· 

キャンセルカルチャー時代のマネジメント(7)

キャンセルカルチャー時代のマネジメント(7

 

次にキャンセルカルチャーに直面した組織が取り組むべき課題について、今年起きている実例としてジャニーズ事務所のケースを考えます。なお、ジャニーズ事務所という名称は、既に旧社名となり法的には存在しない組織となっていますが、ここでは過去に存在したことが確かであり創業者の過去の言動が問題となっているために旧社名を使って論じます。

 

  問題となる事象が顕在化した時点で被害を拡大させないこと

 

問題が顕在化した時点を特定するのは難しいかもしれません。しかし、遅くとも1999年にジャニーズ事務所が週刊文春を名誉棄損で訴え、最終的に最高裁判所で2004年に敗訴が確定していますから、この頃までに顕在化したことは間違いありません。

その以前にも、ジャニーズ事務所に所属していたタレントなどが告白本の刊行やメディア取材などを通じて、性被害を訴えるケースはありましたが、ほとんどが黙殺でした。

こうした経緯を鑑みるに、加害者本人の問題は言うまでもなく、加害者を取り巻いて経済的な利得を得ていた大人たち、即ち、当時のジャニーズ事務所の役員や従業員(特に加害者と被害者に直接の接点をもつマネージャーや広報など)及びジャニーズ事務所と関係をもっていたメディアに関連する諸企業のジャニーズ担当の役職者などは、被害を拡大させた責任の一端を免れるとは思えません。

結局、2019年に加害者が亡くなるまで、被害が拡大し続けた可能性があるだけでなく、今年になってBBCが番組として取り上げるまで被害者の存在を認めず、その救済に全く手がついていなかったということは、今でも被害が継続し、二次的三次的に拡大していると言わざるを得ません。

結論として、被害の拡大を防ぐという点で、ジャニーズ事務所及びメディアなどの関連する諸組織は全く機能していなかったことになります。

 

  声を上げにくい被害者について長期的かつ広範に特定すること

 

 被害者の会があるからといって、全ての被害者が参加するわけではありません。性犯罪や性被害となれば、被害者であることを明らかにはしたくない人たちも相当数存在することが十分に予想されます。その人たちの中から、今後の被害者救済の進み方や被害者への社会的な風当りなどに応じて、一定の時間が経ってから被害を改めて訴える行動に移る人も出てくるかもしれません。こうした心情や行動を汲み上げないと、とても被害者の救済などできません。

 被害者救済に専念し、その作業が終了したら廃業すると明言している株式会社SMILE-UPは、被害者を全員リストアップできると思っているのでしょうか。仮にリストアップできるとしても、その確認作業にどれほどの時間と労力が必要なのでしょうか。もし、被害者全員のリストアップができそうもないと思っているのなら、救済に時間的な制限を設けない限り、廃業はできないことになります。

そもそも株式会社という法的形態が事業目的(=被害者の救済)に合致するのかどうかという議論は措いておくとしても、被害者救済を実現するための組織の経営責任者が同時にタレントエージェンシーとなる新ジャニーズ事務所(社名は公募中)の経営責任者を兼ねるという体制は、個人の気持ちや意志の問題ではなく、組織の統治の問題としてあり得ません。

なぜなら、被害者救済を目的とする組織(=株式会社SMILE-UP)と加害者及びその利得者が加害行為を行っていた組織が名称を変更しただけの後継組織(新ジャニーズ事務所)というのは、被害者のための組織と加害者・利得者の権益のための組織という関係にあるからです。この関係は、公害問題における被害者の救済と加害企業や国との関係を想起させるもので、被害者救済のための組織のトップを加害企業の社長が兼任するなどあり得ません。

こうして見ると現状では、声を上げにくい被害者について長期的かつ広範に特定する意図はないと判断することになります。

なお、本日、被害者救済を目的とする組織(=株式会社SMILE-UP)と後継組織(新ジャニーズ事務所)について別々の代表者を置く方向との報道も出ています。もし、報道通りの経営体制が実現し、両社の株主や役員や社員に重複がないものとなれば、少なくとも本稿で指摘した組織の統治の問題は形式的には解消されます。

 

  個々の被害者についての被害の態様や程度をスピーディーに確定させること

 

