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再検討を要するリスクマネジメント(6)

再検討を要するリスクマネジメント(6)

 

地震にコロナ禍にウクライナ侵攻とロシアへの制裁と、次々と大きなリスクが顕在化して、VUCAVolatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)を体験しているのが現実です。

J.K.ガルブレイスがその著書「不確実性の時代(The Age of Uncertainty)」(注5)において、経済・社会における不確実性が高まるなかで唯一確実なことは核戦争が起これば全て滅びること(注6)と述べた時代、すなわち1970年代から80年代にかけて核戦争のリスクが現実のものとして広く受け止められていた時代から、既に40年ほどが過ぎています。その21世紀前半は、不確実性(Uncertainty)だけでなく、変動幅が大きく(Volatile)、複雑性が増し(Complex)、意味が分かりにくい(Ambiguous)状況が当たり前になっている時代です。リスクマネジメントのありかたを再検討しなければならないのは、時代の要請でもあります。

より身近なところでも、たとえば玉ねぎの価格高騰(注7)など、個人の家計や飲食店などにとっては手痛い事象ですが、身近なものであるだけにけっこう予見しにくいものかもしれません。

こうしたさまざまなリスクに対応していくには、単にリスクを予見しそれらに備えるという旧来型のアプローチだけでは明らかに限界があります。予見可能なものは事前に万一の事態が起きた場合に備えることとしても、そもそも予見し難い事象には起きてしまったところでできるだけ迅速に対応するしかないでしょう。

典型的な例として、現在のコロナ禍への対応があります。ここから感染症一般への対応を教訓として引き出すことは可能ですが、個別の感染症は症状も感染のスピード(感染力)も重篤化の程度も治療方法も異なる以上、実際の対応方法も異なります。現に、コロナ禍とインフルエンザでは公衆衛生上も医学上もその取扱いは大きく異なります。

 

未知の予見していないリスクが顕在化した場合、まず行わなければならないのは、そのリスクファクターがどの程度のスピードでもって広がっていくのか、すぐに観察し短期的な見通しをつけることです。その上で、取るべき対策を順次実行していくことになります。

当然、対策を実行する過程で、随時、影響拡大の範囲やスピード及び企業経営上のインパクト(特にネガティブなもの)を見直して、適宜、新たな対策を打ち出したり、試行してはみたものの効果のないものはすぐに止めたりするなど、朝令暮改との誹りを恐れずに現場にできるだけ近いところで意思決定を行うことが求められます。ITシステムでアジャイル開発が主流となるように、リスクマネジメントにおいてもアジャイルな対応が不可欠です。

リスクマネジメントを機能させるには、アジャイル開発を機能させるのと同様に(注8)、プロセスやツールの問題よりも、時々刻々と変化する現場の情報を収集したり対策案を互いに投げかけあったりして組織的に活動できるかどうかが問われます。日頃から心理的安全性が十分に担保されている組織でないと、いざという時に動けないのはここに原因があります。

言い換えると、リスクマネジメントだから何か特別な哲学や手法があるわけではなく、通常のマネジメントで要請されるものをリスク管理の面でも実行していけばいいのです。

とはいえ、一般のビジネスパーソンにとって究極のリスクが会社の消滅(倒産、営業譲渡、事業停止など形態は問わない)であるとすれば、そこで慌てないためのリスクマネジメントは、常日頃からの組織的・個人的な学習とか知識のアップデートかもしれません。

リスキリングとか知識や常識のアップデートが個人も組織も求められる時代にあって、最も必要なのは学習のメタスキル(学習の習慣や手法を習得すること)を仕事や勉強を通じて身につけることでしょう。学習のメタスキルには、少なくともアンラーニング(学習棄却、学習したことを一度捨て去ること)とリスキリング(新たなスキルを改めて習得すること)が最低限の要素です。

キャリアにおいて万一のことが起きた時に役に立つという意味において、組織的にも個人的にも学習のメタスキルを獲得・活用していくことが正にリスクマネジメントと言えます。

有体に言えば、会社がなくなっても他社で食っていけるとか自営・起業でやっていけるスキルこそ重要なのです。それをいかに身につけることができるかという観点で会社選びをすることがVUCAの時代における個人のキャリアのリスクマネジメントには不可欠です。

 

【注5

もとは上下2500ページのハードカバーでしたが、現在入手可能なのは2009年に出版された文庫版です。

『不確実性の時代』(ジョン・K・ガルブレイス,斎藤 精一郎):講談社学術文庫|講談社BOOK倶楽部 (kodansha.co.jp)

 

【注6

相互確証破壊(Mutual Assured Destruction)という核戦争ドクトリンに基づきます。戦略核兵器を大量に保有する国同士でひとたび戦争が起これば、互いに相手を複数回滅亡させるに足る報復攻撃を行うことが確実に可能なため、互いに先手を打って核攻撃を行うリスクを冒すことができないとする考え方です。米ソ冷戦構造から生み出されてきたドクトリンであり、70年以上も経った今でも有効と思われます。

 

【注7

ちなみにタマネギの小売価格(1キログラム当たりの全国平均、データはAggregate社が提供しているjpmarket-conditions.comのサイトを通じて総務省統計局の小売物価統計調査の結果によるもの)の推移を20151月以降で見ると、200円を下回ることはなく、300円を超えると高値のピークをつけてきたのがこれまでのパターンであったことがわかります。ただ、過去のピークは8月が3回で3月は2019年の1回だけです。今回の価格高騰は、昨年の8月から始まり、価格が低下するのが通例の秋にも下がらず、むしろ11月以降は上昇が加速したことが価格の高さとともに異常ぶりを演出していると言えます。

 

【注8

システム開発におけるアジャイル化に関する課題と解決策の論考の一例として、次のものがあります。

『アジャイルを機能させるには心理的安全性が不可欠である~プロセスやツールばかりを重視していないか~』(「ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー」HP202247日付けで掲載されています。)

 

 

  作成・編集:経営支援チーム(202247日)