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キャリアチェンジのタイミング(2)

キャリアチェンジのタイミング(2)

 

 個人にとって自分のキャリアを見直すタイミングとして奇数年次が重要であるというのは、従来から経験則として言われてきたものです。入社して、1年目、3年目、5年目、7年目がキャリアの節目となることに本人が(後で)気づくことがよくあります。それは新卒入社だけでなく、中途で入社した人にとっても同様です。

 

まず、入社1年目ですが、仕事の前に職場に馴染めるかどうかが問われます。馴染めなければ即日、退職ということも珍しくはありません。仕事に習熟できるかどうか、スキルは身についてきたかどうかということと、仕事が楽しいといえるかどうかは別物です。

仕事が楽しく職場に馴染めると思えるには、そもそも職場に行きたいか、行って楽しいと感じられた日があったかどうかが問題となります。仕事が楽しいというのは、(本質的には遊びでも同じかもしれませんが)遊びとは違い、自分が役に立っていると自覚できたり、仕事上できていなかったことができるようになったりすることです。少なくとも、自らの存在を無視されて放っておかれたり、学習する機会やツールもなく現場にいきなり放り込まれて叱責されたりというのでは、仕事が楽しいはずがありませんし、職場の一員として存在が認められていると感じられるはずもありません。

職場に馴染めて仕事をこなすことができれば、次は自分にとって何が価値のあることかが自覚することが望まれます。この自覚があれば、自分にとってのキャリアチェンジを間違える虞は低減するでしょう。

顧客・上司・同僚などに褒められることが喜びか、日々の作業をこなして給料をもらえば満足か(それはそれでけっこう大変ですが)、上司や先輩・同僚などとの人間関係の中で動くことが楽しいか、人によって価値があると感じられることは様々です。ポイントは、他者や組織の基準ではなく自分の基準で仕事をする上で重視している価値です。これを、できれば1年目から認識しておきたいものです。

ちなみに中途採用の1年目は、即戦力として期待されていると自認する一方で、同時にこの職場(部門、会社全体など)で支配的な価値観が自分に合っているか、少なくとも当面仕事をしていく程度には大きなズレはなく問題となっていないと言えるかどうかは、自問自答して確認しておきたいものです。入社前にその会社のことや仕事の内容などを調べてはいるでしょうが、実際との違いに折り合いがつけられるのかが問われます。もし無理な場合、事前の情報収集がうまくいっていないことを自ら認めることができないと、他者(職場、会社など)のせいにしてしまい、再度同じ失敗を繰り返す要因を作ることになりかねません。

同様のことは、もちろん、新卒入社時にも起こります。ある程度の時間と労力をかけてインターンを行ったとしても、会社の本音としてはインターンは学生であり、あくまでも「お客さん」扱いです。

以上述べてきたように、入社1年目は、仕事や職場に馴染んで、その価値観と自分の価値観に大きな隔たりがないかどうかを確認する時期です。その結果、仕事が楽しいといえるかどうかを自問すれば、キャリアの答えは自ずと出てくるはずです。

 

仕事や職場には慣れ、既に相応の戦力となっているのが3年目の頃です。仕事や職場に合っていなかった人は退職したり異動したりして疾うに去り、職場に残っている人は特に早急なキャリアチェンジが必要とは思っていないでしょう。その慣れや適合した状態がキャリアのエアポケットとなっているかもしれません。

 つまり、仕事や職場への慣れや適合性が高いほど、仕事が定例的な作業となっている可能性が高いのです。毎日、同じメンバーで慣れた仕事を処理していくなかで、特に意識しなければ、なんとなくこのまま順調にキャリアを積んでいくと思いがちです。最悪の場合、そのまま十年単位の時間が過ぎて、ある日突然、リストラの対象となったり、若手や後輩の社員から給料に見合う分だけ働いていないダメ社員と思われたりなりかねません。

