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“正しい”努力(4)

“正しい”努力(4)

 

“正しい”努力は、ゴールのイメージをできるだけ具体的に描くことから始まり、具体的にイメージしているゴールに至る道筋をある程度明確に見通すことができていることが求められます。このように状況を整えた上で、本人が努力と呼びうる行動を取るわけですが、その行動をただやればいいわけでもありません。

まず、ゴールそのものやゴールに至る見通しやプロセスについて、本人が十分に納得し得心しているかどうかが問われます。言い換えれば、上司や会社の方針を押し付けられて、十分に納得していないまま、やらされている感覚(やらされ感)をもったまま、仕方なく努力をしているというのであれば、とても“正しい”努力とは言えません。

もちろん、いまどき、一方的に上からノルマを押し付けるようなマネジメントを実行しているような組織は、まともなビジネスをしているはずもありません。多くの会社は、SDGsESGを明確に意識した上でビジョンやバリューやミッションを定めていることでしょう。とは言え現実は、必ずしもビジョンやバリューやミッションが社員一人ひとりにまで十分に咀嚼され腑に落ちた状態で理解されているとは思えません。そうした状況で、ビジョンやバリューやミッションを強調すると、結果的に社員の思考や行動を縛る虞があります。

本音では納得し得心していないまま、努力をし続けるとどうなるでしょうか。多分、個人にとっては、精神面か肉体面かどこかに支障や障害が生じるかもしれません。組織にとっては、ゴールやKPIの数値目標が独り歩きしたり、ちょっと考えれば対処できる問題も頭から考えることをせずに状況を悪化させたり、取るべき行動を形式的に守ったりして、いつの間にか顧客の姿や仕事の意義が見えなくなったりしかねません。

また、何かに向けてきちんと努力をしようと決意しても、実際にはやってみなければわからないこともあるでしょう。特に結果が目に見えて出ていない状態が続くと、どこかに諦めの気持ちが生じてしまい“正しい”と思っていたはずの努力ができなくなったり、努力をすることが自己目的化して機械的な作業にいつの間にか変わってしまったりするかもしれません。

実際に努力を継続するには、現在の方法やアプローチが間違っている可能性がありますから、自分で修正する自由がないと努力は続きません。少なくとも、合理的で合目的的な選択肢がいくつか用意されており、そのなかから自発的に選ぶ自由が担保されているべきでしょう。

こうしたことが可能となるには、日常的に意見を言いやすい、いわゆる心理的安全性が保たれていることや、努力する本人自らが選択肢を言い出しやすい関係性があることなどが必要です。そして、その選択肢の中には、努力を止める自由、努力をし続けることから降りる自由があるべきです。

“正しくない”努力には、例えば、努力を強いられる本人にとって無駄としか思えない努力、徒労に終わることがわかっている努力、顧客に迷惑や損害しか与えていないのではないかと危惧する努力などがあります。そこまでひどくなくても、自分の仕事観や価値観に合わないとか、思っていた仕事とは大きく違うとか、ワークスタイルや職場の環境(オフィスや機器類などの物理的なもの、人間関係などの文化的なものなど)が予想とは異なっていた、ということもあり得ます。

このように努力がうまく機能しない際は、自発的に退職を希望する人に提供される“pay-to-quit(1)というプログラムを導入する方法もあります。これは、入社した社員に対して一定期間ごとに「今退職するのであれば〇〇円の退職手当を支給します。このまま勤務を継続しますか? 退職を選びますか?」と問うことで、組織と個人のミスマッチをできるだけ早期に解消しようとするものです。

 

もうひとつ、努力を続ける上で必要なものは、真っ当な努力を評価することです。努力をする本人自身が自己評価をするとともに、他者が適切なタイミングで評価を伝えることを忘れてはなりません。

褒めるにせよ、問題点を指摘するにせよ、誰に対してもその場で冷静に話していることが求められます。また、自己評価の内容を聞いて、性別や年齢などを努力が結果に結びつく(つかない)口実にしていないか、周囲の環境や運不運などうまくいかない要因を徒に他に求めていないかなど、問題があれば本人に気づきを与えたり、次の打ち手を自分なりに考えて試みるようにアイデアを示唆したりすることが不可欠です。

このように、現実に努力をしている最中に、本人はもとより周囲の関係者も努力の実態を振り返りながら、その努力が“正しい”ものであるかどうか適宜フィードバックを行うことが要請されます。

 

“正しい”努力は、正に努力をしている最中に、自らの振り返りと他者からのフィードバックを通じて、自らの意思で軌道修正をしていくことが肝要です。ここで言う軌道修正には、努力を止めることも究極の選択肢としていつも在り得ることを頭の片隅に置いておくことを忘れてはなりません。

 

(5)に続く

 

【注1

詳しくは、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューの記事『「退職ボーナス」で従業員のモチベーションを見抜く』(2023729日公開)を参照してください。

 

 

  作成・編集:経営支援チーム(202381日)