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初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(3)~基準となる給与がある場合~

初任給引き上げに伴う賃金の調整方法(3)~基準となる給与がある場合~

 

 次に、基準となる給与が明確に決められている場合を採り上げます。この場合、基準そのものが何かということがまず問われるべきポイントですが、ここでは表1に示すように、代表的な職位に対して基準となる基本給与が月額で決められているものとして、初任給引き上げに対する調整方法を解説します。

 

表1・基本給体系(改定前)

     

職位

昇進期限

実在者

基準給与

年次昇給

EO

原則36年まで

 

1,000,000

なし

MD

原則48年まで

 

800,000

なし

D

原則510年まで

 

600,000

なし

SM

最短2年最長5年

 

500,000

10,000

M

最短1年最長3年

 

450,000

10,000

SS

最短1年最長3年

 

320,000

7,500

S

最短1年最長3年

Aさん、Bさん

280,000

5,000

A

最短1年最長3年

Cさん

255,000

2,500

E

最短6か月最長1年

Dさん

250,000

なし

 

このケースでは、職位は大きく3段階に分かれるものとします。執行役員レベルのEO(エグゼクティブ・オフィサー)とMD(マネージング・ディレクター)、管理職レベルのD(ディレクター)・SM(シニア・マネージャー)・M(マネージャー)、担当レベルのSS(シニア・スタッフ)・S(スタッフ)・A(アソシエイト)・E(エントリー)です。

それぞれの昇進期限が定められており、最長年限に至っても昇進に至らない場合は、社内の他の職種に移るか他社にキャリアを求めるかを選択することになります。上級管理職や執行役員は任期制で、任期中に昇進することもあれば、任期満了で退任ということもあります。

1回で紹介したように、既にいる社員4名は次の通りです。

 

Aさん(30万円):29歳(四大卒・新卒入社8年目)

将来の経営幹部を期待しており数年後の管理職候補である

Bさん(29万円):27歳(四大卒・社会人6年目)

一昨年同業他社より中途採用した際には自社の水準よりも高めの賃金をオファーしたつもり

Cさん(26万円):25歳(四大卒・新卒入社4年目)

仕事は一人前以上にできるので新卒の指導をそろそろ任せたい

Dさん(25万円):23歳(四大卒・新卒入社2年目)

昨年の新卒社員で仕事をひととおり覚えたところ

 

これらの実在者のうち、Dさんは職位Eから職位A(アソシエイト)に昇進となるので、賃金額に改定がなければ職位Aの基準額である255,000円となります。Cさんは職位Aとして問題ない評価ですが、職位S(スタッフ)に昇進させるまでの成果(例えば「新卒入社した社員を指導して定着させる」など)は見られないので昇進は見送り、年次昇給は対象とするので265,000円(基準給与+年次昇給2回分)となります。Bさんは満1年を経ての評価なので、職位S(スタッフ)の年次昇給1回分を加算して295,000円、Aさんは職位S(スタッフ)から職位SS(シニア・スタッフ)に昇進が認められたのでSSの基準給与320,000円となります。ここまでは、賃金制度の改定がなかったとした場合の個人ごとの昇進や昇給の扱いとなります。

そこで初任給を引き上げたことにリンクして賃金制度の改定を行うと、特に担当レベルの賃金を初任給に連動して大幅に引き上げる必要が出てきます。その結果、次のように基準給与や年次昇給額を改定したものとします。

 

2・基本給体系(改定後)

         

職位

昇進期限

実在者

基準給与

基準給与の改定

年次昇給

年次昇給の改定

EO

原則36年まで

 

1,000,000

1,000,000

なし

 

MD

原則48年まで

 

800,000

810,000

なし

 

D

原則510年まで

 

600,000

620,000

なし

 

SM

最短2年最長5年

 

500,000

530,000

10,000

12,000

M

最短1年最長3年

 

450,000

480,000

10,000

12,000

SS

最短1年最長3年

Aさん

320,000

350,000

7,500

9,000

S

最短1年最長3年

Bさん

280,000

315,000

5,000

6,000

A

最短1年最長3年

Cさん、Dさん

255,000

290,000

2,500

3,000

E

最短6か月最長1年

Eさん

250,000

280,000

なし

なし

 