そこで、たとえば、ジョブクラフティング(注2)といった手法を通じて、仕事や人間関係を見直すことが肝要です。また、自らのキャリアステップを具体的にイメージするには、ロールモデルと見做しうる上司や先輩を見つけ出すことも大事です。

こうしたことを試みてはみたものの、これといって具体的な仕事の見直しやロールモデルの発見につながらなかったとしても、何もせずに日々の仕事をこなすだけよりは、中長期的にキャリアを発展させるチャンスをつかみ取る可能性が高まるでしょう。自分のキャリアは自分で切り拓くというのは、就職活動をしている時には当たり前に思えても実際に仕事をし始めるといつの間にか意識しなくなりがちな視点です。3年目あたりのタイミングで、もう一度、この視点を身につけることを忘れないように心掛けたいものです。

 

さて、入社して5年目ともなると、キャリアに「間」が欲しい時期です。入社後の数年間ずっと仕事に集中した人ほど、ちょっと立ち止まる「間」が必要かもしれません。

仕事の面では、後輩が入社してきたり、自分が異動して新たな場所や職務に一度は取り組んでみて、それなりの結果が出始めている時期でしょう。そのまま現状の延長で仕事に取組み、昇進してマネージャーになったり、その先に自社の経営幹部となるのか、仕事を通じて何らかの専門性を身につけて更にそれを高めてある分野の専門家として活躍していくのか、キャリアの分岐点を意識し始める時期でもあります。

また、社内での異動や留学(海外、国内を問わず)など、キャリアの見直しが起こりやすいタイミングでもあります。実際、異動や留学がキャリアの転換点となることは、じつによくあることですし、実務から一旦離れてみて気がつくことも多々あります。これらもキャリアにおける「間」です。

このようなキャリアを見直すきっかけが特になくても、キャリアを振り返って見直すテクニックがあります。たとえば、転職するつもりで職務経歴書や自己PRを書いてみるという方法です。

仮に想定した会社(同業他社でも一般的に知名度の高い会社でもかまいません)に向けて、これまでの5年弱の経歴を顧みて、自認する実績や想定した会社に対してアピールできる事項を具体的に書いてみればいいのです。

転職にチャレンジする気が多少なりともあれば、作成したメモを基にダイレクトリクルーティングに登録してみてもいいでしょう。最終的に転職するかどうかは別にしても、自分が仕事を通じて成し遂げてきたことが、第三者から見てどの程度の価値があるものかどうか、オファーの有無や提示されるポジションや年収額などを通じて自覚するだけでも、キャリアを考えるきっかけになります。

こうしてキャリアにおける「間」を設けて自らを振り返ることが、次のキャリアを考えて開発する材料を得ることにつながります。

 

昭和の時代や平成前期ほどではありませんが、いまでも入社7年目前後ともなると、結婚や出産など個人のライフイベントが発生する確率が高くなる傾向(注3)にあります。四大卒の新卒入社の7年目から10年目にかけてこれらのライフイベントが平均して起こるとすれば、それに伴うキャリアの見直しも同時期に起こります。

ジェンダーギャップの問題などあるべき姿を論じてその実現に向けて行動することが重要であることは論を俟ちません。一方で現実の問題として、特に女性のキャリアについては、結婚および夫の異動に伴う転勤で退職せざるを得ないとか、出産及びその後の育児で退職しないまでもキャリアの中断が生じるなど、この時期はキャリアブレイク(断絶、中断)に直面する人が特に女性に多く見られます。

そうした時に、キャリアブレイクを通じて何らかの経験・スキル・学習行動(アンラーニングとラーニング)を身につけて、次のキャリアに活かすことができるかどうかが問われます。

従来は、こうしたキャリアブレイクは主に女性の問題と捉えられてきましたが、男性も育児休業や介護休職に多くが直面するため、誰にでも起こるものと捉え直すべきでしょう。むしろ、キャリアブレイクをキャリアチェンジの機会として積極的に受け入れるマインドをもつほうがいいでしょう。

