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初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(7)~昇給管理の場合~

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(7)~昇給管理の場合~

 

給与管理の考え方として、支給する金額(絶対額)を管理指標とする他に、昇給を管理指標とするものもあります。例えば、給与等級ごとに金額の上下限を定めず、給与等級や役職位などに応じて昇給だけで管理する方式です。昇給率を見るものもあれば、昇給額を指標とするものもあります。それらを混合する方法(注9)もあります。

これまで説明に用いてきたケースで言えば、今年は全員一律に5%の昇給を適用するといったものです。具体的には次のようになります。

 

Aさん(30万円)→315,000円(15,000円アップ)

Bさん(29万円)→304,500円(14,500円アップ)

Cさん(26万円)→273,000円(13,000円アップ)

Dさん(25万円)→262,500円(12,500円アップ)

 

ここに28万円のEさんが入社してくるのですが、入社時の給与額はその時の相場(労働市場の情勢)によるので、実在者との間で金額の逆転現象が起きても仕方がないというのが、昇給管理です。それに対して、おかしいとか納得がいかないというのは、昇給管理を是とするならば、社内衡平性の意味を取り違えているのかもしれません。

社内衡平性というのは、何らかの指標で社員を並べたときに、ある指標と別の指標との間に論理的な整合性があり同時に相関性があるはずなのに、その相関性が失われている状態をいいます。

例えば、完全な年齢給しかない会社では、社員を年齢順に並べた順番と給与を高い順に並べた順番が一致していなければなりません。年齢が若い人が高い給与をとるのは、この会社にとっては社内衡平性が喪失しているのです。

もし職務給体系を採っているのであれば、職務等級が高いほど給与が高く、職務等級が低いほど給与が低い、という相関が見られるはずです。このような相関がある状態を社内衡平性と呼ぶのです。

昇給管理というのは、このような給与額の順番を指標とするのではなく、昇給の順番を指標とするものですから、全員一律に5%ということは評価に差がないのであれば社内衡平性は保たれているのです。また、入社したばかりのEさんには今年の昇給は適用されませんから、昨年度働いた人に昇給で報いるという点においても適切な運用と言い得ます。

Eさんは新卒採用ですが、中途採用についても同様です。採用時の給与がいくらであっても、その採用時の給与に対して翌年度以降の昇給が累積されていくのが昇給管理です。

ここで、新たにFさんという人がこの職場にいたとしましょう。Fさんは25年前に新卒で入社しました。その時の採用時の基本給が月額20万円だったとします。この25年間、毎年1%の昇給がFさんに適用され続けたてきたとすると、今年の昇給後の金額は256,486円です。新卒採用相場が上昇した今年のEさんどころか、5%昇給のDさんよりも低い金額です。もちろん、昇給率に差があるということは、仕事の内容や業績評価の結果などが異なるはずなので仕方がない面はあるにしても、勤続25年の社員と1年や0年の社員の間で給与の逆転現象が起きるのは、十分に問題視されそうです。

もし、Fさんが5年前に管理職に昇進して、その際に10%の昇給があり、その後は管理職だから毎年3%の昇給が行われたとすると、今年の昇給後の金額は308,116円となります。これは管理職ではないAさんの金額を下回ってしまいます。これもまた、問題視されるべきものです。

こうした現象が生じるのは、昇給管理のもつ原理的な欠陥です。いくら昇給を給与管理の指標にするとは言え、さすがに管理職と非管理職で給与額の逆転が発生するようでは、組織が維持できない虞が大です。そこで、管理職手当を5万円以上(金額は職位によって異なる)別途支給するとか、賞与の支給月数で管理職を優遇する(注10)といった措置を取ることが要請されます。

もしFさんが給与について不満をもつならば他社に転職すればよい、と思われる方も多いでしょう。そうした転職者が多く発生した結果、会社が給与管理のありかたを再考するケースもあるかもしれません。

しかし転職には至らず、単に給与や会社に不満をもつだけの社員を増やすかもしれません。そして、給与や昇進への不満の捌け口として、管理職やベテラン社員が部下や若手社員にハラスメントを行っているのかもしれません。こうした情況に至っているほうが、企業経営上より重大な問題と言えるのではないでしょうか。

昇給管理のもつ原理的な欠陥は、給与など労働条件における市場競争力が金額の大小で判断される問題であるのに対して、社内基準が金額の大小ではなく給与の変動幅(昇給)の大小で判断している点にあります。昇給管理を仕組みとして維持している限り、社内における給与額の逆転現象は不可避です。根本的な解決策は、昇給管理から脱して絶対額管理に転換することにほかなりません。

昇給管理を採用している場合、初任給の引き上げに伴う給与額の調整は論理的には不要です。しかし、昇給管理自体のもつ制度的欠陥が給与制度全体の抜本的な見直しを要求する契機となります。

 

(8)に続く

 

【注9

全員一律に基本給を3%昇給(ベースアップ)させると同時に、評価結果に応じて10,0000円(2,000円刻み)の評価昇給を行うというやりかたもあれば、ベースアップは一律5,000円とし、評価結果に応じて基本給を50%(1%刻み)個別に昇給させるという方法もあります。

 

【注10

非管理職が労働組合に加入している場合、賞与の支給月数も労使交渉で妥結する必要がありますが、管理職は一般に非組合員であるため、労使交渉は必要ではありません。非管理職については基本給の年間6か月分を賞与として支給するのであれば、その月数に3か月を加算して9か月分を管理職には支給するといった内規をもって管理職を年収ベースで優遇することは可能です。この場合、会社の業績が不振になれば、管理職の優遇分から削減して人件費をカットすることに着手することが予想されます。

 

 

作成・編集 人事戦略チーム(202467日)