これまでに公表されている情報では11月から被害者への補償を開始するはずですが、被害者の特定作業の進捗状況や補償の条件を巡る交渉などがどの程度まで進んでいるのか不明です。進み具合などを全て公表する必要はありませんが、少なくとも当事者へ進捗を報告するくらいのことを行うのがビジネスマナーとか常識というものではないでしょうか。

現実的には、被害者の特定・確認の作業ひとつをとってもそう容易ではないでしょう。被害行為が行われたのがかなり昔のことであるケースも多いようですから、正式な契約書もなかった時期に在籍者であったかどうかを確認することは容易ではないでしょう。

そして、そもそもジャニーズ事務所に在籍していなかった被害者は、救済の対象なのでしょうか。「法を超えた救済」と記者会見で表明している以上、最初の補償が行われる前に、ジャニーズ事務所に在籍していなかった被害者の取り扱いをどうするのか、対外的に正式な発表を行うのが筋というものです。そうした情報提供がなければ、正式にジャニーズ事務所に所属していなかった被害者は、救済を求める声を上げることすら難しいでしょう。

 

  被害者への謝罪と適切な救済策の策定

(特に金銭的な補償、金銭以外での救済プログラム、実行までの時間をむやみに長期化させないこと)

 

 この課題については、③の課題で最後に言及した通りです。被害者の特定や在籍の確認だけでも相当な時間と労力がかかることが予想されます。更に、ジャニーズ事務所に在籍していなかった人々も被害を受けた可能性があるため、今現在被害者として名乗り上げている人たちに限っても、一人ひとりの被害者への謝罪と補償を行うのにどの程度の時間を要するのか、外部からは窺い知ることはできません。

現時点では、具体的な補償の方法や金額については、株式会社SMILE-UPからの提案があり、交渉がスタートしたようには見えません。まずは、被害者の特定、特定された被害者への謝罪、そして補償交渉と補償の実行に至るスケジュールの目安を、被害を訴えている当事者に提示することが必要でしょう。それから具体的な謝罪や補償について話を進めることになります。

補償の内容は、逸失利益と慰謝料が中心となることが予想されますが、いずれも金額の算定根拠について被害者の理解と納得を得ることは容易ではないものと想像されます。参考となるよう事例や類似したケース(BBCのジミー・サヴィルのケースはかなり近いもの)があればいいのですが、日本国内では参照すべきものがないので、補償案を提案する側も被害者側も交渉のポイントを整理することから始める必要がありそうです。

なお、補償の内容の一部に、トラウマなどの精神的心理的なダメージを回復するための治療やカウンセリングなどを提供することを含めて検討すべきでしょう。

 

  直接の加害者について責任を追及すること

 

 直接の加害者が既に故人のため、責任を追及することはできません。しかし、利得を得ていた人々は人数を推測しかねるほど数多くいます。

 直接の加害者が影響力の大きい人物であればあるほど、誰も問題を公に指摘することができず、問題を長引かせたり広範に被害者を出したりするでしょう。いわゆるアンタッチャブルなテーマとなるほどに、加害者が死ぬまで手が付けられなくなります。ジャニーズ事務所のケースがその代表例ですし、海外にはBBCのジミー・サヴィルのケースがあります。

加害者本人には責任追及ができなくても、加害行為によって副次的に得られた利得が会社(旧ジャニーズ事務所)にあったわけですから、その利得を被害者への損害賠償に充てるのは適切です。ただ、そのスキームは株式会社の形態を採るよりも、会社の資産に基づいて設立された基金とか補償専門の組織にすべきではなかったかと思われます。

 

  直接の加害者を止めることができなかった組織や社会について責任を負うこと(特に利得者の扱いについて)

 

 ⑤の課題でも言及したように、直接の加害者の周囲で利得を得ていた人々は人数を推測しかねるほど数多くいます。旧ジャニーズ事務所の役員や従業員、ジャニーズ事務所と仕事をすることで直接間接に経済的利益や社会的に優越的な地位を得るに至った人々、そしてファンや観客や視聴者としてジャニーズ事務所の所属タレントを応援してきた人々など、広く捉えれば捉えるほど利得者の数は飛躍的に多くなります。

 ビッグモーターとは、この点が大きく異なります。同社の場合、直接の加害者である経営幹部や一般の社員が多くいるので、仮に刑事告発などはしなくても社内のルールで処分をするだけで、マネジメントとして過去の過ちを正す意味がありますし、今後もし同様の問題が起きたなら、そのときは一般の組織と同様に業務上の不正な行為には厳正に対処するというメッセージを伝えることになります。

