· 

管理職の人材育成を再考する(4)

管理職の人材育成を再考する(4

 

さて、管理職からより高度な(上位の)人材に育成していくというのは、通常は管理職から役員への登用に値する人材を発掘し育成し選抜していくことを意味します。通常、管理職に役員レベルの知見や視点を持つように教育研修や多面評価などを実施して、雇われている側の意識や行動から経営する側の意識や行動を体現するように変容を迫ります。同時に、経営者としてのスキルセットや知識体系なども身につけることが要請されます。人材が不足しているという自覚があるなら、ここでもまた、内部昇進に加えて外部から役員または役員候補を新規に採用することもあります。

ポイントは、単に管理職として優秀であるとか実績十分であるから役員にするというのではないということです。ましてや管理職を長年勤めあげてきたから、定年退職前に昇進させるポジションではないですし、万一、そういう人が役員となっているのであれば、即時に役員の職を解かなければなりません。こうして役員(特に業務執行の責任を負う役員)の仕事の意味付けや役員としての責任を果たすべき人材のありかたを明示することこそ、取締役(会)が取り組むべき仕事です。

役員候補の人材プールは、単に管理職として優秀で実績を挙げた人というのではありません。管理職としての成績順のリストは管理職の人材管理上は必要ですが、役員に育成していくべき人材候補のリストとしては別の観点からのリストアップが必須です。

 

一般的な意味での役員のもつべきスキルやマインドについては、MBAの上級コースや経営大学院のなかで取り組んでいるところもある新任CEOを対象とした経営リーダー養成プログラムなどで身につけることが可能なものもあります。しかし、実体験がなければ、どうしても身につけようがないものもあります。

その一例として、後に誰もいないという意味でラストマンとして最終的な意思決定を下す経験があります。これは、いかに迫真の学習プログラムをこなしても、経営の実地体験に優るものはないでしょう。

この経験を積むには、関連会社や子会社での経営トップ(CEO)としての体験、誰も知っている人がいない地域での海外駐在経験、会社として取り組んだことのないプロジェクト(新規事業の立ち上げ、既存事業の撤退や売却、他社との合弁事業など)をリーダーとして取り仕切る経験などが想定されます。それらに対して身をもって処することが、管理職から役員へとキャリアを転換していくには必要です。

こうした経験ですから、すべてが成功というわけにはいきません。失敗してビジネス上の損失を出すこともあれば、自分も関係者も肉体的または精神的に傷を負うこともあるでしょう。そこから再起するくらいのレジリエンスの経験も求められるかもしれません。

後に誰もいないという意味でラストマンとして最終的な意思決定を下す経験というのは、いわゆるエリートコースに乗って社内で既存のポストを昇進していくだけではだめなのです。厳しい状況での経験が必須で、特に誰も頼れる他者がいない状況にどう対応してきたのか、一種の修羅場を乗り越えた経験こそが役員となる人材には求められます。もちろん、厳しい体験をした上で、それをどのように乗り越えてきたのか、その体験から何を学んできたのか、それらを今後の自社の経営にどのように活かすつもりなのか、経験した個人の違いが役員となった後のビジネスプランにも反映されているはずです。

ただ、ここで言うような厳しい状況は意図的・意識的・計画的に作り出すことができるとは思えません。むしろ、意図せずにたまたま出会うものかもしれません。まさか子会社の人員整理を人材育成の道具として計画的に実行するとは、当事者の前で言うわけにはいきません。ラストマンの立場はローテーションで異動して経験するものでないとすれば、発生した経営状況に対して、自己申告や立候補のような仕組みで自ら手を挙げてチャレンジすることが求められるでしょう。

従って、管理職から役員への人材育成は、他の人材育成とは異なり、機会の公平性を担保するものではありません。ましてや、結果の平等性はあり得ません。さまざまな人材グループの間で衡平性を保とうとするよりも、勝負勘(特定の個人に全面的に任せてみること)や結果責任(その人を選んだことがもたらした業績については選んだ人々も責任を負うこと)が求められるのです。

取締役会としては、役員交代の契機(経営課題、新たな成長・市場を求めるステージか、再生のときか、カリスマ的なリーダーの後か、M&A及びPMIのタイミングなど)別の人材ポートフォリオを作成しておきたいものです。そして、実際に発生した交代すべき状況に応じて個別の役員を指名します。

順当に替わるべき状況では下馬評通りの人選を、不祥事が発生した場合など緊急に立て直しが求められる状況では事前のリストに載っていない人であっても選ぶべきであるかもしれず、順調な状況であって次の飛躍が求められる状況では他社からヘッドハンティングを行うかもしれません。事業再構築や業績の抜本的な立て直し、課題が山積していて手付かずの状況など、困難な状況であればあるほど、自社での内部昇進と外部からの人材調達を併用して新たな経営(業務執行)チームを編制しなければなりません。

 

管理職から役員への人材育成の責任を取締役会がもつべきであることは、改めて言うまでもありません。言い換えれば、役員レベルの人材を育成するのは、取締役を中心とする経営チームの責務に他なりません。この点ひとつをとっても、管理職までの人材育成とは異なる人材育成機能が要請されることが理解できます。

既述のように管理職から役員への人材育成の責任は、役員本人とともに人材の選抜・育成に当たったはずの取締役会も負わなければなりません。役員本人の報酬制度とともに、取締役会も事後的に報酬面でも責任を負うような仕組みが必要です。つまり、現金報酬よりも長期的な企業価値(株価及び時価総額)の動向に応じて変動する報酬のウエイトが高く、長期に分割して実行される株式連動型の報酬が大半を占めるような仕組みが求められます。

 

 

作成・編集:人事戦略チーム(202569日更新)