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管理職の人材育成を再考する(5)

管理職の人材育成を再考する(5

 

前回まで管理職の人材育成について、管理職そのもののレベルアップ、管理職へ登用すべき人材の育成、管理職から役員などの経営幹部への登用という3種類の視点から考えてみました。

 

まず、管理職自身のレベルアップですが、管理職本人が自ら気づいて動くことが肝要です。特に多忙ということを言い訳にしないために、管理職の仕事の整理から始める必要があるというのが大半の組織の実態です。

同時に、従業員サーベイや多面評価を活用して、個々の管理職の強み・弱みとか長所・欠点などを組織的に把握します。そうした現状調査の結果を個別にフィードバックしておいた上で、研修プログラムやコーチングなどのサポートをメニュー化して選べるようにしておきます。

そして、管理職の育成・強化を行う上で忘れてはならないのは、レベルアップできない(しない)管理職が自然と淘汰される環境を整備することです。事業戦略の変更、企業カルチャーの強化や再生、マネジメントのスタイルの見直しなどにより、組織として必要な変化についていけない管理職が少なくない人数で存在しているのが通例です。その特定と解消策の実行が、現在いる管理職の育成・強化を実現する上で避けては通れません。

 

次に、現場の実務担当者の中から管理職に登用すべき人材を発掘・育成・選抜していくには、内部昇進はもちろんですが、外部から管理職または管理職候補を新規に採用することも考えなければなりません。

組織としては、まずは管理職になることでメリットが実感できる程度に処遇水準を引き上げることは必要不可欠な前提条件です。これは、自社の収益性を抜本的に高める方策を実行して、少数精鋭化したはずの管理職の処遇水準を向上させることとほぼ同義です。

現在よりも処遇水準が上がるとはわかっていても、管理職に積極的になりたいと思わない人々が多いとすれば、多くの場合、非管理職として現に担当している仕事と、管理職になって担当する仕事が、あまり変わらないとか、量的にも質的にも負荷が増大するばかりと認識されているのでしょう。

そこで、管理職の仕事の整理から始める必要があります。そうした仕事の整理とともに、周囲に仕事を割り当てて、自分はより難度の高い仕事に挑戦することを奨励します。これらのことを繰り返していくことで、何らかのプロフェッショナルを目指すことが自ずとできている人が管理職候補と非公式に見做されて、管理職への育成や選抜のプログラムの対象者とされるでしょう。

事業や職能のプロであるとともにマネジメントのプロを志向するには、一般的なマネジメントに関する知見を身につけることは必須です。そして、マネジメントの実践から自分なりのマネジメントのスタイルを作り始めることが求められます。こうしたことは、入社直後から実行する状況に自らを置いていて実践してこないと、なかなか身につくものではありません。できれば、マネジメントを担う管理職のありかたを見習う機会を組織的にも個人的にも設けて、いわゆるロールモデルを複数見定めて真似ることも重要です。

こうしたアプローチはいわゆる正社員に限定されるべきものではありません。あくまで本人のキャリアへの意志や考え方を踏まえて、組織的なサポートと機会提供が行われるのです。管理職候補の人材プールは、いつでも入れ替えがあるという点も重要です。管理職候補だからと言って、決して、手放しでエリートコースに乗せるものではありません。

 

さて、管理職から役員への登用に値する人材を発掘し育成し選抜していくには、役員レベルの知見や視点を持つように教育研修や多面評価などを実施して、雇われている側の意識や行動から経営する側の意識や行動を体現するように変容を迫ります。同時に、経営者としてのスキルセットや知識体系なども身につけることが要請されます。内部昇進に加えて外部から役員または役員候補を新規に採用することが要請されることもあります。

ポイントは、単に管理職として優秀であるとか実績十分であるから役員にするというのではないということです。ましてや管理職を長年勤めあげてきたから、定年退職前に昇進させるポジションではありません。管理職としての成績順のリストは管理職の人材管理上は必要ですが、役員に育成していくべき人材候補のリストとしては別の観点からのリストアップが必須です。

