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転職を阻む壁(7)

転職を阻む壁(7

 

 転職を阻む6番目の壁は「就業条件・雇用条件の壁」です。これは、勤務地・勤務形態・休日休暇・休業・学習機会・介護や育児に関わるプログラム・資産形成プログラムなど、転職を希望する人が何らかの理由で拘る、賃金以外の要素についての障害です。株式取得やストックオプション付与や退職給付など給与や現金以外の報奨プログラムも含めて、考えてみるべきものです。

これらの要素は多岐に亘り、ある人には譲れない最も重要な要素であっても、別の人にはどうでもよい条件であったりします。例えば、小さい子供がいる場合は、育児や教育をサポートするプログラムや半休などの柔軟な有給休暇制度などが強く求められがちですが、独身で子供はいなくても老親の介護が差し迫っている人にとっては介護に関する休職・休暇の制度、介護に関する相談窓口の設置、介護サービスの紹介や援助などが重要でしょう。

人を雇用する組織にとっては、雇用する人の健康状態や家族の状況などは千差万別であり、よほどの大企業や企業グループでもなければ、個々の事情に応じてきめ細かいプログラムを提供することは、勤務時間や休日休暇を柔軟に多様化するだけでも相当に労力やコストがかかりそうです。

一方、転職者自身にとっては、自分が譲れないものと交渉・妥協しうるものを整理しておくことが望まれます。そう頭では理解していても、いざ転職活動をするとなると、仕事の内容や賃金など最優先に検討しなければならない事項だけでも、100%満足のいくものとはならないことも往々にして起こります。まして、それ以外の就業条件や雇用条件までには気が回りにくく、転職し入社してから、こんなはずではと後悔するケースも少なくありません。

 

さて、「就業条件・雇用条件の壁」に直面したら、解決するには大別して『条件を変える』『金銭的な補償を受け入れる』『入社してから望むプログラムを創設する』という3種類のアプローチがあります。

『条件を変える』というのは、勤務地や通勤時間の条件だったものを勤務時間や勤務体制の条件に切り替えて対応可能かどうか、交渉してみることです。

例えば、“現在の自宅から1時間以内の通勤時間で行ける範囲”で転職先を探していたところ、仕事内容や賃金面で申し分ないが、通勤時間が2時間はかかる転職先候補があったとします。

この場合、ラッシュの時間帯を避けて一種のフレックスタイムを適用してもらい、他の社員よりも早く出社し早く退社する勤務時間でもよいか、またはリモートワークを原則として出社は週に1日だけでもよいか、出社先をより近くのリモートオフィスにしてもらうことができないか、というように、ダメもとでいくつかの代替案を出してみる価値はあります。オフィスに近いところに引っ越すという方法もあります。

『金銭的な補償を受け入れる』というのは、条件そのものは変えずに受け入れるにしても、それに要する費用を会社負担とするものです。

先ほどの例で言えば、通勤時間を短縮するために、新幹線通勤や有料特急利用を認めてもらい、その分の通勤費用をすべて会社負担とするものです。毎日、タクシー通勤とし、その費用を会社もちにする例は、ときどき見聞きします。単純に、通勤手当(またはそのほかの名目の手当)を規定を超えて支給してもらうという場合もあるでしょう。

『入社してから望むプログラムを創設する』というのは、転職候補先の条件を飲んだうえで、入社してから、本来必要と思うプログラムや制度を転職先の組織のなかに作り出す方法です。

2時間かけても通勤してくれというのであれば、転職した当初はそのまま通勤するとしても、社内に同様の悩みをもつ人がいるかどうか当たってみたり、2時間通勤の経済的合理性・労働生産性などへのマイナスの影響を洗い出して、リモートオフィスかリモートワークのほうが個人にとっても組織にとってもメリットがあることを訴えたりします。その結果、従来はなかった制度やプログラムが運用されるようになります。

特に価値観やジェンダーの同一性が高い組織ほど、ダイバーシティやインクルージョンが損なわれていることに気づくことができません。そこで、新たに転職し入社した異分子的な存在が、組織的な不備を改善していくべきでしょう。転職者を前向きに受け入れていくことの意義のひとつは、実は、こうした社内変革を具体化する点にあります。

 

いずれにしても、落ち着いて交渉することが必要です。転職しようとする人が一方的に条件を主張するだけではダメですが、主張すべきことを何も主張せずに陰口を叩いても無力です。転職希望者も転職者を求める組織も、条件面で対立があるように見えるのなら、その解決に向けて相互にアイデアを出し合うことが要望されます。

そうした問題解決のマインドセットに欠けているのであれば、転職しようとする人はそもそも転職など考えずに、今いる組織で長く活躍する術を考えるべきですし、組織は転職者など求めず、新卒採用だけに力を入れて、自社に合う人材を見つけることに注力すべきです。

なお、『条件を変える』『金銭的な補償を受け入れる』『入社してから望むプログラムを創設する』という3種類のアプローチについて、いずれも無理な場合に最終的に採りうる選択肢として、この転職先候補とは縁がなかったものとしてその組織への転職を諦めるというものがあります。これは更に選択肢があり、『二度とその会社に転職することはない(候補としない)』というものから、『いつでも次のチャンスを待って条件が整えば転職する(転職先候補としてリストに載せておく)』というものまで、幅広く設定することができます。

新卒で入社する際には時間的な制約が大きくありますが、転職にはそこまでの制約はありません。つまり、チャンスは再度巡ってくる可能性があるのです。更に言えば、新卒の時には入社できなかった会社であっても、中途採用で入社できる可能性があります。こうした視点も転職時には忘れてはなりません。

 

 (8)に続く

 

作成・編集:人事戦略チーム(2023430日)