転職に成功した人の多くが実感することのひとつに、他の業界や職種での経験が転職後の業界や職種で活きることがあります。一般に転職というと、同じ業界で同じ職種、少なくとも業界か職種は同じでないと、そもそも転職のチャンスすらないと思われるかもしれません。特に経験者採用とか経験者優遇と募集要項に表記されていると、その仕事の未経験者が未経験の業界から転職するなどあり得ないし、応募しても無駄な行為と思われるでしょう。

しかし、採用する側、特になかなか人材を採用できない会社というのは、経験者を求めてはいても、実は未経験者でも採用して戦力化するケースが多いのです。経験者だけでは人材不足をいつになっても解消できない以上、未経験者の戦力化ができなければ、会社の存続が不可能となります。

未経験者でも採用して戦力化する本当の理由としては、同じ業界の経験者ほど、実は使えない人材であるからなのです。というのも、同じ業界の他社から経験者が転職してくるというのは、こちらがヘッドハンターなどを使って相当なコストと労力を使わない限り、これはという人材に遭遇することはあり得ないからです。本当に自社の戦力となる人材は、今いる会社でも戦力ですし、戦力を容易に手放す組織というのはまずありません。

つまり、これまでに経験のない業界でやったこともない仕事にゼロからチャレンジすることは、実は人材をなかなか採用できない組織(特に一般的な知名度が不足しているとか設立されたばかりで採用活動の歴史がないなど)に就職する意思があれば、さほど可能性が低いわけではないのです。

このようなキャリアのゼロ・チャレンジは、本人が未だ気づいていないスキルやコンピテンシーを発掘し活用する絶好の機会でもあります。営業経験が皆無で経理や営業事務のような事務処理中心の仕事しかやったことがなかった人が、本人や家庭の事情などで営業職や販売職といった対面で仕事をしなければならない仕事に転じた際に、実は対人折衝能力が開花したり、もともと行っていた事務処理を相変わらず精確に行うことで単なる営業職・販売職を超える存在に成長して見せたりすることは、割とよく見られることです。

こうしたキャリアブレイクからゼロ・チャレンジというのは、本人は仕方なくやっていることが多いように思われますが、最初の就職では見えていなかった自分の能力や適性を再発見して新たなキャリアを歩むために、意図や計画をもって取り組むべきテーマなのです。

 

最後に、入社10年目というのもキャリアを考える上での大きな節目の一つです。10年目というのは、入社時に現実的に見通せる最も遠い未来とも言えますし、ゼロからキャリアを作り直すラストチャンスとも思われます。いかに寿命が延びて職業生活を送る年数が半世紀を超える人も珍しくはないと言っても、7年目のキャリアチェンジでも言及したようなキャリアのゼロ・チャレンジを行うには、投資した時間と労力から見て、10年以内でなければ元が取れないのではないでしょうか。

 

(3)に続く

 

【注2

ジョブクラフティングについては、一般向けの解説記事を参照してください。その例をいくつか挙げておきます。

ジョブ・クラフティングとは――実践法を解説 - 『日本の人事部』 (jinjibu.jp)

ジョブ・クラフティングで社員のやる気を高める|実施のポイントを紹介 JMAM 日本能率協会マネジメントセンター 個人学習と研修で人材育成を支援する

「ジョブ・クラフティング」の意味とは? 人材配置や育成に向けてのポイントや企業事例などを解説 | 人事のプロを支援するHRプロ (hrpro.co.jp)

 

【注3

厚生労働省「人口動態統計」より作成された以下の資料の該当するグラフ『平均初婚年齢と出生順位別出生時の母の平均年齢の年次推移』によると、2016年時点で、夫の初婚年齢は31.1歳、妻の初婚年齢は29.4歳、第1子出生時の母の平均年齢は30.7歳となっています。

参考資料 少子化関係資料 (cao.go.jp)

 

 

作成・編集:人事戦略チーム(2022429日)