結果を出す方程式(5)
ここまで4回にわたって、個人が組織で仕事の結果を出す上で考慮すべきことを定式化してみてきました。
結果=マインドセット×能力・知識×環境
仕事で何らかの結果を生み出そうと思ったら、これらの3要素のどこにどのような問題があるから結果が出ないのか、自らの意思でどの要素をどのように変えていったら結果が出る可能性が高まるのか、しっかりと検討して実行していく必要があります。その積み重ねが、自分のビジネスキャリアを戦略的に作り上げていくことにもつながります。
第一の要素であるマインドセットというのは、短期的に日々変化するもの、いわゆるモチベーションのことであるだけでなく、長期的にある程度変わらないもの(仕事に取り組む姿勢、学び続けるメンタリティ、後輩や年下の人たちからも意見やスキルを積極的に吸収しようとする動きなど)も含んでいます。
マインドセットの基盤となるものは本人の肉体的・物理的条件です。健康面に問題があるのであれば、何を措いても健康を回復するのが最優先で取り組むべきテーマであることは、改めて言うまでもありません。ここでは、仕事をするのに問題ない程度に健康な状態であるとします。
再度述べると、マインドセットは短期的にも長期的にも変動するものであり、それが単独で存在するのではなく、他の要素との間で相互に影響を及ぼします。マインドセットを整えるには、そのための方法や採るべき考え方などを知っているという意味で実践的な知識も必要です。
マインドセットの変動を本人は気がつかない場合もあります。その際は、周囲の人たちが注意することが必要ですが、周囲=環境という変数のひとつ=と本人との関係によっても本人の気づきが変わります。マインドセットに関わる上で、上司・部下や同僚などの環境とのフィードバック・ループがどのように働いているかも、無視できない要素です。ここではコミュニケーションのツール・内容・表現形態などがマインドセットに影響を与える要素となります。
次に、「能力・知識」という要素について、その階層性・身につける方法・新たな知見の開発という3つの観点から説明しました。
「能力・知識」には階層性があるということは、読み書き算盤ではありませんが、基礎的な言語能力・計算能力・推論能力など、仕事に限らず現実の生活を送っていくのにも不可欠なものが最低限必要であることを、しっかりと理解し身につけなければなりません。
「能力・知識」に階層性があるからこそ、基礎的な知識や能力が大事なのです。基礎がないと建物と同じで、いかに最先端で深い知識や能力を身につけることができたとしても、基礎がしっかりしていない「能力・知識」は、事業環境がちょっと変わっただけで、一瞬で使い物にならなくなるか、応用が利かずにまた一から学習しなければならなくでしょう。
そして、「能力・知識」を身につけるのに効果的効率的な自分なりの方法を知ることも重要です。文章を読んだり書いたりすることで身につけることができるのか、実技で身につけることができるのか、数式や図像で理解するのが早いのか、人によって知識や能力を身につけるのに適したやり方は異なります。自分なりに効果の上がる方法を知って、できるだけそのやりかたを実践することが不可欠です。
「能力・知識」について最後に言及すべき点は、既にある「能力・知識」を身につけるだけでなく、新しい知見を生み出すことも忘れてはならないということです。そのためには、異なる「能力・知識」を組み合わせること、例えば、今の職場にはない(欠けている、弱い)ものがあれば、その「能力・知識」を導入するだけでも、その職場にとって新しい知見としての価値があります。
より効率的に、より大きな結果を、より多様な形で、仕事で結果を出していくには、同じ「能力・知識」を繰り返し活用するだけでは、すぐに限界が来てしまうので、そうならないために手始めに、既に結果を出している仕事について教科書やマニュアルのようなものを作ってみたり、講師やトレーナーとして教えてみたりすることです。
また、自分の失敗を振り返って反省し、その経験から学ぶことも大切です。自分の直接の経験だけでは限りがあり、冷静に見ることができない虞もありますから、他人の失敗や成功から学ぶべき教訓をしっかりと受け止めることも、「能力・知識」を自ら開発して身につけるのに必要です。いわゆるロールモデルというのも、他人の失敗や成功から学ぶ材料の一つとして捉えて活用すればいいでしょう。
