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転職者を実際に戦力化するには(4)

転職者を実際に戦力化するには(4)

 

人的資産というのは「資産を生み出す人」であり「その人の関与なしには生み出されることがない資産を創出する人」のことです。ここでいう資産とは、固定資産そのものではなく固定資産に何らかの価値を付加するとか、無形資産として生み出されたものです。

こうした人的資産、即ち人財(資産価値のある人)というのは、例えば、技術をビジネスにできる人、専門分野(IT、財務、テクノロジー、リスクマネジメントなど)の知見とその組織の持つ資産(主に目に見えない資産)を生み出してビジネスにつなげる人などをいいます。プロ〇〇と呼ばれるケースもありますし、一般的には裁量労働制の対象となる職種で業界トップクラスの実績を挙げているような人でしょう。研究開発や事業開発などを専門のチームに委託するのも、ここで言う人的資産の戦力化を目的としていることが多いのではないでしょうか。

一流のプロスポーツ選手ではよく見られるチーム〇〇(ビジネス上の代理人、顧問弁護士や会計士・税理士、管理栄養士、料理人、庶務担当のマネージャー、トレーナーなどから構成されるもの)というのも、人財であるプロスポーツ選手を機能させるための人的資産そのものと見做すことができます。

 

人的資産が足りていない状況で、それを埋めるために資産価値のある人を転職者として受け入れるには、人財を個人として採用する場合もありますが、必ずしも転職とは限らず、外部の専門組織との連携で調達することも可能です。また、個人ではなくチームとして組織に招き入れることもあれば、そのチームと組織が業務提携の形で仕事を進めることもあります。

実際の契約形態は、委任契約(執行役員など)、業務委託契約(インディペンデント・コントラクター、常勤顧問、嘱託など)、業務提携(個人会社または法人化されたチームと自社との間で)などがあります。通常の雇用契約もあるとは思いますが、裁量労働とか管理職扱いというケースが大半を占めるでしょう。

従って、人的資産である個人またはチームを転職で受け入れるには、入社前に契約内容を詰めることが大事です。何を成果として期待するのか、そのために組織として必要な準備や満たすべき条件は何か、それらをどのようにどちらが用意するかといった事項をできるだけ細部まで詰めておくことが必要です。

そして、忘れてはならない成果として「次につながる資産の創出」があります。これは人的資産であることもあれば、特許やブランドなどの無形資産であることもあります。もちろん、新規事業を軌道に乗せるという形で、次につなげることもあるでしょう。

こうした詰めの作業を怠ってしまい、入社後に求める成果や仕事の進め方などを巡って受け入れる組織と転職者の間で齟齬が生じるのでは、結果が出る・出ないとは別の次元で、その転職は失敗と判断せざるを得ません。

 

 個人にせよチームにせよ、人的資産である人財を戦力として活用するには、第一に何をするかという仕事そのものの魅力が不可欠です。

仕事をするのに付随する条件(報酬の金額や支払形態、場所や時間、手段、成果物の権利、その他仕事に関連する付帯条件など)について事前にきめ細かく定めておく必要はありますが、それらは本質的な事項ではありません。付随する条件面がいかに満たされたものであっても、肝心の仕事が人財として求める人にとって魅力に欠けるものであれば、自社との仕事を引き受ける可能性はないでしょう。

 これは、プロスポーツ選手を考えてみれば当然のことと納得できるはずです。より高いレベルの場で活躍したいと思うから、野球で言えば学生野球やNPBからMLBへ、サッカーであれば子供のころから海外のスクールに参加したりJリーグから海外チームのオファーを受けたり、バスケットボールでも国内リーグからNBAへと移籍があったりするのは、報酬額の違いも大きいとは思いますが、それ以上に活躍の場を世界のトップレベルに求めたいという欲求の表れと思われます。

 この場合、仕事のやり方とか成果の出し方は本人が一番よく熟知しているはずですから、具体的なものは本人(とそのチーム)に任せます。それではサボったりしてしっかりとした練習ができないのではないかと危惧するようでは、人財は活用できません。自律性や自己管理能力が一定レベル以上にあるから、プロとして相応の成果を出してきたし、そうであるからこそ転職者として受け入れて活躍してほしいのです。本人からアドバイスやサポートを求められれば行う用意はあっても、無理に自社のやりかたに合わせるように求めるべきではありません。

転職者を受け入れる組織にとって、転職者を人的資源として活用するには、人財であるはずの本人が動きやすいように物理的にも組織的にも環境を整備しておくことが要請されます。その際に、既成のルールやこれまでの前例で縛るのではなく、個別の必要性や好みに応じたプログラムややりかたを組織が容認できるかどうかが問われます。

