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キャンセルカルチャー時代のマネジメント(4)

キャンセルカルチャー時代のマネジメント(4

 

それでは、キャンセルカルチャーの対象となる問題が発覚してから1年程度の内に対処すべき課題について、その解決に向けてのアプローチを考えてみましょう。具体的には前回挙げた7項目のうち①~⑤に当たります。

 

  問題となる事象が顕在化した時点で被害を拡大させないこと

 

本当の初動は、何がキャンセルカルチャーを呼び込む言動であるのか特定し、その影響の範囲を見極めることです。まず、ここが第一の課題です。というのも、この時点では、ほとんど全てのケースで、重大な問題が発生したと認識されていないからです。

多くは、影響を過小評価し、問題発生と被害の拡大防止を社内外の関係者に知らせることがありません。中には、影響は理解したうえで隠蔽工作に走る経営者や責任者もいるでしょう。

 

極めて多くの場合、この本当の初動がうまく機能せず、問題が大きくなってから初めて問題となる事象に対処することになります。対処の始まりが、謝罪会見などの広報活動です。

謝罪会見ですから、何が起きたのか、問題はどのような言動なのか、被害者への対応はどのように行うつもりか、といった基本的な対応を誠実に行う旨を理解してもらい、被害の拡大を防ぐためにとるべき方策を説明して実行するしかありません。

そのためには迅速な内部調査が必要ですが、現実には内部の動きは遅いのが大半ですし、過去に問題が小さかったために何も対処せずにやり過ごした経験があると、組織としての対応は余計に進まなくなります。

これが、いわば失敗のパターンです。

初期対応が遅く調査が進んでいないためか、言うことが二転三転したり、結果的に虚偽となったりしてしまうかもしれません。また、対応方針に社内でも異論反論があり当面の対応策が一本化されておらず、その結果、事後的に情報リークが行われたり、新たな事実が別のルートから流出したりすることになりがちです。録音・録画が自由に無制限にできる時代であるとすれば、現代はほんの10年前、20年前と比べても情報ソースがそのまま外部に出てしまうことを前提に対処すべきです。

また、記者会見は会場の予約や設営、関係者への通知など事前準備に工数がかかるため、どうしてもスピード感がなくなります。また、毎日記者会見を行うわけにもいきませんから、新たな方針やプログラムを示したり関係者から情報提供を受けたりするのには不向きです。

会見自体は物理的な限界(時間、会場、収容人数など)があるとしても、会見で伝えるべきメッセージについては限界を設けるべきではありません。従って、ZOOMやチャットなどのリモートでのコミュニケーションを可能とし記録に残すことが自動的に可能となるツールを活用するほうが望ましいでしょう。現に、マンションの大規模修繕工事などでも同様の方法を実施しているわけですから、質問と回答を繰り返して関係者間のコミュニケーションをしっかりと実現することが被害を拡大させないためにも必要です。FAXや電話(通話)で情報をコントロールしようなどというのは、時代錯誤そのものです。

特に、食中毒や事故につながりかねない事象(リコール対象)であれば、まずは発生した事実を通知徹底するスピードが重要です。問題として指摘されている事象がこれ以上拡大しない方策を緊急にとること、そしてその問題と緊急対策を広く知らせることが、何にもまして肝要です。

 

  声を上げにくい被害者について長期的かつ広範に特定すること

 

次の課題は、被害者を特定することです。ただ、これはキャンセルカルチャーならではの問題である「その言動を行った当時は問題視されていなかった」ことが課題解決を難しくしている要因でもあります。

これが、刑事事件の対象となるもの、いわゆる犯罪であれば、被害者が被害を告訴したり第三者が告発したりして、司法当局が対応することになりますから、被害者の特定はキャンセルカルチャーの問題よりは容易でしょう。それでも、司法当局の取り扱う姿勢及び時効や遡及処罰の禁止(刑事罰の不遡及)などにより、被害者が泣き寝入り状態に置かれてしまうこともあります。

刑事罰とまではいかなくとも、セクハラやパワハラなどは被害者が訴え出ることが難しい状況が往々にして起こります。被害を訴え出るまでに時間がかかり、その間に新たな被害が出ることもあります。

こうした場合、セクハラやパワハラなどは被害者が申し出てもプライバシー侵害などが起こらない体制を社外に構築するなど、いわゆる第三者機関を設置して、実績のある専門家をメンバーに起用することが要請されます。ただ、こうした方策も、加害者が属する組織が主導的に行うとなると、本当に信用して被害を申告してよいのか疑念を持つ被害者もいるでしょう。

とはいえ、誰かが手早く被害者の特定作業を執り行わなければなりませんし、加害者の属していた組織が必要なコストを負担すべきでしょうから、このような第三者機関で被害者の認定作業を公平かつ迅速に行うことで、失われた信用を改めて積み上げていくしかないでしょう。

