2025年夏の3冊(3)~「マスターズ・オブ・ライト[完全版]~アメリカン・シネマの撮影監督たち」
3冊目に採り上げるのは、「マスターズ・オブ・ライト[完全版]~アメリカン・シネマの撮影監督たち」(デニス・シェファー+ラリー・サルバート編、高間賢治+宮本高晴訳、2023年、フィルムアート社)です。
この本はハリウッドの撮影監督15人にインタビューしたものです。インタビュー自体は1980年代半ばに行われているため、スマホでプロの映画監督や映像作家が作品を撮ることも珍しくなない現代から見ると、フィルムを用いてパナフレックスカメラで映画を撮ることが当たり前だった時代の話は、撮影方法・照明テクニック・現像との関係性など技術的な事項に関しては数世代前のことが話題になっていると言わざるを得ません。
ただ、それまでに確立している撮影の常識や技術に捉われずに新しい撮影技法を取り入れていこうとする姿勢であったり、当時出始めたビデオやステディカムなどの新しいメディアや機械などの影響を評価して実際の作品でも採用してみるなど、当時確立していたハリウッドスタイルの撮影方法を革新していこうとするマインドは、様々な制約がある中でより一層明確化していったのではないと読み取ることができます。
インタビューに応えている15名のうち大半はベテランの撮影監督ですが、ジョン・ベイリーのように当時売り出し中の人もいます。それぞれの名前と筆者が個人的に観たことがある作品名を、以下に目次順に挙げます。
ネストール・アルメンドロス
「恋のエチュード」「アデルの恋の物語」「トリュフォーの恋愛日記」「天国の日々」「緑色の部屋」「クレイマー、クレイマー」「青い珊瑚礁」「終電車」「ソフィーの選択」「海辺のポーリーヌ」「日曜日が待ち遠しい」、以上11作品
ジョン・アロンゾ
「バニシング・ポイント」「チャイナタウン」「さらば愛しき人よ」「名探偵再登場」「ノーマ・レイ」「ブルーサンダー」「マグノリアの花たち」、以上7作品
追加撮影「未知との遭遇」
ジョン・ベイリー
「アメリカン・ジゴロ」「普通の人々」「キャット・ピープル」、以上3作品
ビル・バトラー
「ジョーズ」「リップスティック」「デモン・シード」「カプリコン1」「グリース」「アイス・キャッスル」「ミュージック、ミュージック」「パラダイス・アーミー」「ロッキー3」「ロッキー4」「チャイルド・プレイ」「山猫は眠らない」、以上12作品
追加撮影「カッコーの巣の上で」
マイケル・チャップマン
「さらば冬のかもめ」「タクシー・ドライバー」「ラスト・ワルツ」「ワンダラーズ」「レイジング・ブル」「マイ・ライバル」、以上6作品
ウイリアム・フレイカー
「ローズマリーの赤ちゃん」「ブリット」「ミスター・グッドバーを探して」「天国から来たチャンピオン」「1941」「シャーキーズ・マシーン」「ウォー・ゲーム」、以上7作品
追加撮影「カッコーの巣の上で」「リップスティック」「未知との遭遇」
コンラッド・ホール
「明日に向かって撃て!」「テキーラ・サンライズ」「訴訟」、以上3作品
ラズロ・コヴァックス
「イージー・ライダー」「ファイブ・イージー・ピーセス」「ペーパー・ムーン」「シャンプー」「ニッケル・オデオン」「ニューヨーク、ニューヨーク」、「フィスト」「パラダイス・アレイ」「ゴーストバスターズ」、以上9作品
オーウェン・ロイズマン
「フレンチ・コネクション」「エクソシスト」「ネットワーク」「サージャント・ペッパー」「出逢い」「スクープ 悪意の不在」「トッツィー」、以上7作品
ヴィットリオ・ストラーロ
「ラスト・タンゴ・イン・パリ」「青い体験」「スキャンダル」「1900年」「アガサ 愛の失踪事件」「地獄の黙示録」「ルナ」「レッズ」「ワン・フロム・ザ・ハート」「ラストエンペラー」「ディック・トレイシー」、以上11作品
マリオ・トッシ
「キャリー」「ベッツィー」「メーン・イベント」「スタントマン」「この生命誰のもの」、以上5作品