一般的な意味での役員のもつべきスキルやマインドについては、MBAの上級コースや経営大学院のなかで取り組んでいるところもある新任CEOを対象とした経営リーダー養成プログラムなどで身につけることが可能なものもあります。しかし、実体験がなければ、どうしても身につけようがないものもあります。

その一例として、後に誰もいないという意味でラストマンとして最終的な意思決定を下す経験があります。後に誰もいないという意味でラストマンとして最終的な意思決定を下す経験というのは、厳しい状況での経験が必須で、特に誰も頼れる他者がいない状況にどう対応してきたのか、一種の修羅場を乗り越えた経験こそが役員となる人材には求められます。

ただ、ここで言うような厳しい状況は意図的・意識的・計画的に作り出すことができるとは思えません。むしろ、意図せずにたまたま出会うものかもしれません。ラストマンの立場はローテーションで異動して経験するものでないとすれば、発生した経営状況に対して、自己申告や立候補のような仕組みで自ら手を挙げてチャレンジすることが求められるでしょう。

従って、管理職から役員への人材育成は、他の人材育成とは異なり、機会の公平性を担保するものではありません。ましてや、結果の平等性はあり得ません。さまざまな人材グループの間で衡平性を保とうとするよりも、勝負勘(特定の個人に全面的に任せてみること)や結果責任(その人を選んだことがもたらした業績については選んだ人々も責任を負うこと)が求められるのです。

取締役会としては、役員交代の契機(経営課題、新たな成長・市場を求めるステージか、再生のときか、カリスマ的なリーダーの後か、M&A及びPMIのタイミングなど)別の人材ポートフォリオを作成しておきたいものです。そして、実際に発生した交代すべき状況に応じて個別の役員を指名します。

従って、管理職から役員への人材育成の責任は、本人とともに人材の選抜・育成に当たったはずの取締役会も負わなければなりません。役員本人の報酬制度とともに、取締役会も事後的に報酬面でも責任を負うような仕組みが必要です。つまり、現金報酬よりも長期的な企業価値(株価及び時価総額)の動向に応じて変動する報酬のウエイトが高く、長期に分割して実行される株式連動型の報酬が大半を占めるような仕組みが求められます。

 

当コラムの最初に述べたように、管理職の育成と一口に言っても、現在の管理職の育成・強化なのか、次の管理職の育成・選抜なのか、管理職から役員への育成・登用なのか、最優先すべきポイントを見極めて着手することが肝要です。

例えば、JTCでは、機能していない管理職や存在自体が業務効率を低下させているような管理職をどうするか、といった課題が優先的にありそうです。スタートアップでは、役員と現場の社員はいてもその間をつないで組織を回す管理職がいないとか、役員や管理職に相当する立場の人はいても、単なる作業者に過ぎなかったり事業成長にこれといった貢献がなかったりするような人々しか残っていないこともあります。中堅企業では、ワンマンで何でも決めて管理するトップが引っ張っているような組織のまま、名刺だけの管理職や一般の社員と何ら変わらない仕事をしているだけの管理職がいるでしょう。

それぞれの状況で、管理職の育成という経営課題の具体的な様相は大きく異なります。また、状況が違えば、そこにいる人々自身が目指す方向も違ってくるでしょう。一口に管理職からレベルアップをしたいといっても、単純に課長から部長、部長から事業部長、そして役員を目指すなどというのは、正に昭和のサラリーマンであって、現代のビジネスパーソンのキャリアプランではありません。単に肩書だけあって幾人からなる組織を管理する人という旧来の管理職では、今の組織には居場所はありません。

管理職と言っても、GMを目指すのか、ターンアラウンドマネージャーを目指すのか、起業家(事業開発)を目指すのか、職能別の専門分野でプロフェッショナルとしての活躍を目指すのか(最低限のマネジメントは必須)、キャリアプランは大いに相違するはずです。その違いを自覚した上で、仕事上の偶然の機会を捉えて困難な状況にチャレンジすることで、キャリアを切り開くチャンスに変えていくことが求められます。そうした人材育成の結果として、事業の方向性や組織のありかたが決まってくるところも大なのです。

 

作成・編集:人事戦略チーム(2025616日更新)