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デヴィッド・リンチ氏の訃報に接して

デヴィッド・リンチ氏の訃報に接して

 

先週木曜日(16日)、アメリカの映画監督のデヴィッド・リンチ氏が76歳で死去したことが家族から発表されました(注1)。氏は70年代より映画監督として活動し、「マルホランド・ドライブ」などの劇映画や「ツイン・ピークス」といったTVシリーズが代表的な作品として紹介されます。短編映画やMVなどでも活躍していました。

実際に鑑賞したことがある映画作品としては、以下の4作品があります(注2)。全て、氏が監督・脚本(「エレファント・マン」のみ共同脚本)したものです。

 

「イレイザーヘッド(原題:Eraserhead)」(1976年、USA

「エレファント・マン(原題:The Elephant Man)」(1980年、USA・イギリス合作)

「デューン/砂の惑星(原題:Dune)」(1984年、USA

「ブルーベルベット(原題:Blue Velvet)」(1986年、USA

 

「イレイザーヘッド」は氏が学生時代から製作を始めて5年ほどの期間を経て完成させた作品です。日本で公開されたのは「エレファント・マン」がヒットした後の1981年でした。後に知ることですが、イレイザーヘッド(昔あった一端に消しゴムがついている鉛筆の消しゴムのこと)のような頭髪の主人公は、見た目(容貌)も出来事も監督本人がモデルでしょう。

モノクロで粒子の粗い画面で、ストーリーを語るよりも、そのシーンの感覚や感情を映像と音(音楽)で伝えることに重点が置かれているようです。作品を生み出す上でのこうした姿勢は、終生変わることのないスタイルであったことが理解できます。

 

「エレファント・マン」は本格的な監督デビュー作と言ってもよい作品で、アボリアッツ国際ファンタスティック映画祭(当時注目を集めていたファンタジー・SF・オカルト・サスペンス・ホラーに絞った映画祭)でグランプリを受賞したりアカデミー賞にもノミネートされるなど、興行面でも批評面でも評価の高い作品です。

ストーリーはヒューマンドラマと呼ぶべきものですが、映像上は「イレイザーヘッド」に極めて近似した作りです。それが19世紀のロンドン、それも見世物小屋で見世物とされていた畸形の人物を描くのに、ぴたりと当てはまっています。この作品でタイトルロールを演じたジョン・ハートは、「エイリアン」では最初にエイリアンに憑りつかれる宇宙貨物船のクルーで、両作品ともに顔が映りにくい役をしっかりと演じています。後に「羊たちの沈黙」でハンニバル・レクター博士に扮するアンソニー・ホプキンスが主人公を見世物小屋から買い取ってその人間性を見出すトリーブス医師を演じるなど、キャストやスタッフもプロフェッショナルになっています。

 

「デューン/砂の惑星」は、近年製作されたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の「Dune/デューン 砂の惑星」よりも40年近く前に製作・公開された、フランク・ハーバートの「デューン 砂の惑星」を原作として映像化した作品です。カイル・マクラクラン、マックス・フォン・シドー、ショーン・ヤング、ケネス・マクミラン、スティング、ホセ・ファーラー、シルバーナ・マンガーノなど世界中からキャスティングし、映像やセットも資金を掛けています。ブライアン・イーノとTOTOが担当したサントラ(注3)は今聴いても作品への興味が湧くでしょう。

ただ、原作のスケールを映画化したせいか、作品が長大になりすぎ、多くのシーンがカットされてストーリーがつまらないものになったことは否めません。闘うシーンも物足りないものとなり、興行的にも批評的に不十分な作品となってしまいました。

もし、「Dune/デューン 砂の惑星」のように2つの作品として構成されていれば、まったく違った結果になっていたのかもしれません。もしくは、フランク・ハーバートの「デューン 砂の惑星」にインスパイされた別の作品として、いわばデヴィッド・リンチの「デューン 砂の惑星」としてモノクロの世界で俳優の存在が吹き飛ぶような映像主体の作品を描き切ることができていたのであれば、傑作となっていたのかもしれません。

 

「ブルーベルベット」では、アボリアッツ国際ファンタスティック映画祭で再度グランプリを受賞したり、アカデミー賞(監督賞)にノミネートされたりするなど、前作の「デューン/砂の惑星」の失敗を払拭しました。その一因として、前作とは異なり本作ではファイナルカット(最終的に編集を決定する権利、通常は製作者が有するが監督自らが持つことで製作意図や芸術性を一貫させることができる場合がある)を自ら保有することで、作品で描かれている世界に対して予想される世評や製作コストへの批判などを気にすることなく、作品の一貫性や完成度を高めることが可能となった点が指摘できるでしょう。

その分、作品は「イレイザーヘッド」に回帰するかのように、吐き気や不気味さを感じる世界を描き出しています。実際、筆者は“Blue Velvet”(注4)が流れながら主人公を演じたイザベラ・ロッセリーニの真っ赤な唇がアップで映し出されて映像が展開していく辺りで、めまいのような情態に陥ったことを今でも思い出します。そうした鑑賞体験のせいか、この後の作品を観てみようとする気持ちは、結局のところ起きませんでした。それだけの力がある作品であることは間違いありません。

 

近年は、自身の名を冠した天気紹介チャンネル(注5)をYouTubeで運営して元気な姿を見せていました。これらの不定期な更新は、自らの生存確認のようにも思えていたところ、残念ながら訃報を耳にすることとなりました。

 

【注1

たとえば、以下のように報じられています。

デイヴィッド・リンチ監督、78歳で死去 「ツイン・ピークス」などで話題に - BBCニュース

「ツイン・ピークス」のデビッド・リンチ監督が死去、78歳 | ロイター

 

【注2

 

「イレイザーヘッド」

「エレファント・マン」

「デューン/砂の惑星」

「ブルーベルベット」

 

【注3

 

【注4

 

【注5

 

 

  作成・編集:QMS代表 井田修(2025123日)