「古代ローマ帝国軍 非公式マニュアル」にみる普通の人を戦力化する要諦(2)

「古代ローマ帝国軍 非公式マニュアル」にみる普通の人を戦力化する要諦(2

 

 普通の人を戦力化するという、その「普通の人」とはどのような人なのでしょうか。その点をローマ軍に入隊する際に求められる条件から確認しておきましょう。

 

・ローマ市民権を持っていること

・独身であること

・五体満足で健康であること

・身長が5フィート10インチ(注2)以上であること

・男性性器がそろっていること

・視力がよいこと

・人物がきちんとしていること

(「古代ローマ帝国軍 非公式マニュアル」(フィリップ・マティザック著、安原和見訳、ちくま学芸文庫、2020年筑摩書房刊の日本語翻訳版)1721ページより)

 

 第一の条件は形式要件とでもいうべきもので、ローマ市民権を有している独身男性であることです。言い換えれば、奴隷や異民族などローマ市民権を有していない者や女性は入隊資格がありません。独身というのは、ほぼすべての軍団の駐屯先・派遣先がローマから遠く離れた地域であるため、婚姻関係が維持できないと思われているためかもしれません。ちなみに、既婚者が入隊を希望し認められると、離婚となるようです。

 第二は肉体的な条件で、五体満足で健康で、身長が高く、視力がよいことです。戦闘行為の結果、怪我をして五体満足とは言えない状態になったり、白内障などにより視力が低下したりした場合は、除隊となります。背の高さは、ローマ軍の基本的な陣形(テストゥドと呼ばれる亀のような密集陣形)を構成するにはある程度、体格の均一性が求められる故かもしれません。また、年齢は条件となっていないとはいうものの、若年者や高齢者は想定されておらず、健康な成人であることが求められているようです。

 第三に、身分がしっかりと社会的に保証されていることです。そのことを示すのに推薦状の提出が必須です。古代ローマ社会では、軍人に限らず、広く推薦状をもって就職などの際に人物保証を行っていたようです。この推薦状は社会的な身分が高い人に作成してもらうに越したことはありません。

 現代でもそうですが、就職(転職)や留学に際して推薦状を記述してくれたり身元を引き受けてくれたりするような人が存在するかどうかが、どのような文言で記述されているかよりも、まずは問われます。自分のことを推薦してくれる人がひとりやふたりいないようでは、そもそも社会的な信用があるとは言えないでしょう。そのうえで、推薦状の表現などをみれば、ある程度はどのような社会階層の出身であるかも推測がつくかもしれません。

 なお、推薦状の内容や他の要件を含めて、入隊希望者は面接の際に審査されることになります。そこで虚偽の記載が明らかになったり検査結果が要件を満たしていなかったりすれば、不合格となるだけでなく場合によっては懲罰の対象となることもあります。この辺りは、履歴書などに虚偽記載があれば後日、内定が取り消される現代の就職活動ともイメージが重なります。

 

実際に入隊するには、入隊したいと希望する軍団が新兵を募集していなくてはなりません。つまり、そもそも軍団に空きがない状態では、入隊できないことになります。ローマ兵に志願し入隊が認められるということは、それだけで入隊のチャンスをつかむことができた幸運な人でもあるのです。

名門の家系に生まれたわけではない一般の男性ローマ市民にとって、ローマの軍団に入隊することは、現代の就職のように学歴や職歴を問われることがなく、年齢要件もないオープンな就職機会と捉えれば、それなりに有力なキャリアのチャンスと思われていたのかもしれません。

ローマ皇帝や貴族といったいわゆる支配階級に属する人々にとっても、軍人(司令官)となって相応の軍歴を挙げることが出世の第一歩となります。実際、ローマ皇帝の多くが軍人出身です。普通の人にとって「〇〇皇帝と同じ軍団にいて一緒に××戦争を戦った」といった話ができることも、入隊の有力な動機となっていたのかもしれません。現代の企業でも、若い頃に現CEOと同じプロジェクトで頑張ったと自慢する人たちと同じようなものでしょう。

 

(3)に続く

 

【注2

当時は現在よりも1フィートが3分の1インチ程度短いため、現在の約173センチに相当します。

 

作成・編集:QMS 代表 井田修(202175日更新)