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「インフレ手当」を支給するには

「インフレ手当」を支給するには

 

今月17日に発表された帝国データバンクによる調査(注1)によると、今年の急速な物価上昇(インフレ)に対する生活支援の意味合いを込めて、従業員に対していわゆる「インフレ手当」として特別手当や一時金を支給した企業は、既に6.6%、今後支給する予定がある企業は5.7%、支給を検討中の企業は14.1%で、合わせて26.4%の企業が何らかの形で「インフレ手当」を支給する方向にあるそうです。なかには、次のベースアップで昇給させることで物価上昇分を賃金に反映させる予定があると回答した企業もあります。

 

長年、デフレ経済と呼ばれてきた日本では、高度成長期やバブル期のように定期的に従業員全体の賃金を上昇させることは珍しいものとなってしまいました。今年に入ってからの急激な消費者物価の高騰、特に電気・ガス・ガソリンなどのエネルギーや食料品などの生活に必要不可欠な製品・サービスの価格が上昇の一途を辿る状況で、給与は見直すことがないとすれば、特に賃金水準が低い層にとって生活費と賃金のバランスが崩れてしまいかねません。

そこで、緊急対応として一時金や一回限りの特別な手当として「インフレ手当」を支給するという動きが出てくるのは当然と言えます。もちろん、賞与時に一時金を別途支給したり、賞与自体を増額することで「インフレ手当」と同様の効果を生み出すこともできます。

ただ、消費者物価が高騰し生計費が上昇することへの対応というのであれば、月例賃金を底上げするのが筋です。その手段として、手当として毎月支給するか、基本給のベースアップを行うということが考えられます。

インフレや円安への対応に不慣れな企業も少なくない中、経営者の本音としては、制度的・恒久的に基本給を引き上げることへの抵抗感があることも事実でしょう。円安の恩恵を享受できるビジネスを展開している企業(製品輸出に打ち上げを依存する)であっても、円安が定着し一定の間、円高には戻らないという確信がないと、ベースアップや定例の手当として月例賃金を引き上げることは難しいものと思われます。

その点、一時金であれば、特別手当にせよ臨時の賞与にせよ、その場限りで2回目はないことを前提として支給するものですから、制度的・恒常的な縛りはありません。ちなみに、一時金は年間の所得としては増えるので所得税などには影響するにしても、時間外勤務手当の算定基礎額には影響しないため、残業代の増加にもつながりません。

一方、基本給のベースアップにせよ、「インフレ手当」にせよ、月例賃金として毎月支払うものであれば、所定内賃金がアップするので時間外勤務手当の算定基礎も上昇することになります。もちろん、税金や社会保険料にも増額分が影響するので、仮に毎月1万円基本給を昇給させる(または1万円の特別手当を新設する)とすると、会社の負担は残業代単価の上昇や社会保険料の負担分の増加などを含めると1万円を超えることは覚悟しなければなりません。実務的には、1万円の昇給がいくらの人件費の増加につながるのか、個人別にも会社全体についても慎重に試算する必要があります。

更に、退職金(年金制度を含む)の算定基礎額に基本給(またはその一定割合)を用いている場合は、退職金(年金制度を含む)の増額や見直しに迫られることになります。

こうした人件費の上昇は、製品・サービスの価格上昇や円安などの効果により企業業績が向上するという明確な見通しをもっている企業にとっては、十分に吸収可能なものでしょう。そうでない企業にとっては、できれば避けたいはずです。少なくとも人件費の上昇分を別の形で回収できる見通しが立たない限り、そう簡単には「インフレ手当」の月例支給や基本給のベースアップを実施するわけにはいかないでしょう。

こうした点は、検討している社数の割には、実際に支給した企業の比率は高くないことから、調査結果からも読み取れます。

 

「インフレ手当」の支給額について見ると、帝国データバンクの調査(注1)では一時金としての平均支給額は53,700円、毎月支給の場合は月額6,500円となっています。平均賃金に対する割合(注2)を概算ですが算出してみると、一時金は平均賃金の年額換算値(12か月分)の1.67%、毎月支給は平均賃金の2.43%に相当します。