ハスケル・ウェクスラー
「アメリカン・グラフィティ」「カッコーの巣の上で」「ウディ・ガスリー/わが心のふるさと」「帰郷」、以上4作品
追加撮影「天国の日々」「ローズ」
ビリー・ウイリアムズ
「恋する女たち」「日曜日は別れの時」「黄昏」「ガンジー」、以上4作品
ゴードン・ウイリス
「ゴッドファーザー」「ゴッドファーザーPARTⅡ」「大統領の陰謀」「アニー・ホール」「インテリア」「マンハッタン」「スターダスト・メモリー」「カメレオンマン」「カイロの紫のバラ」「推定無罪」「ゴッドファーザーPARTⅢ」、以上11作品
ヴィルモス・スィグモンド
「ロング・グッドバイ」「スケアクロウ」「続・激突!/カージャック」「愛のメモリー」「未知との遭遇」「ディア・ハンター」「ローズ」「天国の門」「黄昏のチャイナタウン」、以上9作品
彼らのうち、アメリカ以外の国で生まれ育ったのが5人です。ネストール・アルメンドロスとヴィルモス・スィグモンドがハンガリー、ヴィットリオ・ストラーロとマリオ・トッシがイタリア、ビリー・ウイリアムズがイギリスで、ここに紹介されている撮影監督の3分の1がアメリカ出身ではない人々です。故に、ハリウッドのユニオンに加入しないまま撮影監督として仕事をした人もいれば、ユニオンに加入できるまで長い期間下積みを経験した人もいます。
技術の習得という面からも生活費を稼ぐという面からも、一人前の撮影監督として映画製作に関わるまで(人によっては撮影監督として実績を挙げた後でも)、テレビやCMの仕事も重要だったことが語られます。
撮影監督の地位向上や報酬引き上げ(特にグロス・パーセンテージ契約の導入)を語るウイリアム・フレイカー(ASC=アメリカ映画撮影監督協会=の会長を2期務めた)のような人もいれば、政治的にリベラル派であることを隠さず、政治の実態に切り込むドキュメンタリー映画の制作者としても10本の作品がありFBIに尋問を受けたこともあるハスケル・ウェクスラーもいます。撮影監督の中で高い評価を受けながら、アカデミー撮影賞を受賞していないゴードン・ウイリスもいます。
さて、インタビューで繰り返し触れられるのは、撮影監督の仕事とは何か、職人としての仕事と芸術家としての仕事の違い、企画の選び方、監督との関係性、照明について、現像及び現像所との関係について、撮影監督を目指そうとする若い人々に向けてのアドバイス、といった事項です。その中で、機材の特性や撮影環境の違いが映画のルック(注5)に及ぼす影響といった撮影に関するテクニカルな面への言及も多いのは当然ですが、ルックや構図の考え方とかよいルックの判断などの撮影監督しか決定できない要点をどのように学んできたのかといった面についても少なからず触れています。
本書の基本的なテーマである“監督の仕事とは何か”ということで言えば、例えば、マイケル・チャップマンは次のように撮影者としての役割を説明しています。
キャメラマンの基本的な職務は一連の映像をフィルムに定着させることです。それ以外のことは作品によって大きく異なってくる。キャメラマンは作品ごとに自分の役割を監督と取り決める。照明だけしておとなしく引き下がっていろと言う監督もいれば、もっと仕事を任せる監督もいる。(本書180ページ)
また、マリオ・トッシは撮影監督の仕事について次のように語っています。
撮影者の職務はたいそう複雑です。芸術的領域と技術的領域の両方で仕事をしなければならないからです。映画制作を構成するさまざまな部門のすべてと関わりをもっていなければならない。まず第一にくるのは撮影クルーをたばねることです。クルーは小編成のときもあれば大所帯のときもある。……芸術的領域を犠牲にせずに、撮影をスムーズに進行させ、スケジュールを乱さないことが何より求められます。……撮影者にはシナリオの要求する雰囲気をしっかりと作り出す責任がある。扱うものがコメディかドラマかスリラーかによって対応を変え、必要とされる気分やムードの醸成にベストをつくさねばいけない。(本書372~373ページ)
