「古代ローマ帝国軍 非公式マニュアル」にみる普通の人を戦力化する要諦(6)

「古代ローマ帝国軍 非公式マニュアル」にみる普通の人を戦力化する要諦(6

 

以上、今からざっと2000年ほど前、地中海や黒海の周辺から北大西洋や北海の沿岸に至る大帝国であったローマ帝国を支えていたローマの軍団(最大で28軍団)、特にその大多数を占める歩兵について、普通の人が一人前の兵士として戦力となる要諦を説明してきました。そのポイントを改めてまとめてみましょう。

 

 第一のポイントは、ローマの歩兵軍団に入隊できる人のいわば採用条件です。ローマの軍団が考えていた兵士となりうる「普通の人」とは、次のような条件を満たす人です。すなわち、ローマ市民権を持っており、独身で、五体満足で健康であり、身長が所定(5フィート10インチ)以上で、男性性器がそろっており、視力がよく、人物がきちんとしている(しかるべき紹介状がある)人であることが求められます。

 身長や視力といった身体的な条件については、当時どの程度容易に満たすことができたのかわかりませんが、相当程度に満たすことができる人がいたはずです。そうでなければ、常時13万人もの兵士を擁して、そのほとんど全てを帝国の周縁地域に配置することはできなかったでしょう。つまり、採用条件は、特に優秀な人材に絞っていたわけではないはずです。

ちなみに、一般の兵士ではない、将校クラス(百人隊長以上軍団長以下)の兵士は、一般から登用された人もいたようですが、その多くは有力な家柄に生まれるなど、入隊当初から別枠(エリート)扱いで、一般の兵士とは異なる昇進ルートにあったようです。

次に、ポイントとなるのは、入隊したばかりの普通のローマ人を戦う兵士に鍛え上げる訓練です。具体的には、行進、柱相手の戦闘訓練、ピルム訓練、跳馬、演習の5種類です。いずれも肉体的にきつい訓練ですが、訓練もじきに習慣となり、大半の兵士は文句を言いながらも、訓練をこなせるようになります。訓練とともに軍団における日常生活にも次第に慣れていきます。

 第三のポイントは、軍団生活におけるルーティーンです。起床、朝食、朝礼、歩哨、雑役、訓練、夕食、装備点検、入浴・就寝、夜警といった日常生活を滞りなく行うことです。どれも、特殊な才能が必要であったりアドレナリンを放出して一心不乱に集中して取り組んだりするようなものではありません。普通の人々の日常に過ぎません。

 これらの訓練も仕事(=軍団陣営での日常生活)も、できて当然のルーティーンですから、ローマの軍団兵は問題なくこなしていたのでしょう。しかし、それでは、毎日戦闘があるわけでもないため、仕事(ルーティーン)に飽きてしまい、戦う集団としての規律が保てなくなるのではないかと危惧されます。

 それを防止するのが第四のポイントです。組織の構造と運営実態、特にフラットな組織の中で具体的な仕事を変えることで日常生活に刺激を与えているのではないかと思われます。

ローマの軍団の組織構造はピラミッド型のようでいて、実は第一線の一般の兵士からトップ(軍団長)までの距離が短いフラットな組織です。従って、いわばエリートである将校一人ひとりの顔がわかり、日頃の言動も知っているわけですから、現代の言葉で言えば、リーダーシップやマネジメント能力と表現するものを間近に見聞してその将校の評価を下すことができます。一般の兵士から強く支持されている将校であれば、ローマ帝国内での地位も上がる可能性が高まります。ときには、軍団長(属州総督)から皇帝の地位に就いたり、特定の軍団の支持がないために皇帝から失脚したりすることも起こりえるのです。

もちろん、将校と兵士の間の関係がいつも緊張状態にあるわけではないでしょう。日常的には、仕事を変えることによる刺激が一般の兵士のモチベーションを維持・向上させたり、同じ兵士同士の内部競争を煽ることのない仕組みを運用したりすることで、軍団を運営するのに必要な仕事に興味や関心を向けさせることも重要でしょう。

辺境地域に駐屯し周囲は敵ばかりといった立地条件や、歩兵集団戦術の重視といった戦い方の徹底ぶりも、ローマの軍団を機能させた大きな要因ではありますが、同様の戦略上の要因は他の帝国(たとえば中国)でも同様です。現代の企業でも、似たり寄ったりの状況にある例は数多いでしょう。

そうした状況では、少数の天才的なリーダーが存在するだけでは、ある一時期は隆盛を誇っても長続きはしません。相当の期間、それなりに存続し栄えることができるように体制を整備するには、やはり普通の人を戦力化して安定的な戦い方ができる能力を組織的に生み出すことが必要です。そのヒントがローマの軍団のありかたから4点ほど確認できたのではないでしょうか。

 

作成・編集:QMS 代表 井田修(2021811日更新)