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キャンセルカルチャー時代のマネジメント(8)

キャンセルカルチャー時代のマネジメント(8

 

2回はビッグモーターとジャニーズ事務所の事例について、組織がキャンセルカルチャーに直面した際に取り組むべき課題を取り扱うことの難しさを述べてきました。そのなかで特に目立って課題となるものとして、まず始めの3点が挙げられます。

 

  問題となる事象が顕在化した時点で被害を拡大させないこと

  声を上げにくい被害者について長期的かつ広範に特定すること

  個々の被害者についての被害の態様や程度をスピーディーに確定させること

 

被害の声を上げ始めた人こそ、炭鉱のカナリアとしてその存在を注視すべきものです。声を上げることは組織におけるカルチャー危機のセンサーが発動したものと解するべきでしょう。訴えた被害の内容がいかに信じがたいものであったとしても、早急に事実関係を調べることに着手し、事実が確認されれば、即座に必要な法的措置を執り処分を下すことが求められます。

ここで注意したいのは、キャンセルカルチャーで問題となっている事象とはいえ、その被害者は多くの場合、刑事事件の被害者であり、問題となる事象は刑事事件そのものである点です。そもそもの話として、刑事事件の処理は警察・検察などの法執行機関に仕事であり、キャンセルカルチャーの課題ではありません。キャンセルカルチャーで問題とすべきは、本来は刑事事件であるはずの事象が見過ごされてきた組織のありかたなのです。

ビッグモーターのケースで言えば、所有者の目が届かないところで車の一部を損壊したり、損害保険会社に不正請求をして保険金を詐取したり、それらの結果として所有者の保険等級を下げることに至ったりしていることは、刑事事件にほかなりません。それらを組織的に黙認したり、不正を行って挙げた数字に基づいて業績給を支払ったり昇進させたりしてきた組織管理のありかたが、キャンセルされなければならないカルチャー、すなわち価値基準なのです。

ジャニーズ事務所の例では、創業経営者の性加害を誰も止めないどころか、そのことを社外から指摘しようものなら加害者に近い者による恫喝やスラップ訴訟(注5)などの手段で口止めを図ったり、敢えて報道しない者たちを業務上及び私的に優遇することで逆らわないほうが得だと実感させたりすることで、加害実態に踏み込ませない業務運営を行っていたことこそ、キャンセルされるべきカルチャーなのです。

組織のトップや経営幹部が刑事事件を引き起こしていたり、組織運営の中で刑事事件が継続的に発生していたりする場合、できるだけ早期に刑事事件を告訴・告発してその解決に協力するのが真っ当なカルチャーです。それができないのであれば、キャンセルすべきカルチャーがその組織にあるのです。

 なお、近年、女性や子供はもとより、成人男性も性被害に遭遇する可能性があることが明確になってきています。例えば、アバクロンビー・アンド・フィッチの元CEOマイク・ジェフリーズが行ったとされる性的人身売買(被害者は成人男性)について、会社がその資金源となったことなどにより被害者が会社を提訴しています。

また、カトリック教会(ローマ教皇庁)のおける司祭などによる性的暴行事件(被害者は男女年齢を問わず多岐にわたる)については、オーストラリアやUSAで告発が始まり、フランスで被害者への補償が行われたりスペインで被害に関する公式の報告書が提出されたりしています。被害者の数は十万単位と推定されていますが、被害者として認定されたのは、そのうちの数%程度に過ぎないのではないかと思われます。

キャンセルカルチャーで問題となっている事象を生じさせてきたこれらの組織に共通しているのは、無誤謬を前提とする組織ということかもしれません。神の地上における代理人である教会、その代表である司祭はもとより、優れた経営者や影響力の大きい指導者もまた誤りを認めることができない無誤謬性の罠に陥りがちです。当人も周囲の取り巻き連中も間違いを認めることができずに、問題を巨大化・長期化させてしまいます。

こうしたケースでは、被害があったとはいえ、被害者を全て特定することは困難です。被害者の救済が必要なことは言うまでもないことですが、事実上は実現不可能でしょう。仮に、被害が明るみに出て、被害者の一部であっても被害の程度が特定されたとしても、キャンセルカルチャーで問題となっている事象に取り組むには、その解決へのプロセスが容易に進まないことも次の課題から明らかです。

 

  被害者への謝罪と適切な救済策の策定

(特に金銭的な補償、金銭以外での救済プログラム、実行までの時間をむやみに長期化させないこと)

  直接の加害者について責任を追及すること

  直接の加害者を止めることができなかった組織や社会について責任を負うこと(特に利得者の扱いについて)

 

どういうわけか、他人が金銭を得ることに対して不平不満を持ち我慢がならない人々というものが存在するようです。とにかく金銭をせしめたいと思わずにはいられない人々すら存在するのも事実です。これが二次的・三次的な被害をもたらす要因の一つかもしれません。