直接、被害を受けた人は特定できたとして、前回も触れましたが、間接的に被害を受けた人々は、どのように取り扱うべきでしょうか。問題を指摘したが故にその地位を追われたり昇進できなかったりした人は、被害者ではなく単に能力不足とか実績が挙げられなかったということで、救済の対象ではないのでしょうか。少なくとも、こうした間接的な被害があったかどうか、第三者機関が関係者から広くヒアリングやアンケートによる調査を行う必要性はあるはずです。

さらに、被害を受けていても全く気が付いていない人をどうするのかという問題もあります。被害者であることは自ら主張しないと被害認定のスタートにつけないのも事実であるとすれば、被害を認識していない人は泣き寝入りとも言い難く、ただ放置するしかないのかもしれません。

最低限の対応策として、加害者の属する組織または被害者救済のための組織の負担で、被害のパターンや典型例を広く示して、自分や身近な人にまだ被害を申し出ていない人がいないかどうか、一度は広報活動を行うべきでしょう。

 

  個々の被害者についての被害の態様や程度をスピーディーに確定させること

 

 セクハラやパワハラなどは被害者が申し出てもプライバシー侵害などが起こらない体制を社外に構築するなど、いわゆる第三者機関を設置して、実績のある専門家をメンバーに起用することができたとして、被害者を特定し被害の態様や程度を個別に確定させるという、最も困難かつスピーディーに進めるべき課題が待っています。

例えば、加害者がいた組織の内部に関連する資料が昔のことであるために残っていないとか、そもそも元の情報がないということもあるでしょう。極端な話、取引に関する契約書や雇用契約者など本来あるべき正式な書式が欠けている組織もあれば、書類の保管年限を超えてしまい破棄されてしまうこともあるでしょう。まして、周囲の関係者が見て見ぬふりをしていたとか、加害者に忖度して問題を指摘しなかったというような不作為によってもたらされた被害となると、被害の態様や程度といった内容面も日時や場所といった形式的な面もなかなか特定し難いものです。

直接、被害を受けた人は特定できたとして、前回も触れましたが、間接的に被害を受けた人々は、どのように取り扱うべきでしょうか。この課題には、社会的な共通認識もないため、当面、解決策はないかもしれません。故に、補償はまったくないものと想定できます。

被害を受けていても全く気が付いていない人をどうするのかという問題もあります。被害者であることは自ら主張しないと被害認定のスタートにつけないのも事実であるとすれば、被害者救済に期限を設けるのは疑問です。この点からも、被害者救済に当たる組織が株式会社などの営利を目的とする組織であるならば業績不振や倒産・廃業などが起こりうるために不向きで、非営利組織(NPO)であるほうが望ましいのではないでしょうか。

 

  被害者への謝罪と適切な救済策の策定

(特に金銭的な補償、金銭以外での救済プログラム、実行までの時間をむやみに長期化させないこと)

 

 ②と③の課題と並行して取り組むべき課題が、被害者への謝罪と適切な救済策の策定です。被害者が個別に完全に特定される作業が終わるのを待っていたのでは、そもそも謝罪にも救済にもなりません。キャンセルカルチャーで問題となる事象が明らかになった時点では、まだ被害者が特定されていないのが通例です。あくまでも被害を主張していたり謝罪や補償を要求したりしている段階だからです。

 現実には、まず被害者(潜在的に存在する被害者の全体)に対して謝罪と補償に関する告知を行うのが、キャンセルカルチャーで問題に直面した組織にとって対策のスタートラインにつくことです。そこで、第三者機関による被害者の特定や被害状況の認定などと②や③の課題を解決する方向性を打ち出すとともに、補償や救済に関する方向付けを行うことになります。

 

 ここで検討しなければならないこととして、救済や補償を行う組織の法人格の問題と救済や補償を行う財政的な基盤の問題があります。

特に財政基盤をどのように構築するのかは、被害者の範囲や人数及び被害の程度に大きく左右されるものです。加害者が企業のオーナーであれば、オーナーとして持っている企業の株式を無償で譲渡するなど、個人資産を救済法人の基本財産などに充てるとしても、その企業の資産や収益性などによっては、それでは不十分という場合もあるでしょう。

加害者がサラリーマン経営者である場合も、オーナー経営者ほどではないとしても、それなりに個人資産はあるはずですし、特に保有株式やストックオプションなどの金融資産は救済に充当すべきです。ただ、それだけでは不足するならば、経営する企業も救済や補償を行う組織に財政基盤を構築するために何らかの資金拠出を行うように要請されるでしょう。

現実問題として、被害者の救済や損害への補償にかかる費用をどのような財務スキームで拠出するかは、極めて重要です。特に加害者が営利企業の経営者である場合には、その企業が救済や補償を行うことは企業の存在意義や事業目的(定款)から外れる可能性が高いため、経営者が交代して事業を行う会社が存続している場合はその会社が直接、被害者の救済や損害の補償を行うために資産を提供したり費用を負担したりすることは問題を生じる虞があります。