特に、居住の地域や施設を選ぶ自由、勤務体制や通勤手段などの選択の自由、執務環境や用いる機材を柔軟に変更する自由などが重要です。また、個人で契約したとしても、事後的にチームに相当するものを形成する自由を与えることも必要です。執行役員として受け入れた個人の転職者(人財)に対して、秘書的な仕事を処理する社員をつけたり、移動や宿泊で一般の執行役員ではない特例を認めたりして、仕事をして結果を出すのに必要な条件を満たすことが必須なのです。

 

 人的資産である人財を戦力として活用するには、第ニに人財を引き付けておくことが可能な程度にまでチャレンジングな仕事やその人が興味を示すような(わくわくするよう)仕事を提示し続けることが求められます。

 単なる業務委託や外注として単発の仕事を依頼するのでは人財を転職者として受け入れる必要はありません。そういう場合は、あくまでも外注とか業務委託者として特定の仕事を依頼すればよいのです。

 人財にはキャリアの中断やチェンジはあっても、一般的な意味でのキャリアアップという概念はありません。あくまでも仕事そのものの魅力や挑戦がキャリアを継続するのに最も重視されるのであって、時にはいかに多額の報酬をオファーされても、自分にとってつまらない仕事とか意味のない仕事であれば断るはずです。

そこで、組織としての事業戦略と人財が求める仕事とのアラインメントをどのように保つことができるかは、決定的に重要なものとなります。

入社当時の仕事がチャレンジングなものであれば、転職後13年程度はキャリアを維持することはできるでしょう。しかし、そのまま同じような仕事やプロジェクトを任されたままでは、飽きが来たりキャリアに行き詰まったりして次に挑戦すべき仕事や目標を探すことが課題となってしまいます。

そうなる前に、組織として次にチャレンジするテーマを提示できれば理想的ですが、一方で組織には事業戦略やビジネスプランがあります。株式公開会社であれば、株主や市場との約束事も無視できません。組織として達成しなければならない業績目標に、人財である転職者の挑戦したい仕事がうまくかみ合うようにすることこそ、組織のCEOの仕事かもしれません。もし不可能であれば、人的資源をリリースして資金化し、別の投資先を探索することが求められます。それが別の人的資源ということもあるでしょう。

 

人的資産である人財を戦力として活用するには、第三に人的資産には資産価値に見合う報酬を実現し、資産価値増大分の分配を長期的に分割して支給されるインセンティブとして支払うことが要請されます。

通常、報酬は転職時に市場価値(報酬相場)に見合う金額が設定されるはずです。資産増大分の分配は、ストックオプションなどの株式連動型の報酬プランであったり、二つの法人の間でのロイヤリティやパテント収入などの支払い契約などであったりするでしょう。

個人の場合は、短期間であっても相当な退職金を支払う契約に価値増大分を上乗せするとか、受け入れた組織の株式を将来購入する権利の価額を転職時点に固定することで値上がり益を資産増大分と見做すといった、ストックオプションを付与するといった方法をとることが要請されます。現物株を毎年累積的に優待価格で購入するといったプランでもよいでしょう。

会社設立型の場合は、どのように株式を持ち合うか、まったく持ち合わないのかを決めるところから組織と転職者との交渉がスタートします。制限株式の活用なども念頭に置いて、相互に会社としての意思決定にどこまで関与するのか、上がった利益や生じた損失をどのように配分・負担していくのかなど、広義の報酬スキームの細部を詰めていきます。株式の相互保有がある場合は、リリースの際に相互に買い取る特約条項を付けておくも不可欠です。

なお、人的資産である人財を戦力として活用するのにチーム単位での転職が行われるときは、企業の買収・合併におけるデューデリジェンスやPMI(注1)の取り組みが要請されるケースもあります。

一般的な意味でのPMIほど本格的なものまで求められることは想定する必要はないとは言え、受け入れる組織と転職者が率いるチーム(会社)とは、組織やビジネスの規模も人もカルチャーも仕事の進め方も業務システムも設備も全てが異なります。従って、受け入れる組織にとって、受け入れる目的や狙いを明確にして、それらに沿った成果目標を選び、その目標の達成状況を把握していくことが不可避です。

転職するチームも同様に、敢えて一つの組織体に統合する目的や狙いを踏まえて、それらにどのように貢献できたかどうかを測定し評価していくことを忘れてはなりません。チームを法人化していない場合であっても、その結果に基づいてチームのメンバーに長期的なインセンティブとして支払うことになりますから、PMIを通じて報酬面も統合することを周知しておきます。

 

(5)に続く

 

【注1

PMIM&A後の統合プロセス)については、例えば以下のサイトにある解説記事を参照してください。

PMIとは?意味や重要性、そしてPMIの進め方をわかりやすく徹底解説! | HR大学 (hrbrain.jp)

PMIとは|M&Aとの関係、成功に導くプロセス内容についてわかりやすく解説! (ncbank.co.jp)

M&A後のPMIが重要な理由とは?概要を解説|M&Aを学ぶ|日本M&Aセンター (nihon-ma.co.jp)

 

作成・編集:人事戦略チーム(2023125日更新)