一時金を支給する企業の多くは、賞与を支給していると思われますから、一時金の金額は本来の年収(月額賃金の12倍に夏季賞与と冬季賞与を加えたもの)から見れば、更に低い率(1.21.3%程度?)となることが想定できます。もしかすると、既に一時金として支給していた企業は、半年分として支払っているケースが少なくないのかもしれません。

次に金額以外の事項について、実務的に「インフレ手当」を支給する際の留意点を挙げてみましょう。

 

  名称を「インフレ手当」とするのか‐インフレが今後も起こるとすれば、「インフレ手当」と称するとその度に手当を支給する必要性が生じる虞がある一方、「特別手当」では何のための手当であるのかわかりづらい

  一時金とするか月例支給の手当とするのか‐特に一時金の場合は支給するタイミング(賞与と別項目で同時に支給、賞与とは別の月に月例給与とは別に支給、賞与とは別の月に月例給与と一緒に支給)によっては単に賞与が増えたと誤解されるかもしれない

  支給対象者の範囲-いわゆる正社員に限定するのか非正規の従業員も対象とするのか

  金額は対象者一律か何らかの違いを設けるのか‐一律定額支給が多いように思われるが、インフレによる生活費上昇を補填するという趣旨であれば、生活費の違い(扶養控除対象者の人数の違い、社宅入居かそうでないかといった住宅費や光熱費などの負担条件の違い、居住地域の違いなど)に応じて支給額や支給要件が異なるべきかもしれない

  支給額をどのように算出するのか-基本給の〇%相当とすると基本給の違い(職務・能力及び等級や役職位など)をそのまま反映させることになるので、インフレによる生活費上昇を補填するという狙いにそぐわないからと言って、対象者全員一律に〇万円では現実の個人個人の生活実態を無視することになる

  現金支給だけか(現物支給も付加するか、現物支給だけか)

  支給に当たっての社内広報-趣旨説明は不可欠、特に一時金か定例的に支給されるものかは誤解のないように伝える

  今年度の業績見通し・資金繰り計画・人件費予算などと整合性のとれた支給総額やタイミングであるか‐金融機関等と事前に調整する必要がある

 

ちなみに、「インフレ手当」の支給対象者は大半がいわゆる正社員でしょう。しかし、非正規社員のほうが、一般に賃金水準が低く物価上昇が生活に与える影響が大きいと思われます。本来は、パートタイマーやアルバイト社員の時給アップこそ先に求められるところですが、いまだ手つかずという会社が大半でしょう。

業種によっては、時給アップだけでなく、現物支給や自社の製品・サービスの優待・無料のクーポンを支給するといった方法も、現実的な生活支援策として効果的です。正社員であっても現金を支給するよりも、介護や育児などを支援するサービスを受けるプログラムのほうが、サービス価格の上昇に対応するには有効なこともあります。

来年以降も一定期間、毎年3%程度の物価上昇が基調的に見られるとしたら、賃金も制度的にインフレ相当の上昇を見込む必要があります。それは基本給のベースアップに他なりません。

もし、「インフレ手当」等の名目で一時金として物価上昇分を支給する方法を取り続けるならば、毎年「インフレ手当」を支給することになり、その金額も増加傾向にある必要が出てきます。これは「インフレ手当」の制度化です。

同時に、新規学卒(大卒・院卒)者の初任給も大幅に見直すケースが多くなっている現状では、いずれにせよ、基本給や諸手当の金額も体系(昇給システム)も早急に再構築すべき時期にあることは間違いないでしょう。

 

【注1

調査の概要は以下の記事に拠ります。

インフレ手当に関する企業の実態アンケート| 株式会社 帝国データバンク[TDB]

詳しくは次のPDFファイルを参照してください。

インフレ手当に関する企業の実態アンケート (tdb.co.jp)

 

【注2

厚生労働省「令和2年賃金構造基本統計調査」付表3より一般労働者(男女計・企業規模計)の中位数267,200円(月額)を用いています。

 

 

  作成・編集:人事戦略チーム(20221121日)