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転職を阻む壁(1)

転職を阻む壁(1

 

人的資本経営やリスキリングなど、経済的・社会的に人材の流動化を促進するトレンドがはっきりと見られますが、多くの日本人(特に新卒定期採用で雇用されるようになり、相当程度長期にわたって一つの組織に勤続してきた人)にとって転職は、学生から社会人へと初めて就職する時よりも難度が高いキャリアイベントではないでしょうか。

キャリアコンサルタントや多種多様な転職情報メディアがあるので、一般的な手続きや人材を募集している組織についての情報に困ることはないでしょう。また、退職代行サービスまでありますから、転職を決意したにもかかわらず、無理な引き留めにあって退職できないという例も少なくなっているでしょう。

とは言え、実際にいざ転職をしようとしても、その方法やプロセスがよくわからなかったり、転職したい会社を探し出すことに予想以上に時間がかかってしまったりして、なかなか転職活動が進まない人も珍しくはないでしょう。

そうした転職に関するテクニカルな問題に取り組む前に、転職しようとする場合に現に存在する壁(=転職を阻みかねない要因)が、転職しようとする本人及び転職してきてほしい組織の前に立ちはだかることがあります。この壁とは、以下のようなものです。

 

   個人の属性の壁

   企業の属性の壁

   スキルの壁

   経験の壁

   市場価値の壁

   就業条件・雇用条件の壁

   家族の壁

 

それぞれの壁について簡略に説明します。

「個人の属性の壁」というのは、性別や年齢(生年)といった本人に選択の余地のない事項について、転職しようとする本人も転職者を求める組織も、間違った思い込みや無用な条件設定をしてしまうことです。下限を定めるならまだしも、上限を決める年齢制限が必要な仕事なんて本当にあるのでしょうか。仮に肉体労働であったとしても体力には大きな個人差がありますから、年齢で一律に制限することは個人にとっても組織にとっても機会を逸するだけではないでしょうか。

次の「企業の属性の壁」は、現在属している企業と転職しようとする企業との相違点に関する壁です。特に処遇水準や勤務先の企業についての格に関する誤解や情報格差から問題が生じがちです。

「スキルの壁」とは、転職に何らかの公的資格や技術・技能が必要という思い込みです。外資系企業に転職するには英語の能力が高くないとダメ、というのは典型的な壁ですが、実際にそのような壁はあるのでしょうか。

「経験の壁」というのは、例えば「経験者を優遇」とか「経験者採用」といった表現がある時に、経験がない人は最初から応募することができないと考えるべきか否かという問題です。業界、職種、マネジメントなど、経験を問う採用条件はよく見られますが、下手な経験であれば、むしろないほうが望ましいかもしれません。経験者は既に常識を知り限界に直面したこともあるので、組織が期待する現状打破や破壊的な成長には寄与できないと思われます。

「市場価値の壁」でよく見られるのは、自分には市場価値がないと思い込んでしまい、キャリアや給与をアップさせるせっかくのチャンスを棒に振るう転職希望者の姿です。市場価値とは、取得した資格の数でもなければ学歴や職務経歴もありません。転職先で自分の活躍する場をいかに作り出し、その結果として自分の価値を認めさせるかが問われるのです。

「就業条件・雇用条件の壁」は、勤務地・勤務形態・休日休暇・休業・学習機会・介護や育児に関わるプログラム・資産形成プログラムなど、給与や現金以外の報奨プログラムも含めて、転職者自身が譲れないものと交渉し妥協しうるものを整理しておくところから、検討が始まります。

最後に「家族の壁」というのは、本人は転職を希望していても配偶者や両親などの反対により転職活動が暗礁に乗り上げないようにいかに事態を回避するのか、という問題です。転職活動を契機として関係する人々の本音ベースでの価値観が露わになり、果ては家族の崩壊または再結成へと進んでいくこともあります。

 

今回のコラムでは、それぞれの壁の内容、壁ができてきた理由、壁を乗り越えるポイントなどを説明し、転職希望者本人が考えるべき事項とともに転職者を受け入れる組織として採りうる方策も検討していきます。

 

(2)に続く

 

作成・編集:人事戦略チーム(202338日)