撮影に入る前に何を準備するのかといえば、多くが監督との打ち合わせを挙げます。これはスケジュールや予算、スタッフィングや機材などを調整するだけでなく、監督が実現したいと意図する作品にふさわしいルックを撮影監督として理解しておくことや、そのために必要であれば参考となる映画などを一緒に観て確認したりルックの方向性を把握しておいたりすることです。
また、照明について言えば、スタジオ(サウンドステージ)撮影とロケやオープンセットでの撮影との違い、自然光を活用する際の留意点、ライトの種類や活用方法など、カメラやフィルムなど直接撮影に用いる機材の種類や取り扱い方以上に、撮影監督が決定しなければならないことが説明されます。本書のタイトルが『マスター・オブ・ライト』であるのも、撮影監督が照明の責任者であるからです。実際、美術監督や衣装・メイク・道具など現場スタッフ全体と話し合って照明方法やカメラポジションなどを決めていきます。
ちなみに、撮影監督の多くは、直接カメラのレンズを撮影現場で覗くことはありません。カメラの操作を行うのはカメラオペレーター(セカンドキャメラマン)です。こうしたことも、本書を通して知ったことのひとつです。
もちろん、一般論だけでなく、実際に観たことがある作品がどのように作られていったのか、撮影監督だから語ることができるエピソードも次々と出てきます。ここでは個人的に特に興味をもった部分を紹介します。
ネストール・アルメンドロスの「天国の日々」における自然環境でのロケ撮影(本書52~56ページ)、ジョン・アロンゾの「バニシング・ポイント」における毎日移動しながらの撮影(本書70~72ページ、88~89ページ)、ビル・バトラーの「カッコーの巣の上で」での監督や俳優との人間関係を調整するのも撮影監督の仕事(本書154~156ページ)と「ジョーズ」の水中撮影(本書164~167ページ)、マイケル・チャップマンの「レイジング・ブル」における黒白映画とアクションシーン(本書208~210ページ)、ウイリアム・フレイカーの「ローズマリーの赤ちゃん」における監督との画作りの実際(本書231~234ページ)と「ミスター・グッドバーを探して」でのクライマックスのストロボ撮影(本書239~244ページ)、オーウェン・ロイズマンの「エクソシスト」でのホラーシーンについて(本書329~332ページ)、マリオ・トッシの「メーン・イベント」における主演女優の撮り方(本書381~383ページ)、ビリー・ウイリアムズの「恋する女たち」(本書429~431、437ページ)、ゴードン・ウイリスの「ゴッドファーザー」「ゴッドファーザーPARTⅡ」(本書452~460ページ)と「大統領の陰謀」での広いオフィスの撮り方(本書462~465ページ)、ヴィルモス・スィグモンドの「未知との遭遇」の特撮について(本書500~507ページ)です。
これらの他にもヴィットリオ・ストラーロが「レッズ」の撮影の最終盤にASCと厳しくやり合うエピソードなど興味が尽きません。本書は技術的な話だけでなく、報酬やユニオンとの関係など業界関係のエピソードも豊富で、映画は多種多様な人間たちが関わって作り上げていることが実感できます。
【注5】
本書の撮影用語集によれば、ルックとは「映像の調子、画調。映画の(内容でなく)外見。」
映画を構成する要素のうち、製作監理に関する事項(作品の企画開発、スタッフィングとキャスティングに関する決定、資金調達、スケジュール管理、P&Aなどビジネス面の事項など)、シナリオに関する事項(作品の構成、劇映画であればストーリーやセリフなど)、俳優に関する事項(キャスティング、監督による演出、演技など)、サウンドに関する事項(音楽、音響効果など)を除いた、スクリーンを通じて目に見える全てのもの。
作成・編集:QMS 代表 井田修(2025年7月23日更新)