新入社員として入社したばかりのEさんの初任給は、この表の基準給与の通り280,000円です。先輩社員4名もこの表を適用するのですが、その結果は次のように昇給幅が大きく変化します。

 

Aさん:350,000円(職位SSの基準給与額)

昇進による昇給も含めて前年より50,000円アップ

Bさん:321,000円(職位Sの基準給与額+年次昇給額1回分)

前年より31,000円アップ

Cさん:296,000円(職位Aの基準給与額+年次昇給額2回分)

前年より36,000円アップ

Dさん:290,000円(職位Aの基準給与額)

昇進による昇給も含めて前年より40,000円アップ

Eさん:280,000円(職位Eの基準給与額=引き上げ後の初任給)

 

AさんとDさんは今回昇進したので、それぞれの昇進後の職位における改定後の基準給与額が適用されます。BさんとCさんは、現在の職位での年次評価の回数に応じて年次昇給額が決定される点はこれまでの賃金制度と同じですが、各々の職位における基準給与額と年次昇給額が増えたために、昇給額が大きくなっています。

ここで昇給額に注目し過ぎると、Bさんの昇給額が他の3名に比べて低いように思われるかもしれません。Bさんのように中途採用時に賃金が既にいる社員よりも高めだった場合は、組織内部でのバランス(衡平性)の力学が働いいているために昇給が抑制的になった、と賃金政策上は捉えることができます。

この賃金制度のような仕組みでは、同じ職位での昇給の問題よりも、昇進できるかどうかのほうが賃金額や昇給額を大きく影響します。その点を強調して言えば、Bさんは毎年の昇給よりも、昇進できるかどうか、昇進するにはどのような成果が求められるのか、ということにフォーカスしてキャリアを考えるべきだというメッセージが賃金制度から伝えられているのです。

実際、こうした賃金制度を構築し運用しようとすれば、賃金以外の要素の方が人事政策上は重要です。雇用慣行でいえば、昇進までの最長年数が定められているように、一定の年限内に昇進できなければ他のキャリアに転換することが要請されます。

つまり、アップ・オア・アウトのポリシーを徹底するのです。具体的に言えば、最短昇進年数と最長昇進年数の平均値の逆数(注4)に匹敵する割合で、当該職位の社員について、昇進・異動・退職などによる人員の入れ替えが起きることが予定されています。例えば、定常的に早期退職優遇制度を実施するとか、自己都合による退職時の退職金の減額を行わずに退職金を満額支給することで、社員の流動化を促す(少なくとも流動化を妨げない)処遇ルールが必要となります。

そして、職位全体を通してみた組織全体の人員構成が正規分布に近くなるように人員の流動化を円滑に進めることが不可欠です。マネージャーまでの昇進は、業績評価だけでなく業務遂行上必要なスキルや顧客満足を高めたり組織運営を効率的に行ったりするのに求められるコンピテンシーなどを多面的に評価するので、厳格な定数管理ではないとしても、上級管理職位以上の上位者は実質的に定員制であることが多いでしょう。だからこそ、このケースのような大幅な昇給、即ち、人件費の急増を実施しても、組織としては成り立ちます。

そうした組織では、事業分野やサービス領域で収益力が低いものや成長性に限界が見られるものは、スピンオフして独立したりするか、少なくとも担当役員レベルの退職で人件費を作り出すことが不可避です。このような事象は、現にファーム型の組織(監査法人やコンサルティング会社など)やIT業界で当たり前に見られるものです。今後は、他の業界でもある程度は一般的に見られるようになるかもしれません。

 

(4)に続く

 

【注4

例えば、SSでいえば1年と3年の和の2分の12なので、平均の昇進年数は2年となります。その逆数は2分の1となりますから、毎年半数程度の入れ替え(昇進、異動、退職)が起きることが予定されています。

 

作成・編集 人事戦略チーム(2024518日)