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中小企業における人への投資(1)~現状と課題~

中小企業における人への投資(1)~現状と課題~

 

 人的資本経営(注1)やリスキリングといった言葉が人口に膾炙するようになって数年が立ちました。大企業は元より中堅クラスの企業でも、VUCAの時代にあった人材ポートフォリオの組み替えを志向したり、業績は悪くなく黒字であっても早期退職や希望退職を募ったり(注2)して、人への投資を行いながら事業構造の転換やコストダウンを実現しようとしています。ただ、人的資本経営を志向するといっても、取締役会や管理職の女性比率や外国人比率を多少なりとも高める段階に留まっているものもあれば、情報開示などのテクニカルな面での対応に腐心しているケースも見られます。

一方、中小企業においては「人への投資」の前に、そもそも人手が足りないとか経営を担う後継者がいないといった人的経営課題への対応に窮しているのが現実です。帝国データバンクの調査(注3)によると、次のように人手不足倒産や後継者不在による倒産が多く見られます。

 

人手不足を理由に事業継続を断念するケースが、本格的に増加している。2023年の人手不足倒産は累計で260件となり、年間ベースで過去最多を更新した。…(中略)…人手不足のさらなる深刻化が懸念されている建設/物流業の件数は、全体の半数を占める高水準となった。…(中略)…足元では企業の人手不足感が高まり続けている現状を踏まえると、今後も人手不足倒産は高水準で推移する可能性がある。(「人手不足倒産の動向調査(2023年)」より引用)

 

後継者不在のため事業継続の見込みが立たず倒産した「後継者難倒産」は、202311月に46 件発生した。1-11月の累計件数は509件となり、12月を残して年間の最多件数を更新、初の500 件超えとなった。…(中略)…代表者の高齢化が進むにつれ、病気や死亡により事業継続がままならなくなるほか、「後継者育成」が頓挫し、承継完了が間に合わずに事業継続を断念するリスクは高まってきている。後継者が不在のなか、十分に業績が改善しないままゼロゼロ融資の返済や各種コスト負担などに追われる企業を中心に、後継者難倒産は今後も増加する可能性が高い。(「全国企業倒産集計11月度 別紙号外レポート:後継者難倒産」より引用)

 

また、東京商工リサーチの調査(注4)によれば代表者の年齢階層別にみると、休廃業した企業のうち70代が42.9%と最も多く、80代以上が23.6%、60代が20.3%と続きており、60代以上が9割近くを占めていることがわかります。中小企業では倒産する前に、休廃業という形で事業の継続をあきらめていることが十分に窺えます。

こうした現状にある中小企業の認識について、独立行政法人 労働政策研究・研修機構の「人への投資と企業戦略に関するパネル調査(第1回)」(注5)では、人材マネジメント全般及び人材育成・教育訓練について次のような課題があると認識されているようです。

 

(1) 人材マネジメント

雇用管理・人材マネジメントの取組については、中小企業では、「長時間労働の防止」「安全衛生対策の強化」に比較的多く取り組んでいるが、大企業では、これらに加え「ハラスメント対策」「仕事と育児・介護・治療等との両立支援」「定期的な面談とフィードバック」 などにも多く取り組む。人材育成の取組については、大企業に比べて中小企業の取組が、また、正社員に比べて非正社員に対する取組が、相対的に進んでいない。

働き方や人材育成に関する具体的な制度についても、大企業に比べて中小企業での導入が進んでいないが、近年になって中小企業でも導入が広がる制度もある。

(2) 人材育成・教育訓練

研修予算を投入しているスキル・知識については、中小企業では「業務知識」が目立つ一方、大企業では、それ以上に「対人スキル」も重視。

研修の受講者の割合や受講日数については、中小企業ではそもそも研修を実施していない割合が高く、大企業では、受講者割合で020%未満、受講日数で12日未満が最多。

現金給与総額に対する能力開発費の割合は、中小企業、大企業ともに、無回答が多いことに留意が必要であるが、最多回答である「0」を除くと「0.5超~1%」が比較的多い。

「人への投資と企業戦略に関するパネル調査(第1回)」報告書1ページより引用)

 

こうした現状や課題認識を踏まえて、今回のコラムでは特に中小企業にとって人への投資とはどのような意味を持つものなのか検討し、期待される効果や投資の具体的な方法などについて考えていきます。

 

(2)に続く

 

【注1

人的資本経営については、2年前に経済産業省の検討会から報告書が提出されました。その概要については当コラムでもご紹介しています。

「人材版伊藤レポート2.0」を読んで(1) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

 

【注2

早期退職や希望退職の現状については以下のサイトを参照してください。

2023年の「早期・希望退職者募集」は41 人手不足のなか3年ぶり増加、黒字企業が半数を超える | TSRデータインサイト | 東京商工リサーチ (tsr-net.co.jp)

 

【注3

人手不足による倒産の動向調査(20241月発表)については、以下のサイトを参照してください。

p240106.pdf (tdb.co.jp)

後継者難による倒産の動向調査(202312月発表)については、以下のサイトを参照してください。

p231205.pdf (tdb.co.jp)

 

【注4

詳しくは以下のサイトを参照してください

2023年の「休廃業・解散」過去最多の4.97万件、赤字率は過去最悪、倒産増で「退出企業」も過去最多 | TSRデータインサイト | 東京商工リサーチ (tsr-net.co.jp)

 

【注5

独立行政法人 労働政策研究・研修機構「人への投資と企業戦略に関するパネル調査(第1回)」の報告書は以下のサイトを参照してください。

0232.pdf (jil.go.jp)

 

作成・編集 人事戦略チーム(202431日)