ジャニーズ事務所の場合、見て見ぬふりをすることで利得を得ていた役員や社員などが存在したとしても、刑事責任や社内処分の対象とするのはほぼ不可能です。とはいえ、そういう人々に何の責任もないというのでは、被害者も社会一般も納得しないでしょう。

そこで、株式会社SMILE-UPの資産だけでなく、補償に充てる費用の一部として、社内外の利得者から広く寄付を募ることで、負うべき責任があることを認めた印とするという方法もあります。寄付をした人の氏名と金額を神社の寄進帳のように公開することで、自ら責任を認めた人とそうでない人を区分けして、社会的な追及や制裁を行うことも一考すべきです。被害者の受けた被害に比べれば、この程度の社会的なペナルティで済むのなら良しとすべきでしょう。

なお、顧客や取引先などの経営幹部の性犯罪や性加害を知った場合の対処について一般の組織においても、コンプライアンス・マニュアルや就業規則などで臨むべき対応策を明示し、適切な対応がとられなかった場合は当該の役員や従業員などを処分する、といったルールを整備し明示しておくことが強く要望されます。

 

  今後もキャンセルカルチャーが起こりうることを組織的社会的に自覚すること

 

そもそも、刑事責任が追及されるような事象はキャンセルカルチャーではなく不祥事です。キャンセルカルチャーは刑事責任が追及されるのが当然の事象が起きているのに、それらを見て見ぬふりをしたり、加担して昇進・昇給・賞与アップを実現したりする、周囲の役員や社員の言動こそを問題視することから始まります。

ジャニーズ事務所は、正に不祥事を見て見ぬふりをしたり、積極的に加担したりすることを是とする価値観で動いていた組織であったことは、改めて論じるまでもないでしょう。

ジャニーズ事務所とビジネス上のつながりがあった組織の多くも、実は同様の価値観で動いていた組織であると指摘されても否定できません。もしかすると、エンターテインメント業界全体が、同じ価値観を共有してきたのかもしれません。「うちの業界は特別だから」とか「業界独自のやりかたがあるから」ということを口実に、社会全体の常識や法的要請を「よそ者にはわからない」と一蹴してきたとしたら、業界の常識のほうがおかしいのです。

メディア業界のなかにはジャニーズ事務所との関係を検証する報道を番組としてオンエアした組織もありました。それで組織としての責任を果たしたと考えているとしたらナンセンスです。

事故を起こしたJALJR西日本が、被害者への補償はもとより行い、問題を記録し再発防止に向けた教育施設を整えたように、被害者への補償原資の一部を拠出するとか、再発防止に向けた取り組みを目に見える形にしていくことが必要なはずです。再発防止というのは、性加害を防止することは当然で、それ以外にもさまざまに起こる問題事象について、問題を見て見ぬふりをしない・させない体制を作るとか、安心して内部告発が行えるような仕組みを運営するといったことを含みます。

一方で、加害者がエンターテインメントの世界に残した結果があることも事実です。その白歴史は歴史上の事実として記録されるべきものですが、同時に並行して性犯罪の加害者としての黒歴史もまた記録されるべきものです。その黒歴史には周囲の利得者の言動もまた記録されなければなりません。加害者を止めようとしたり告発しようとした人の口をどのように封じたのか、異論や反論を無視し続けることができたメカニズムも明らかにして、社会全体での反省材料としなければ、再び同様の加害者が現れて同様の被害が続くことがないとも限りません。

可能であれば、白黒両方の歴史を学ぶことができる統一的な資料を一堂に閲覧できる仕組み(資料館かHPか)を設けることが望まれます。その管理運営には、廃業した後の株式会社SMILE-UPの残余財産を充てたり、新名称を募集中の新ジャニーズ事務所の資産の一部を提供したり、利得者から広く寄付を募ったりして行うのがいいでしょう。

なお、性犯罪の加害者がジャニーズ事務所のように経済力があるとは限りません。性犯罪を含め刑事事件に相当するものは、広く国家賠償の対象とするか、犯罪被害者給付金のような仕組みで救済するか、公的なプログラムでの救済策を拡充することも早急に検討すべきテーマです。

 

 (8)に続く

 

  作成・編集:経営支援チーム(20231031日)