管理職の人材育成を再考する(3)
このコラムの初めに述べたように、管理職となる人材を管理職ではない人材グループから育成・選抜するということは、現場の実務担当者の中から管理職に登用すべき人材を発掘し育成し選抜していくことになります。現場の社員が全員、管理職となるはずはありません。とは言え、管理職となる人数が管理職のポストや定員などと比べて極端に少ないとすれば、内部昇進に加えて外部から管理職または管理職候補を新規に採用することも考えなければなりません。
その一方、昨今、管理職になりたいと思う人の割合が低下しているという指摘をよく耳にします(注2)。調査対象や調査方法による違いはあるものの、一般の働いている人々のなかで2割弱しか管理職になりたいと思っていないものと推定することができそうです。特に女性では1割程度しか管理職になりたいと望んでいる人がおらず、SDGsを経営目標に掲げて人的資本経営を行おうにも、女性の活用が容易に進むとは思われません。
現実には管理職自身のスキルやマネジメントスタイルに問題があって、管理職候補を見出したり育成をサポートしたりすることが無理なケースも少なくないでしょう。また、現にいる管理職ではロールモデルとはならず、仮に管理職になりたいと思っていても有用な手本がないという人もいるでしょう。
そうした状況の中で、管理職となる人材を管理職ではない人材グループから育成・選抜するということは、単に金(処遇)で釣るといった発想では実現できない課題と言えます。給与や昇進などの処遇面で管理職になるメリットが感じられないという会社があることは事実でしょう。その場合、メリットが実感できる程度に処遇水準を引き上げることから始めなければなりません。それができないのであれば、まずは自社の収益性を抜本的に高める方策を実行して、少数精鋭化したはずの管理職の処遇水準を向上させるのです。これは、正に経営者の仕事です。
さて、ここでは管理職になるメリットが多少なりともあるということを前提として考えます。現在よりも処遇水準が上がるとはわかっていても、管理職に積極的になりたいと思わない人々が多いとすれば、多くの場合、非管理職として現に担当している仕事と、管理職になって担当する仕事が、あまり変わらないとか、量的にも質的にも負荷が増大するばかりと認識されているのでしょう。
そうであれば、前回も指摘しましたが、まずは管理職の仕事の整理から始める必要があります。特に社内のコミュニケーションやさまざまな調整、日常的な面談、目標設定や業績評価の面接やフィードバック、定例的な会議の主宰や日程調整などなど、スケジュールやルールに従ってこなすだけの仕事は一掃すべきです。実際、これらの仕事はマネジメントの一部を成すものではありますが、IT/DXにより自動化したりリモート化して対応したりすることが可能なものです。
そうした仕事の整理とともに、周囲に仕事を割り当てて、自分はより難度の高い仕事に挑戦することを奨励します。これは、本人とともに上長であるマネージャーが果たすべき役割でもあります。目標設定やキャリア面談などの公式なコミュニケーションを通じて行うとともに、日常的な仕事の割り振りの面でも非定型的な仕事ほど管理職候補と目される人に割り当てることが求められます。
これらのことを繰り返していくことで、何らかのプロフェッショナルを目指すことが自ずとできている人が管理職候補と非公式に見做されて、管理職への育成や選抜のプログラムの対象者とされるでしょう。
もともと、いわゆる正社員として採用するのであれば、何らかのプロフェッショナルになることが予定されているはずです。人事やロジスティクスとかエンジニアやマーケターといった職能別のプロ、事業の立ち上げ・運営・撤退のプロ、製品や市場について知悉しているプロ、そしてその組織固有のプロといったものが、それぞれの専門性と自律性をもったプロフェッショナルとして想定できます。そもそも論として言えば、いずれのプロにもなれないのであれば、正社員で雇用する意味はありません。
管理職というのも何らかのプロであるはずです。少なくともマネジメントという職能のプロでなければ存在する意義がありません。そして多くの場合、マネジメントだけでなくもう一つプロと呼べるものがあるはずです。人事のプロでマネジメントのプロであれば人事マネージャー、首都圏のマーケットを知り抜いていてマネジメントのプロであれば営業マネージャーまたはマーケティング・マネージャーなどが考えられます。
このように、職能別のプロ、事業のプロ、製品や市場について知悉しているプロ、そしてその組織のプロを志向するには、担当者レベルで仕事をしながら、その職能・事業・製品市場・所属組織についての知見を深めることが求められます。
マネジメントのプロを志向するには、一般的なマネジメントに関する知見を身につけることは必須です。そして、マネジメントの実践から自分なりのマネジメントのスタイルを作り始めることが求められます。そのためには、新人教育を担当したり、自分の仕事を別の人々(自社の直接雇用者であってもよいし、派遣社員などでもよい)に割り振って任せたりする経験が求められます。こうした経験の結果を多面評価などで集約したり、タレントマネジメントシステムで登録・管理したりすることで、組織的にデータを蓄積して管理職候補を個人として認識しておきます。
最も重要なことは、以上述べてきたようなことを入社直後から実行する状況に自らを置いているかどうかです。新規学卒者にしても、即戦力の中途採用者にしても、管理職でなく一般のレベルで新規に採用された人は、まずは実務者として仕事ができるようになることが期待されるでしょう。その際に、入社直後から周囲の人々や関連部門の人々と連携を取りながら仕事を進めるように、本人が意図的に動くことが肝要です。そうした場があって初めて単なる作業者からマネジメントを担う者へと意識づける契機が生じます。
そして、その機を逃さずに、マネジメントを担う管理職のありかたを見習う機会を組織的にも個人的にも設けていきます。その範囲は自社に限定する必要はありません。自社にロールモデルが見つけられそうもないのであれば、他社に求めることも選択肢の一つです。ロールモデルも一つに拘るべきではありません。それぞれのロールモデルから採り入れることが可能なものがあれば真似したり身につけたりすればよいのであって、複数のロールモデルからそれぞれ異なる点を採り入れればよいのです。
こうしたアプローチはいわゆる正社員に限定されるべきものではありません。非正規で雇用された人であっても、現場の仕事を担当する中で次第に頭角を現し、現場の責任者やリーダーとなり、正社員から管理職候補となる人材プールに位置づけられることもあります。かかる時間や管理職に登用するタイミングは違っていても、誰にでも広く管理職登用の門は開かれていなければなりません。
従来の年功的な人事運用と異なるのは、年次や年齢、出身校名による学歴などの属人的な要件は無視されることです。あくまで本人のキャリアへの意志や考え方を踏まえて、組織的なサポートと機会提供が行われるのです。そして、管理職候補の人材プールは、いつでも入れ替えがあるという点も重要です。管理職候補だからと言って、決して、単なるエリートコースに乗せるものではありません。
【注2】
例えば、以下のようなアンケート調査の結果があります。
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作成・編集:人事戦略チーム(2025年5月28日更新)