キャリアチェンジのタイミング(4)

キャリアチェンジのタイミング(4)

 

 前回までは、入社後10年程度を目途にキャリアチェンジのタイミングを個人と組織のそれぞれの立場から論じてきました。個人にとってビジネスのキャリアは20年や30年、今後は50年程度の超長期にわたることが十分に予想できます。ビジネス環境におけるVUCAが指摘されて既に相当な時間が経っていますが、50年もの間ともなると、具体的に環境変化を見通すことはほぼ不可能と言っていいでしょう。

 とはいえ、ある程度の期間においてある程度の確かさをもって見通すことが可能な物事もあります。例えば、既にWEB3が始まっている現代では、働き方にも情報技術の革新が大きく影響しており、今後主流となる組織形態のひとつと目される自律分散型組織では、そこで働く特徴として次の5点が既に指摘されています(注4)。

 

どこで、いつ、どのように働くかに関する自律性の向上

より有意義な仕事をする自由

意思決定権の向上

異なる報酬体系

どこでも仕事ができる

 

 簡単にそれぞれの意味するところを説明します。

 まず、「どこで、いつ、どのように働くかに関する自律性の向上」というのは、1人の雇用主の下で週5日毎日8時間働くという20世紀の労働のスタンダード労働者が縛られなくなり、複数の雇用者との雇用契約(副業・複業・兼業)やプロジェクトごとの業務請負契約(フリーランス)などが当たり前になることです。この傾向は日本でも現実のものとなりつつあることは論を俟ちません。

次に、「より有意義な仕事をする自由」というのは、やらされる仕事(命令だからしかたなく処理する作業、金のためにこなす仕事など)をより少なく、労働者自身が価値を見出しビジョンに共感しミッションを実現したいと思う仕事をより多く任せることです。その選択権が経営者ではなく労働者にあるから「仕事をする自由」といえるのです。いわゆるワーク・ライフ・バランスの問題も、意味のない仕事が個人の生活を侵害しないようにするという点で重視すべき課題となります。ここでの経営者の存在意義は、労働者が有意義と感じる仕事をどれだけ組成できるかにかかっています。誰もやりたがらないことを仕事として命令するのではなく、働く人にとっ意味のある仕事を作り出すのが、経営者の仕事の中核をなす

「意思決定権の向上」は、経営の意思決定における民主化が進むものと解するべきポイントです。技術的には、WEB3の世界では11票で意思決定を行うことは可能ですし、個々人の成果への貢献度の違い(特に質的な違い)を反映させてテーマや分野ごとに1人ののウエイトを自動的に変えることもできるでしょう。言い換えれば、現場のことや技術動向に疎い経営幹部は1票のウエイトを極端に軽くすることで意思決定に実質的に関与できなくなる仕組みを構築することが十分に可能であり、むしろそうしなければ、適切な組織運営ができなくなる虞が大きいことを理解して、経営に当たる必要があります。もちろん、ただいるだけの管理職は、意思決定権を議論する前にその存在が失わるのが必定です。

以上のように仕事のやり方や組織や業績への貢献のしかたが個人々々違ってくるとすれば、その結果として「異なる報酬体系」を導入し異なる報酬を支払うことが合理的です。これまでも様々な仮想通貨が生み出されてきましたが、金融技術上の問題以上に仕事のやりかたや成果への貢献のありかたの違いから、より適切な報酬を表現するのにふさわしい仮想通貨が求められるでしょう。そして、その仮想通貨に裏打ちされた報酬体系を設計・運用する必要性が高まってきています。単純作業であればその作業に求められるスキルに応じた時給(グローバルな労働市場における賃金相場にリンクした者)でしょうし、新しい技術やサービスを開発したり収益化したりするプロフェッショナルであればその貢献度に応じたトークンが報酬となり、個人の事情に応じて他のサービスやプロダクツと交換されたり資産化されたりするでしょう。資産化のひとつの形態が現金であり、自社株であり、ストックオプションとなります。経営管理上は、こうした報酬体系に対応した会計基準の整備も不可欠です。

