ジャン=ルイ・トランティニャンの訃報に接して

ジャン=ルイ・トランティニャンの訃報に接して

 

昨日、フランス人俳優のジャン=ルイ・トランティニャン氏が老衰のため91歳で亡くなったことが報じられました(注1)。

個人的に鑑賞したことがあると明言できるのは、次の3作品(注2)だけです。ロードショー公開時ではなく、すべて名画座で2本立てか3本立てで観たはずです。その3本の作品を観ただけでも(もしかすると他にも観ていた作品があるかもしれませんが)、俳優としてのインパクトは大きく、よりネームバリューのある共演者たちの存在を霞ませかねないものでした。

 

「男と女」(Un homme et une femme1966)

Z」(“Z1969年)

「フリック・ストーリー」(“Flic Story1975年)

 

氏が演じた役は、ラブストーリーの男性側主人公であるレーサー(「男と女」)、政治スリラーのなかで暗殺された政治家(演じるのはイブ・モンタン)の事件を捜査する予審判事(「Z」)、脱獄し警察に追われながらも殺人などを繰り返す犯罪者(「フリック・ストーリー」)と、それぞれ相異なるキャラクターを見事に演じていました。

「男と女」は、妻に自殺されたレーサーと夫が事故死したスクリプター(演じるのはアヌーク・エーメ)が、両方ともに子連れで仕事をもちながら、出会い恋に落ち別れるまでの話です。氏自身も叔父もレーサーであることや氏自身が離婚・再婚を経験していること、おまけに主人公の名前がジャン=ルイであることなど、フィクションとはわかっていながら、映画関係の人物設定とも相俟って、リアルな話と思わせるところがあります。リアルではないにしても、映画製作に関わる人たちの間での内輪話をベースにしているのではと勘繰りたくなります。しかし、設定も演出も、ハリウッドでもなければ日本でもない、正にフランスの映画らしいラブストーリーです。ここには恋愛を邪魔する戦争も病気も描かれません。描かれるのは、当事者の過去と現在です。1人の男と1人の女の物語です。

ちなみに、「男と女」は主題歌(予告編中に流れている曲)も有名で、主題歌とともに恋人たちが海岸で抱き合うのをカメラが回転しながら見せるシーンは、監督のクロード・ルルーシュが後々他の作品でも多用しますが、恋愛感情と映像がシンクロしているようで、やはりこの作品が最も効果的と思われます。

Z」はイブ・モンタンやイレーネ・パパスといったフランスやギリシアを代表するスターを配してコンスタンタン・コスタ=ガブラス監督が描いた政治スリラーです。氏は暗殺事件の捜査を通じてストーリーを推し進める主役級の重要な役を演じています。

一方、「フリック・ストーリー」では脱獄する犯罪者に扮しました。彼を追う主任警部を演じるアラン・ドロンが、上司などに絶えず不平不満をぶつけているのと対照的に、台詞が少なく、黙ったまま行動に移すさまが意志の強さを示しているようでした。

他にも数多く出演した映画作品の中から代表作をひとつ選ぶとすれば、後に「男と女Ⅱ」(19遺作85年)と「男と女 人生最良の日々」(2019年)の2作品が同じキャストと監督で製作された「男と女」でしょう。40年近く経ってから続編が製作された「トップガン」もトム・クルーズが同じ主人公のその後を演じています。相変わらずヒーローを演じることができるのも大したものですが、約20年後に続編を、更に50年以上後に本当の老人としてまた同じ役を演じるというのもまた、驚かざるを得ません。

結果的に遺作となった「男と女 人生最良の日々」ですが、若い頃のイメージを損なう懼れなど気にせず、年老いた姿を見せ、それにふさわしい設定を拒まずに演じて、氏は生涯俳優であり続けたと言えるでしょう。本当の意味で生涯現役であったわけで、なかなかできることではありません。

 

【注1

たとえば、以下のように報じられています。

仏俳優ジャン=ルイ・トランティニャンさん死去 91歳 「男と女」「暗殺の森」「愛、アムール」など : 映画ニュース - 映画.com (eiga.com)

仏名優ジャン=ルイ・トランティニャンさん死去 91歳 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News

 

【注2

 

各作品のご紹介まで。

      

      作成・編集:QMS代表 井田修(2022619日)