第三の「環境」とは、個人の意思や力では短期的に変えることができないもので、その人を取り巻く組織や事業体、その組織を取り巻く事業環境などです。組織を取り巻く外部環境は基より、組織のもつ経営資源(プロダクトやサービスの質・価格などの競争力など)、現在所属している組織の構成や人材、組織分掌・業務体制及び業務システム、組織のもつカルチャーや価値観なども含まれます。組織構造や職務権限といったハードなもの、使うべきITシステムなどの仕組みや仕事の手順、職場の人間関係のようなソフトなものなど、様々なものが環境を構成します。
仕事で結果を出すには、自分一人の力だけでは続かなかったり、より高いレベルの結果にチャレンジしても手が届かなかったりすることもあります。そうした状況を打破するには、周囲の力を借用することを厭わず、使えるものは何でも使う姿勢も時には必要です。
要は、環境は自らの力で変えるのではなく、利用・活用するものと割り切って認識することが、ある程度の時間軸で結果を出すには肝要です。特に大企業や中堅企業など経営資源を有する組織に属しているのであれば、その資源を利活用しない手はありません。
一方、仕事で結果が思うように出ず、その原因がはっきりしない場合もあります。そうした際には、環境を変える必要があるかもしれません。環境を変える対象範囲は、担当している仕事、所属する部署、所属する組織(会社)と3段階で考えることができます。
担当している仕事を変えるには、結果に直結する領域で業務改善やジョブ・クラフティングを試みることになります。ただ、新たに何かを開発したり導入したりしようとするのには抵抗があって当然で、そのために予算や人員が必要というのでは話は容易には進みません。もちろん、業務改善やジョブ・クラフティングを組織的に展開しているのであれば、その動きに乗ることもありますが、あまり多くを期待することは避けたほうがよいでしょう
担当している仕事を変えることが容易でないなら、部署の異動や職種の転換というのが次に考えるべきテーマです。特に自己申告制度や社内公募制度及び定期的なジョブローテーションが行われている組織においては、部署異動や職種転換の機会を活用すべきです。
異動や転換を経てもなかなか結果が出ないというのであれば、最終的には、退職し他社(他の業界、他の職種)に転職するという手段があります。但し、退職・転職というのは一種の切り札であって、軽々に使うものではない点に注意が必要です。何の計画や見通しもなく退職して転職していくと、これまでの能力や経験をそのまま活かせることはないと覚悟しなければなりません。転職先という新たな環境と自分のもつ能力やこれまでの経験との掛け算が成立するには、事前に転職先の業界や職種などを調べて最低限必要な能力や知識は身につけておかなければならないことを前回も述べました。
最後にひとつ指摘しておきたいことがあります。それは、結果を出す方程式の3つの変数には一種の相互作用が起こりうるということです。
マインドセットのところで若干言及しましたが、マインドセットの変動を本人は気がつかない場合には、周囲の人たちが注意することが必要だと述べました。そして、周囲=環境という変数のひとつ=と本人との関係によって本人の気づきが変わる可能性があります。上司・部下や同僚などの環境とのフィードバック・ループがどのように働いているかも、無視できない要素であり、コミュニケーションのツール・内容・表現形態などがマインドセットに影響を与える要素となります。
例えば、周囲は仕事ができると判断して、より高いレベルの仕事をやってほしいと期待していても、本人にあまり自信がない場合に、上司やトレーナーが自分に自信を持てと言っても無理でしょう。まずは、実際に自分の能力でできたことを第三者(上司)が褒めることで、本人に結果が出ていることを自覚してもらうことから始める必要がありそうです。その際に、本人に結果が出る要因を振り返ってもらい、それぞれの要因について周囲が認めたり本人に気づくきっかけを作ったりすることが望まれます。そうしたことを繰り返していくうちに、いわゆる自己効力感が生まれるでしょう。
「環境」が変わることがマインドセットや「能力・知識」を変えて、新たな仕事の結果を生み出すこともあります。極端な例は、コロナ禍などのパンデミックや気候変動です。こうした誰も経験したことがないような状況に対応するには、緊急事態に対処するマインドセットが思いがけない人々から表出したり、状況の変化に応じて短いサイクルで情報や知見を集めて試用していく組織的な能力が編成されたりします。そこから、従来とは一線を画するような人材モデルが確立されたり、次のビジネスにつながる製品やサービスが生み出されたりします。
このように、マインドセット・「能力・知識」・「環境」という3つの変数は、独立して存在するのではなく、相互に影響しあって変化しながら掛け算で結果を生み出していくことに留意すべきです。
作成・編集:人事戦略チーム(2024年12月25日更新)