退職管理を適切に行うには(3)
次に考える中規模企業や歴史の長い中小企業では、退職管理の問題は大きく次の3点に集約されるでしょう。第一に退職の原因が必ずしも自明であるとは限らないこと、第二に退職者の補充を数合わせで行うこと、そして退職者が出たことで事業の継続性に問題が生じることです。
通常、中規模企業や歴史の長い中小企業では既に規則や制度はある程度整っているはずです。個人事業主や小規模企業ではルールそのものが整備されておらず、明文化されていなかったり、退職手続きの担当や責任者がはっきりしていなかったりするなどという問題でしたが、中規模企業や中堅企業では、退職に関するルール・手続き・書式・担当組織などは明確になっているでしょう。
中規模企業や歴史の長い中小企業では、形式的にも実務上も退職に関するルールや手順が確立していて、実例も相当積み上がっています。それ故に、通常の業務として処理できているので特に問題はないと思い込んでいるのかもしれません。
しかし、労働関連の法制や税金・社会保険の規則など退職にまつわるルールや手続きは毎年のように変更点が発生しています。また、自社の従業員のことはわかっているつもりであっても、退職に至る経緯や理由は100%把握できるわけではありません。退職の背景に各種のハラスメントや不正行為などが隠されている可能性は絶えず意識しておくべきでしょう。
特に退職者が急に増えたと感じられた際には、通常行っている退職面談だけでなく、会社として顧問契約などを締結したことがない社会保険労務士事務所や弁護士法人などの第三者的な立場の専門家に依頼して、退職者本人及び職務上関係する従業員などにヒアリングやアンケート調査などを行う必要があります。
こうしたことに費用を掛ける経験がない場合、いきなり第三者的な調査というのは抵抗感が強いかもしれません。ただ、第三者的な調査を行うことで、退職管理の一環として組織的に人材マネジメントに取り組む姿勢を見せることにもつながり、従業員に向けて会社のメッセージを発信することになります。退職の原因を究明して、これまでの人材マネジメントに問題があれば、それを特定して是正策を講じていくというメッセージです。
中規模企業や中堅企業で退職が問題になるとすれば、多くの場合、退職そのものよりも退職者の補充が問題となります。まして、より一層の事業拡大を目指している状況では、人材の確保・拡充が必要です。
退職が事業計画以上に生じた場合、急いで人員の補充・拡充を行いたいはずです。そこで、どうしても人材に求める基準が甘くなりがちで、人材に求める質的なバーが下がりやすくなります。人事担当の仕事としては、どうしても退職管理よりも採用のほうに重点が移ってしまいます。すると、退職の本当の原因に対処しないまま、次の従業員を採用して、再度同じ原因で退職を招くという悪循環に陥るかもしれません。
反対に、事業を縮小しようとしているのであれば、退職の計画的な管理が必要です。時間が限られている中で、事業の分割・売却及び早期退職優遇制度や整理解雇といった方法を採らなければならないこともあります。
こうした場合は一般的な意味での退職とは異なると思われるかもしれませんが、辞める人と組織に残る人が出るという現象面では同じことです。従って、業務の引き継ぎや最終出社日のセレモニーなどを、辞める経緯や退職予定者の心情などで踏まえて行わないと、トラブルを引き起こしかねません。
事業の分割・売却及び早期退職優遇制度や整理解雇ということが噂として広まるのは、組織運営上も人事管理上も大きな問題と言わざるを得ません。誰かが退職するという点では通常の退職と変わるものではありませんが、当該イベントが発効する日までのタスクを整理し作業内容を確認して、ひとつのプロジェクトとして日程や予算を調整しておくべきでしょう。組織に残っている人たちへのその後のフォローも忘れてはなりません。
退職者の補充・拡充にせよ、計画的な退職にせよ、単なる数合わせで行ってはなりません。退職者の補充を行うにしても補充すべき人材を質的に担保できているかどうか、退職者を個々の事情をもった個人として扱っているかどうか、必ず留意して事に当たらなければなりません。
中規模企業や中堅企業では個々の退職で業務がストップするというような問題は、事業の核となっているキーパーソンとかオーナー経営者自身の退任などを除けば、そうそう発生することはないでしょう。とは言え、事業戦略の鍵となるコア人材や主要な経営幹部が退職するとなれば、その影響が事業や会社全体に及ぶはずです。そこで、退職管理の一環として、社内外のコーポレートコミュニケーション活動に取り組むべきですが、これは人事の範疇では対応しきれません。
退職と一口に言っても、こうした個々の事情に応じて戦略的に取り組む課題を経営者や人事責任者が把握した上で、前例や経験だけに捉われずに社外の知見も採り入れて柔軟に対処することが必要です。ただ、こうした対応力に欠けていると思われる実例を企業スキャンダルとして目にするのも事実です。
特に注意したいのは、営業上の秘密や個人情報の漏洩リスクです。個人事業主や小規模企業でもこうした漏洩リスクは事業継続上のリスクとして重大なものですが、従業員数が多くなるほど、また退職者数が多くなるほど、これらの漏洩リスクが顕在化するでしょう。日常的に情報アクセスの管理を適切に行うことは当然として、退職時には当該の退職者がさまざまな情報を持ち出せないような組織的な仕組みを作っておくことが肝要です。
情報アクセスひとつをとっても、経営幹部やコア人材とそうではない従業員とを区分して、それぞれに適切な退職管理のありかたを要請すべきでしょう。頭の中にある情報の質も量も違うので、競業避止義務の誓約書や情報システム上のログ解析で形式的に確認するだけでは、情報漏洩などのトラブルは防ぎきれないのです。
むしろ、退職者との関係を整備して、退職後も自社と適切な関係を維持していくことで、退職後のトラブルを防止したり回避したりすることも検討してよいでしょう。既にある社友会やOB会・OG会などは単なる懇親の場に過ぎないかもしれません。それらをいわゆるアルムナイ(同窓会)に再構成していくことで、退職者も現役の役員や従業員たちもビジネスやキャリアにおいてメリットのある関係を構築していくことが望まれます。
新たに退職者をアルムナイとして組織化するには、退職前からアルムナイのメリットを退職者に理解しておいてもらいたいものです。そのためには退職者の中から他社に移って活躍しているとか組織から独立して事業を立ち上げているとか、何らかの成功を現役の役員や従業員が好意的に評価している言動が必須です。アルムナイを運営するには、そういった組織風土が醸成されていることが要請されます。
このように考えてみると、アルムナイの果たすべき役割のひとつは、事業の継続性を人的組織風土的な面から担保することかもしれません。
作成・編集:QMS 代表 人事戦略チーム(2025年9月29日更新)