 故に、被害者への謝罪と適切な救済策の策定はスピードをもって行うことが必要ですし、特に金銭的な補償については、実行までの時間をむやみに長期化させないことが望まれます。できれば、損害賠償請求の裁判に長い時間をかけることは避けるべきです。それでも具体的な補償額が明らかになれば、周囲の人間どころか無関係な人々が騒ぎ出すのは目に見えています。

 一方、被害者への物理的精神的なケアやカウンセリングなどの金銭以外での救済プログラムの実施も、加害者側の負担で行い続ける必要があります。金銭の支給とは異なり、こちらは一度や二度の実施で終わるものではなく、一生涯続けなければならないかもしれないものです。そこまできっちりと対応しているケースはないかもしれませんが。

また、直接の加害者について責任を追及すると言っても、これが至難の業であることは実例が示しています。ビッグモーターは加害行為を実行した人々を追及するそぶりも見られませんし、加害者が既に故人となっているジャニーズ事務所は追及しようがありません。

そして、両社ともに利得者については野放し状態です。法的どころか道義的にもコンプライアンス上もガバナンス上も、当事者(加害者の属する組織)及び関係する様々な組織において利得者の責任を追及する動きは特に見られません。

 

キャンセルカルチャーで問題となっている事象に対処するには、その元となった問題を生じさせた当事者(加害者及びその属している組織)だけでなく、利得者への責任追及や利得者を生まない組織のありかたなど、最終的には社会全体でキャンセルカルチャーを課題として認識する必要があります。

特に、無誤謬性という誤った規範を前提とする組織は全て危ういと覚悟しなければなりません。現に自衛隊を含む軍隊や警察については、各国で不祥事が続いており、解決策は見えません。学校や病院なども無誤謬であることが求められるため、不祥事を隠蔽する方向に流れやすいでしょう。

目に見える問題として、セクハラやパワハラ、労働契約や法規制を無視した労働実態、メンタルヘルスの不調を理由とする休職者の増加、自殺者の発生などが現に生じているならば、その組織のカルチャーから見直して現存のカルチャーを一掃(=キャンセル)することが早急に要請されます。こうした観点から言えば、今後キャンセルカルチャーが起こりうる組織として、宝塚歌劇団や関西万博関連事業者などを例示してもいいでしょう。

 組織としてキャンセルカルチャーを意識し、キャンセルカルチャーの発動を未然に防ぐために、今回のコラムの最後に第5回で述べたキャンセルカルチャーに耐えうる組織のありかたについて、以下に再掲します。

 

 キャンセルカルチャーに耐えうるマネジメントのありかたを考える上で、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・アンド・インクルージョン、注1)の視点は欠かせません。というのも、ダイバーシティ(多様な価値観を認めるカルチャー)に反する同質的な人員構成とモノカルチャーの企業文化(典型的にはトップダウンの強い同族会社)であったり、エクイティに反してえこひいきというべき不公平な処遇が行われていたり、インクルージョンとは反対に仲間外れが行われたり疎外感や孤独感をもったまま仕事をする社員が少なくなかったりするような組織で、キャンセルカルチャーで起こる「昨日まで大丈夫だったことが今日はダメになる」事象が発生すると十分に予想されるからです。

一方、逆転人事が当たり前のこととして社員に広く受け入れられていたり、(アルムナイとして公式化されているかどうかを問わず)辞めた人とも自由に交流していたり、一度退職した社員が再度入社してくる「出戻り人事」がよくあったりする組織では、一般にDE&Iを形成するカルチャーが醸成されやすいでしょう。特に、育児や介護を理由に休職(3年程度など)したり一度は退職したりすることがあっても、数年後に戻ってきて活躍するのが当然という状況にある組織では、そうした傾向にあると思われます。

そして、DE&IからDEI&B(ビロンギング)へと組織文化の見直しが進むにつれて、心理的安全性やメンバーとしての認知=所属(ビロンギング)の欲求=が満たされるかどうかが問われるようになってきています。特に、「これはおかしい」と声を上げることがどこまでできるか、そして声を上げた人を一人で放り出さず、経営陣以下関連する社員が広く「これはおかしい」と指摘された事象に取り組むかどうかが問われることになります。

 

 ここに引用したような組織のありかたを実現できることで初めて、キャンセルカルチャーに見舞われても適切に対応できるマネジメントとなる可能性が高まります。

 

【注5

「スラップ訴訟」という言葉については、以下の解説を参照してください。

スラップ訴訟とは?意味や判例の定義と問題点3つをわかりやすく解説|リーガレット (legalet.net)

 

  作成・編集:経営支援チーム(2023116日)