退職管理を適切に行うには(2)
個人事業主や小規模企業で退職管理を適切に行うには、まずルールの整備が必要です。雇用契約書や就業規則に条文として明確に「退職」に関する取り決めを事前に定めておくことが、満たすべき最低限の基準です。しかし、そのことを全く理解していないのではないかと思わざるを得ない個人事業主や小規模企業経営者がいまだに存在しています。
ここで特に注意しておきたいのは、雇用者自身が「退職」に関する最低限の知識を身につけておくことです。例えば、解雇と退職の労働法制や就業規則における違いです。一口に解雇と言っても、懲戒解雇・普通解雇・整理解雇と大きく異なり、法制上も就業規則に定める上でもそれらの違いに応じたものになっていることが求められます。
また「退職」に際しては、口頭で退職を申し出るだけでなく、文書でその旨を知らせる必要性を理解した上で、「退職願」と「退職届」の違いに応じて退職手続きを進めることが肝要です。更に、退職事由によって退職の事務的な手続きや退職金などの取り扱いが異なるのであれば、その点にも十分に留意します。
実際の事務手続きは、顧問契約をしている社会保険労務士や税理士などの社外専門家に任せるケースが大半でしょう。例えば、給与・賃金の支払い、賞与の取り扱い、残余の有給休暇の取り扱い、社宅からの退去手続き、借上げ社宅の賃貸契約の取り扱い、健康保険・年金・税金の取り扱いなど、企業規模の大小に関わらず処理すべき事項が多くあります。
法律上必要な手続きを処理するだけでなくそれらに並行して、専門家としての知見を借りて退職や解雇に付随するトラブルを未然に防ぐ手立てを講じます。有り体に言えば、リベンジ退職にならないように適切な措置を講じなければなりません。
雇用者自身にここで求めるような実務経験は必ずしも十分にあるわけではありません。その上、他に経営上取り組むべきことがあって対応が遅れがちであることは否定できません。
そこで、競業忌避義務を申し合せた誓約書、仕事を通じてアクセスしていたデータや個人情報(本人の名刺や顧客・取引先などの名刺など)を不正に持ち出していない誓約書、制服や携帯電話などの貸与品など被雇用者が雇用者に返還すべき物品のリストと返還受領証など、退職時に提出してほしい書類を事前に整備しておくのが理想的です。現実には整備されておらず、定まった書式もないのであれば、専門家の知見が必要です。
また、退職時の面談や業務の引き継ぎなど、中規模以上の組織であれば職場の慣例や風習で何となく定式化されているものも、個人事業主や小規模事業者ではその時その場での対応だったり、何も行われなかったりしがちです。
こうしたことを放置しておくと、もともと何かあって退職しようとしている人がより過激なリベンジに走るようになるリスクがあります。そうしたリスクが顕在化してしまわないように、データの二重保存及び店舗・工場・事務所や保管庫の鍵の交換など、多少は手間と費用がかかっても対処しておいたほうがよいことがあります。特に懲戒解雇や普通解雇の際は、事業運営上のリスクがあるということをしっかりと認識しておいて対処すべきでしょう。
事務的な手続きも大事ですが、こうしたリスクマネジメントは経営者が自ら実行しなければなりません。そこで、1人の退職者が出たときに、退職時にやるべき事項をリストアップしておき、次回以降はそのリストを元に退職に対処していくことを習慣化します。
もちろん、多少なりとも退職や解雇を巡ってトラブルになりそうであれば、早めに外部の専門家に相談するほうがよいでしょう。退職や解雇というのは採用以上に大きな労務問題を引き起こしかねません。営業活動や資金繰りなど経営者としてやるべきことは多々ありますが、後回しにせずに早め早めに手を打つほうが問題処理を進めやすいのです。
なお、年金事務所や労働基準監督署などの公的機関に相談するというのも、無料のコンサルティングを受けるのに等しい価値をもつケースもあります。困ったら一度訪ねてみてはいかがでしょうか。
退職者とは退職後もよい関係を維持できるものなら維持しておきましょう。大手企業であればアルムナイといった退職者を組織化したものを整備して、時にはビジネス上の関係を発展させるきっかけになることも期待できますが、個人事業主や小規模企業ではそこまで組織化することは難しいでしょう。
ただ、雇用者と退職者の個人的なつながりが退職後もあれば、何かの時にビジネスが発展する契機になるかもしれません。直接は無理でも、新たに採用したい人を探す上で、自社のことや雇用者のことを知っていて誰かを紹介してくれる程度の関係性は保っておきたいものです。
また、個人事業や小規模企業の現実から言えるのは、退職者が出た際にその業務を別の担当者にそのまま引き継ぐことは、退職前に新たに採用できた人がいたとしても、ほぼ無理です。単なる引継ぎではなく、業務分担を見直して不要な仕事はやめてしまうなど、仕事のありかたを変えてしまうほうが早いでしょう。
個人事業や小規模企業では代表者自身が人事責任者でもあるはずです。退職者がでたら、その機を逃さずに人材の入れ替えや仕事の再編を通じて、次の成長・発展を図りたいものです。
作成・編集:QMS 代表 人事戦略チーム(2025年9月22日更新)