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気候変動の何が問題か?(4)

気候変動の何が問題か?(4)

 

一般に、外部環境の変化に対応するのは組織も個人も必要なことです。外部環境の第一が気候や風土といった立地条件を規定する要因です。日々の気象の移り変わり、月や季節による変化などにいて、現在はかなり詳しい気象データを活用することができるため、ビジネスにおいても気象条件をプラスに変えることもできます。

多分、気候変動が単に平均気温の上昇に留まるのであれば、対応することにさほどの困難は感じないかもしれません。例えば、東京の冬の気温が半世紀も経たずに3℃上がったとしても、それだけであれば、冬の商材を入れ替えていくことで対応できるでしょう。

しかし、現在の気候の変化は、周期的、定常的、通年並みのものからその振れ幅が大きくなり、既に気候変動と呼ぶレベルにあることは明らかです。日本(東京)に限っても、ここ100150年ほどの気温の上昇は自然のサイクルから逸脱した変化と言わざるを得ません。そして近未来の地球全体の温暖化の進展は、日本では熱帯や亜熱帯に気候が変わり海岸線が一変するものと確実に予想されています。

こうした動きを“気候変動”と呼ぶならば、それは既に起こっている現実であり、今後更に拡大し激しくなると思われる事象です。但し、気候変動=人類生存の危機というわけではありません。現に、気候変動は起きていますが、歴史に残るような大飢饉を経験しているわけではありません。地球全体ではいまだに人口が増えています。

とは言え、何も対策を講じることなく、気候変動をやり過ごすわけにはいかないということは、誰しも頭では理解できるでしょう。理想論を言えば、温室効果ガスの大気中濃度が300ppmを下回る程度にまで引き下げることができればいいのですが、排出量の増加率を下げることも難しい現状では、絶対値で濃度を下げるというのは実現可能性がゼロに等しいでしょう。

 

こうした現状をもたらした責任は誰にあるのでしょうか。気候変動の問題は、気象条件という外部環境の問題以上に、この責任の問題であるはずです。特に先進国において温室効果ガスを相変わらず大量に排出している組織や個人こそが、その責任を真っ先に問われるべきでしょう。

少なくとも、そう考えている人々が社会の中で一定数を占めており、気候変動に対してどのように向き合う組織であるかを問うことが重要な社会課題と捉えている人々が経済活動や金融活動に影響力を行使していることもまた、事実です。

つまり、ビジネスにせよ政治や軍事の活動を行うにせよ、気候変動についてどのように責任をとるのか、組織としての価値観が問われているのです。気候変動とは、技術的に対処し、事業構造上・コスト構造上対応すればいいという問題ではなくなっているのです。

暴論ですが、地球規模で気候変動が現在起こっているよりも大規模で激しく起こり、日本が熱帯になってしまうとしても、そのペース次第では生活スタイルを変えたり居住地域を移動したりすることで、熱帯並みの気候に対応することはできなくはありません。もし海水面が100mm上昇したとしても、標高が100mm以上高いところに移転すればいいわけです。

気候変動の問題というのは、技術的・経済的には対応可能な問題であるとしても、気候変動をもたらす元凶となっている人間や企業の活動、そのありかたが問われていることに思い至る必要があります。

 

結論として、ビジネスを運営する組織にとって、気候変動の問題とは、第一に気候という外部環境の変化にいかに対応していくかという、事業環境上の中長期的な課題です。そして、気候変動から災害が発生することを予見して事前に対策をとると同時に、災害が発生した場合は迅速に災害復旧に当たるなどリスクマネジメント上の課題でもあります。

最後に忘れてならないのが、気候変動に対して組織が打ち出すメッセージ(社会に提供する製品やサービスとともに社会的課題に対する取り組み方など)が気候変動にまつわる社会的な課題に対して、真摯に向き合い、真っ当な解決策を希求するものと、外部から適切に認識されているかどうかです。この点は、LBGTQや各種のハラスメントへの向き合い方と同様に、誤った対応をとると、短期的な損得勘定を超えて組織や事業のありかたが問題視されることが十分に危惧されます。

 

  作成・編集:QMS代表 井田修(2023616日)