません。
このコラムの最初に述べたように、人事戦略上取り組むべきものというのは、人材戦略と退職・解雇の現実との整合性の確認、人員計画と事業計画の整合性の確認、退職者の活用(狙いと方策の明確化)などです。文字通り、事業戦略と人材戦略を統合して推進することに他なりません。
大手企業や上場会社は、事業の構造転換などに応じた機動的な人材マネジメントが求められます。事業の構造転換にリンクして機動的な退職管理を実現することが不可欠となります。特定の事業を売却したり撤退したりする際に人員削減に迫られるのが通例です。同時に、他社から事業を買収したり新たに事業を構築したりすることも求められますから、人員を削減しながら別の人材を確保していくことになります。
現に、会社全体では利益を上げているにも関わらず、早期退職優遇制度を時限的に運用するなどして人員削減を行っている実例がいくつも報じられています。これらの動向は、大手企業ほど先手を打って事業の構造転換を図っていることを示しています。
退職管理という人事の日常的な機能を考える上で、事業構造の転換といった戦略的な視点や(目先のコストダウンとは異なる)別次元の中長期的な視点が人事の日常的な機能にまで求められています。一見、ルーティーンの業務に思われる退職管理の実務においても、戦略的で計画的な視野をもって取り組むことが必須なのです。単に、要員数と採用者数・退職者数だけの人員計画では、売上・コスト・利益だけの経営計画と同じで、戦略性はありません。
例えば、事業の構造転換を行うとして、自社の歴史や事業相互のつながりから見て、構造転換を今なぜ実行したのか、適切な理由付けを説明することは当然でしょう。業績の動向や財務的な視点だけでは従業員に説明するには不十分で、企業のもつカルチャー、特に事業観とも言うべきもの、即ち「事業とは何か」を適切に説明することが求められます。もちろん、これは従業員に向けてだけではなく、顧客や取引先、株主や金融機関、監督官庁や自治体、広く社会全体に向けて共通のストーリーで説明されるべきものです。
退職管理を日常的に進めるのに現代では、戦略分析の基本である製品市場マトリクスのように、財務指標や市場性に加えて、カルチャーフィットや歴史的インパクト・変遷なども指標化したマトリクスが有用かもしれません。現有事業と自社のカルチャーや事業観は常日頃から明確化して目に見えるようにしておき、そのなかで人材と事業の関連が問われるべきでしょう。企業規模が大きくなり事業が多岐にわたるほど、退職管理の日常的な準備作業の一環として事業構造の転換を説明することが要請されます。
これは、現職の役員や従業員だけを対象にすればよいわけではありません。アルムナイなどの退職者を人材マネジメントの面から組織化している企業にあって、アルムナイは単なる人材紹介の場に留まらず、事業を発展させていく契機となる場として活用されるはずです。そこでも自社内における説明と同様に、事業構造の転換を伴うカルチャーフィットや歴史的インパクトなどを説明することが当然のこととして公式化されています。
特に売却されたり撤退したりした事業に大きく関わっていた元従業員・元役員は、どうしてもアルムナイにおける存在感が希薄化しかねません。また、新たに買収したり立ち上げたりした事業では、アルムナイを意識することはあまりないかもしれません。時には、現在の組織よりも以前属していた組織の方でアルムナイのメンバーとして活躍しているかもしれません。
こうした点も考慮に入れて、退職管理の一環としてアルムナイのマネジメントを行うことも重要です。アルムナイは人事部門が管掌するとともに、経営企画・事業管理部門も共同で管掌するものでしょう。
さて、大企業であっても、基礎的な退職管理のレベルで問題はないか、定期的にチェックすることは必須です。労働法規や社会保険・年金制度などの変更もあれば、就職・転職に伴う社会的な慣習の変化も大きいことに対応していかなければなりません。単に、事前に明確に定められているルールや手続きに従って実際に退職の手続きが行われていればよいというだけでなく、情報の流出や競合相手への転職など退職後であっても雇用に付随する契約事項が問題となる場合を念頭において、退職管理に取り組むことが肝要です。
また、実務上行うべき退職管理の面でも注意が必要となる場合もあります。例えば、退職時の面談は、人事部門が行うのであればリベンジ退職にならないようにしっかりと準備して臨むはずですが、現場のマネージャーもしくは担当部門の役員や上級管理職が行うと、マネジメント能力のばらつきや不十分な労務管理スキルなどから、問題行動に走ってしまうケースが出現するかもしれません。事前に退職面談のトレーニングを実践的に行ったとしても、個人的な感情が出てしまう虞のある人がいるのであれば、そもそも退職面談を行わせることに疑問符が付きます。
企業規模が大きいほど、組織として求める知識・能力・経験などを役員や管理職の全体としてレベルアップさせることは至難の業です。特にパワハラを理解していないとか、パワハラを忌避しようとするあまり、本来行うべきマネジメント活動ができていないとか、問題のある部下の行動を適切に注意しないとか、仕事を任せるのはいいが完全に放任してしまうとか、部下の個々の違いを無視した一律のマネジメント行動をとることが部下を公平に扱うことと勘違いしているなど、何らかの無知・無理解・誤解・曲解に陥っている役員や管理職がある程度はいるでしょう。
こうした問題のある役員や管理職がいるならば、組織全体では現有事業と自社のカルチャーや事業観は常日頃から明確化して目に見えるようしておいたとしても、日常的に部下とコミュニケーションを取っている中で、間違った見解を伝えたり個人的な判断や思い込みを述べたりするでしょう。
そこで退職管理を適切に行うには、まず役員や管理職の人材マネジメントをしっかりと行うことです。つまり、レベルアップのための教育研修を行った上で、不適格な人は入れ替えることが避けて通れません。
時には、入れ替えの対象が経営トップに及ぶこともあるでしょう。経営幹部や事業戦略の鍵となるコア人材の入れ替えについては、そのことが組織の歴史の1ページとなりカルチャーを作りだす契機ともなります。退職管理が役員人事につながりかねない以上、取締役会の人事・報酬委員会とも平常時から連携して仕事を進めることになります。
作成・編集:QMS 代表 人事戦略チーム(2025年10月9日更新)