最後に「どこでも仕事ができる」というのは、文字通り、仕事をする場所を選ばず、居住地から勤務地に通勤するという拘束度の強い仕組みから労働者を解放することです。リモートワークやワーケーション、フレキシブルな勤務体系や週休3日制など、日本でも具体的な取り組みが見られるテーマです。

 

 こうした動向が一般的にあるとすれば、それに対応できない組織は社員がやめていったり新たに採用することが難しかったりするでしょう。例えば、リモートワークや副業などを一切認めず、週5日毎日8時間オフィスに出社して勤務することを絶対とする労働条件では、報酬が多少良くても、あまりに労働条件のフレキシビリティがなさ過ぎて、採用困難や現社員の退職を引き起こすことが十分に予想できます。

 また、組織が「より面白い、興味が持てる、やりがいのある」仕事の機会を提供できるかどうかも重要です。特にキャリア開発という点では、同じ仕事を長く担当しているだけでキャリアの閉塞感に陥りやすいのですが、その長く担当している仕事が、大して面白くもなく、興味が持てず、ただ処理するだけで、顧客どころか社内関係者からもこれといって感謝されることもない仕事であるならば、キャリアチェンジのタイミングなど無視して早急にキャリアチェンジに向けたアクションを具体的に起こすべきです。もし、そういう仕事を年単位で行っているのであれば、他の仕事に転換する能力が開発されず、蛸壺的なキャリアしか見通すことができなくなります。すなわち、キャリアのダウンサイド・リスクが極めて高いのです。

以前であれば、「経営者になりたい(出世したい)」というキャリアビジョンを持っていた人にとって、組織の階層を一段ずつ登っていくことがキャリアを実現していくことでした。文字通り、組織内でキャリアアップしていくことで経営者というゴールに至る道だったのです。その第一歩として、いわゆる雑巾がけの仕事を黙って耐えて遂行していくことが求められました。

しかし、今は違います。経営者になりたければ、自ら起業するなり経営者公募にエントリーするなりして、自ら経営者になるチャンスをつかみ取らなければ、経営者になれないどころか、何ものにもなれないというリスク(=キャリアのダウンサイド・リスク)を負うだけです。

掴んだチャンスを活かし、経営者として一定の実績を挙げることでしか、経営者としてのキャリアを高めていく道はあり得ません。そして、いずれかのタイミングで経営者の地位を退いて、投資家や経営者の支援者(エグゼクティブコーチや大学院などで次世代の経営者の教育に当たるなど)、政治家や社会活動家などの別のキャリアにチェンジしていきます。

つまり、経営者というキャリアひとつとっても、自ら主導権を握ってキャリアチェンジを繰り返しながら、キャリアを開発していくことが求められるのです。

この点は、出世を望まず、単なるサラリーマンで構わないと思っている人でも同じです。現代の組織の多くは、そういう価値観や行動原理を是認してその存在を奨励してくれるわけではありません。むしろ、できるだけそうした価値観や行動原理をもたない人を選んで採用したいはずです。既にいる社員にもそうならないようにしてほしいからこそ、リスキリングのプログラムやキャリアカウンセリングのサービスを提供するのです。

今や誰もがキャリアチェンジを迫られる時代です。何もしなくても迫られるものであるならば、自ら先手を打ってチェレンジするのが、一人ひとりの労働者にとって最も確実なキャリアリスクマネジメントと言えるでしょう。

そうであるならば、組織が社内外を問わずにキャリアチェンジの機会があることを表明し、個人は現在の組織でキャリアチェンジのチャンスがあるから、ここにいようと感じるのであれば、その組織は労働者に優しいと言えるのではないでしょうか。

 

【注4

WEB3の時代における自律分散型組織及びそこでの働き方については、「ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー『DAO(自律分散型組織)は働き方をどのように変えるのか』(2022513日、dhbr.net)に拠っています。

 

 

作成・編集:人事戦略チーム(2022530日)