会社の資産から直接拠出したり経費として支出したりすることが難しい場合、加害者の個人の資産を拠出するのは原則的によいとしても、どのような法的手続きで行うかは慎重に検討する必要がありそうです。

基金や財団を組成して、加害者の個人資産を拠出するのか、そこに利得者などの直接的または間接的に利得を得ていた関係者からの寄付を募るやりかた(奉加帳方式とも呼ぶべきか)を採るのか、方法は様々です。いずれにしても、救済や補償を行うのに十分な資金や資産が求められる一方、集めた資金や資産の残余が出ることが予想されますから、その処分についても一定期間内に定める必要があります。

 このように救済や補償を行う財政的な基盤の問題を考えると、半ば必然的に救済を行う組織は救済に専念し、存続する事業会社は事業に専念するという法人格の分離は不可避と思われます。当然のことながら、営利企業の活動として被害者への救済や補償はなじまないので、それらはNPO法人等の別の法人格とすることが望まれます。

 

  直接の加害者について責任を追及すること

 

 ④の課題を扱う際に避けて通ることができないのが、キャンセルカルチャーで問題となっている組織の経営者の責任問題や経営体制の見直しに関する課題です。

 そもそも経営者が個人的に刑事告訴や刑事告発の対象となる事象であれば、直接の被害者の訴えなどに応じて、警察・検察及び業法上の監督官庁や所轄官庁(消費者庁、税務当局、労働基準監督局、保健当局、都道府県など)が捜査や調査などを行い必要な法的措置を取ることで責任を追及することになります。その結果、キャンセルカルチャーの対象となっている現経営者またはキャンセルカルチャーで問題となった以前の経営者の影響下にあると思われる現経営者については、退任は時間の問題となるでしょう。

 それ以外のケースでは、民事上の損害賠償請求が提起されたり謝罪の要求が申し入れられたりして、いわゆる不祥事が発覚することになるわけですが、それだけでは必ずしも経営者の退任に直結するわけではありません。問題の態様にもよりますが、部下や末端の社員が引き起こした不祥事であれば、不祥事を引き起こした本人は懲戒解雇であっても、経営者は役員報酬の自主返納とか職位のダウン(CEOから単なる取締役や執行役員とか)といった処分が適切ということもあり得ます。

 このように現経営者が責任を取って退任するかどうかは、ケース・バイ・ケースで判断すべきです。CEOが前任者の指名によらずに代わった場合などは、代わった後のCEOが前経営陣の問題を見つけ出して追及することもありますから、現経営陣が以前の経営陣に対して法的な責任を追及する事態も発生するのです。実際、新たに事業会社の経営者となった人々を中心に元経営者を告発したり、会社に損害を与えたということで損害賠償請求を行ったりすることは、時々見受けられます。

仮に代表者やCEO個人の問題であっても、それを黙認したり不問に付したりすることで経営全体の責任となりますし、最低限、キャンセルカルチャーの対象となる言動があった当時の役員は善管注意義務に反する虞が大いにあります。現経営陣(取締役会)は当時の経営陣に損害賠償を請求しないと、結局は問題を問題として認識していないことになりますから、直接の加害者が現在や元の経営者であれば、他の取締役や監査役などが先頭に立って責任を追及するしかないのです。

まして、問題となる言動を行った経営者に引き上げられたまま現在も経営陣に留まっている役員であれば、そこから得られる利得(金銭的利益だけでなく地位に伴う法的利益や社会的利益も含めて)も手放すことでしか、責任を取ったことにならないのは言うまでもありません。

役員ではない一般の管理職や社員にしても、「会社の命令でやっただけ」というのは言い訳として通りません。現在の給与や職位や職があるということ自体に責任が生じています。

仕事の一環としてやったことが問題となるのであれば、組織体制や人事管理に問題があるのは当然ですが、仕事の一環でやったことだからキャンセルカルチャーからは免責されるということはありません。この点を十分に理解していないと、社員であるからというだけで社会的な制裁の対象となる可能性を避けられない理由がわからないでしょう。

この場合よくあるのは、責任の所在は外部からは明確であっても内部では様々な事情により必ずしも明確になっておらず、誰も責任を取らない状態が続くことです。そのことを外部(メディアや監督官庁)から追及されて初めて責任の所在や取り方が問題となり、経営トップが辞めるしか責任を取った形が作れなくなるのは、最も拙い対応です。

 

以上の①~⑤の課題について、遅くとも1年以内に解決策を具体化し、実際に被害者に対して救済や補償を行い始めること肝要です。スピード感をもって対応しなければならないのは、被害者への謝罪や補償だけでなく、誰にどの程度の責任があるのか明確にして、負うべき責任の度合いに応じて退任・解職・減給などの処分を行い、公表することです。

 

 

  作成・編集:経営支援チーム(20231010日)