ジャン=リュック・ゴダール氏の訃報に接して

ジャン=リュック・ゴダール氏の訃報に接して

 

一昨日、映画監督のジャン=リュック・ゴダール氏が91 歳で亡くなったと報じられました(注1)。「体の機能を失う複数の病気に侵されていたため、スイスで法的に支援を受けて自発的に旅立った」というコメントが法律顧問より発表されているので、いわゆる安楽死を選んだのではないかと思われます。

 

さて、ジャン=リュック・ゴダール氏は映画史のなかではフランスで興ったヌーベルバーグという映画のありかたを問う運動の中心的な人物として、クロード・シャブロウやフランソワ・トリュフォーやエリック・ロメールなどとともに、まずは映画批評家として、次いで映画制作に携わる者(監督、脚本、編集、撮影など)として活躍しました。

その生涯や作品などはウィキペディアや映画情報サイトなどを参照していただきます。ここでは、特にゴダール監督の作品のファンでもなく、以下の作品しか観たことがない私であっても、映画の見方やありかたについて考えるきっかけを与えられたことに謝意を表する場としたいと思います。

 

「勝手にしやがれ」(1959年)

「気狂いピエロ」(1965年)

「彼女について私が知っている二、三の事柄」(1966年)

「中国女」(1967年)

「パッション」(1982年)

 

「勝手にしやがれ」は、観客に向かって主役のジャン=ポール・ベルモンドが語りかけるシーンや実際の映画制作の方法も含めて、革新的なアプローチで生み出された映画であることは間違いないでしょう。撮影や編集といったテクニカルな面でも、映画史に残る作品として認められるものです。

「気狂いピエロ」は、最後までカッコ悪い主人公をジャン=ポール・ベルモンドが演じます。主人公の間抜けさを描くところに、ハリウッド映画が描くヒーローを一度、客観視してみることに挑戦した作品だったのでしょうか。

「彼女について私が知っている二、三の事柄」はルイス・ブニュエル監督の「昼顔」(注2)と同じ時代に作られて同様の物語でありながら、作品から受ける印象は大きく異なります。その差異を一言でいえば、ドライでクールなゴダール作品に対して、どこかに温か味や感情的な面があるブニュエル作品と言えばよいのでしょうか。

ちなみに、この作品が日本では“団地妻”のコンセプトでロマンポルノの諸作品に直接及ぼした影響を看取することは容易ですが、氏の作品にはポルノグラフィの要素を感じ取るところは、設定とシノプシスにしかないように思われます。

「中国女」は討論の映画です。討論の映画というと「十二人の怒れる男」(注3)を想起しますが、舞台劇をハリウッドで映画化した「十二人の怒れる男」が緊迫した討論の模様を見せるドラマであるのに対して、「中国女」は討論を突き放して見せているかのようです。こんな討論に意味があるの?と言っているようで、そこから生じる行動もまた、何の意味があるのか、観客に現実の政治動向とともに問題提起をしている作品かと想像されます。

これらの作品は70年代後半に名画座や特集上映などで観ていたはずです。いずれも、ドラマでありながら、一種のドキュメンタリーを観ているかのような感覚に囚われた記憶があります。

鑑賞したのは1983年と他の作品より遅れてはいますが、「パッション」は製作直後に観たはずです。これは「中国女」と同様に政治と仕事(学業)の関係を描く作品となっており、ポーランドの自主労組「連帯」の運動を受けて政治と映画製作の関係を映画化するという構造で、映画を作るということの意味を改めて考えさせるような作品になっています。

 

以上の作品、といっても氏の映画製作全体からいれば、ほんの数%程度を占める作品数ですが、それだけであっても、映画のもつ枠組み(フレーム)について作品を通じて明らかにしているところに特徴があるように見えます。

ハリウッド映画に代表される娯楽のための映画を徹底的に研究したところから生み出された氏の映像作品は、商業映画だけではなくドキュメンタリー作品やビデオ作品も少なくないのですが、筆者が観たことがある商業ベースの作品に限っても、映画の枠組みや約束事を提示して見せた上で、それを壊そうとしているかのような試みが見られます。

同じヌーベルバーグ出身の監督でハリウッド映画を研究していたフランソワ・トリュフォーは、アメリカ映画への傾倒ぶりを作品に表現するだけでなく、自ら出演したこともあるほどでした。一方、氏はハリウッドに代表される商業映画に対して一度は絶縁を宣言したほど距離を置きながらも、実地の制作におけるテクニックの面でも製作を取り巻く政治的社会的な環境の面でも、映画のもつフレームを意識させるものを作っていたことに、改めて気づかされました。

 

【注1

たとえば、以下のように報じられています。

ゴダール監督、自殺幇助で91歳で死去 仏映画ヌーベルバーグの巨匠 - BBCニュース

「勝手にしやがれ」映画界最後の巨匠ゴダール監督が死去、「ヌーベルバーグ」刷新運動の中心的存在 : スポーツ報知 (hochi.news)

 

 

【注2

 

 

【注3

 

  作成・編集:QMS代表 井田修(2022915日)