· 

リモートワークにおけるリーダーシップ(8)

リモートワークにおけるリーダーシップ(8

 

ここまで7回にわたってリモートワークにおけるリーダーシップのありかたを検討してきました。一般にリーダーシップを発揮すること自体を再考すべき時代である上に、リモートワークという新たな状況に対応する必要があるために、より問題が多く目立っています。そこで、改めてリモートワークから生じている問題点を再掲しておきます。

 

・物理的に同じ場を共有していない

・時間的にも同じ場を共有できないこともある

・コミュニケーションの際に言葉以外の要素が極めて弱い

・特に表情やボディランゲージなどの非言語的な要素が受けとめられにくい

・テンポよく次々と意見やアイデアが出てくることが難しい

・情報を伝えようとする側から見ればこちらの伝えたいことが本当に伝わったのか実感が得にくい

・情報を受け取る側も相手が何を言いたいのか伝わりにくい

・それらの結果として知識の共有が進みにくい

・いっしょに働く仲間としての意識とかパートナーシップといったものが醸成されにくい

・一人ひとりが孤立化して燃え尽きるのを止めることが難しい

・仕事の成果を評価するのが難しい

・情報漏洩やハッキングなどの対策としてセキュリティの強化・進化と働く人々への信頼感の両立が容易でない

・個人の住居などオフィス化することに伴う経済的な補償が適切かどうか不明な場合もある

・そもそもリモートワークに必要なツールを使えない人がメンバーの中にいる(使おうとする気がない人がいる)

 

これらの問題点がある中で、立場上リーダーとならざるを得ない典型的な例として、本稿ではミーティングの主宰者を採り上げました。

リーダーの第一の仕事はミーティングという場の設定をすることです。いわゆるアジェンダの設定や参加するメンバーの選択や日程調整などを自ら行い、技術的なことがわからないのであれば、できる人を動かしてやってもらうのが、リーダーの第一の仕事の内容です。

ミーティングに参加するメンバーを選ぶということは、ミーティングのアジェンダに沿ってリーダーとともに行動して欲しいフォロワーを選ぶということです。フォロワーには、ミーティングのリマインダーを前日に通知します。その際に事前に目を通しておいて欲しい資料などがあれば添付して、選ばれたことを自覚してもらいます。

ひとたびミーティングが始まったら、リーダーは他のことはすべて措いて、自分のしゃべりすぎを注意しましょう。直接の対面での会議でしばしば見られるように、目標未達であったり、何か失敗があった人を吊るし上げるようなミーティングは、対面でも行う価値があるとは思えませんが、リモートで行う意味は全くありません。

リーダー(ミーティングの主宰者)が忘れてはならないのは、自己満足を得ることではなく、フォロワー(ミーティングに参加しているメンバー)がミーティング終了後に期待される行動をとってくれるようにもっていくことです。そのためには、フォロワーに疑問や納得がいっていないことを言語化してもらわなければなりません。

リーダーは書面などで明確に言語化して伝えるべきことを適切に伝えることが必要です。コミュニケーション・スキルというと、スピーチやプレゼンテーションを重視するように思われるかもしれませんが、リモートワークで最も必要なのはきちんと読み手に伝わる文章を書くスキルです。リモートであるからこそ、口頭表現やボディランゲージに頼ることなく、誤解なく的確かつコンパクトに相手に伝えるべきことを伝えるには、メールにせよPDFファイルを添付するにせよ、言葉で書いて表現することが必須です。

これはフォロワーについても同様です。何か異論・反論や意見・疑問などがあるのであれば、その内容を文章にして関係者に伝えることが求められます。こうした文章は、あくまでビジネス文書ですから、必要に応じて数字や図表といったものも活用しますが、基本は言葉を書くことで表現されます。

こうしたやりとりが促されるには、心理的安全性が担保されていなければなりません。そのために有効なコミュニケーション・スキルとして、聴くスキル、いわゆる傾聴力があります。画面越しには感じ取れないかもしれませんが、フォロワーが疑問や不安に思っていること、どこか納得していない様子などを感知するには、ミーティングに参画しているひとりひとりの仕事について、リーダーが興味や関心や好奇心を強くもって話を聞きたいと身を乗り出しているかどうかが問われます。

 

次に、ミーティングを主宰する以外の場面でリモートワークにおけるリーダーシップのありかたを考えてみました。例えば、日常的にデスクワークをしている最中に、新入社員とかまだ経験の浅い若手社員が上司や先輩から明日の定例会議のための資料作りを指示されたが、どこから何に手を付けたらよいのかわからず、すぐに行き詰ってしまった状況で、どのようにリーダーシップを発揮すればよいのでしょうか。

理想論を言えば、新入社員であろうと経験が浅い社員であろうと、派遣社員や社外スタッフであろうと、自分で自分の仕事にリーダーシップをもって、わからないことはわからないこととして、周囲の同僚や先輩などに訊くことです。同時に、助けてほしいときに同僚たちが我先に助言してくるように促したり、リーダー自ら「困っている」「助けて」と発信・発言することで困った時に質問をしやすい雰囲気を意識的に醸成されていることが望まれます。

現実的に考えれば、リモートワークを行っている状況下では、部下や社員ひとりひとりに目が届くことはありえないでしょう。組織上のリーダーが仕組みやルールで対応できることといえば、就業時間以外は電話・メール・Zoomなどから完全にフリーにして仕事から切り離すことや、一人ひとりが孤立化して燃え尽きるのを防ぐためにアンケート調査やウェアラブル・ディバイスなどを活用して定期的に心身の就業状態をチェックすることといったところまでです。

 これでは上司や先輩はリーダーらしいことを何もやってくれないと思われるかもしれません。特に、リーダーシップをリーダーが何らかのメッセージを発して、そのメッセージに沿って人々を動かすことと理解しているのであれば、何も指示・指導せず、自分がわからないと部下に訊くような人がリーダーであるはずはありません。

但し、企業経営者や経営幹部の圧倒的大多数は、ここで求められるレベルでメッセージを発信するスキルを有しているとはとても思えません。社員を相手に何かメッセージを発したり、質疑応答などを通じて理解してほしいことをきちんと伝えるスキル、いわゆるスピーチやプレゼンテーションを行うスキルが不足している以上に、語るべきものがないことを問題として指摘すべきかもしれません。

リモートワークでない時ですら、自社の事業戦略とかミッションやバリューが社員の心に響き、日々の行動に落とし込まれていたのでしょうか。リモートワークとなっても、特にミッションやバリューを現実の行動につなげる新たな工夫や仕掛けを行っていないのであれば、それらは完全に名目に過ぎないことが明らかです。

結論として言えるのは、リーダー自ら「困っている」「助けて」と発信・発言するように習慣づけておき、他の社員も困った時に質問をしやすい雰囲気を醸成しておくこと、個々の社員もフォロワーの立場に甘んじることなく自分の仕事のリーダーとしてわからないことは自ら関係者に訊ねること、これらを互いに毎日試みることが有効でしょう。

 

ここまで述べてきたことは社内での話でしたが、基本的には社外の関係者、顧客との商談や外部スタッフなども交えてプロジェクトを進める場合などにも当て嵌まります。

リモートワークを通じて商談を進めようとすると、顧客はその場のノリで購入を決めるよりも、もともとも提示されていた価格の妥当性や正当性に疑問を抱き、価格だけでなく品質や機能などにも不安を抱く虞があります。直接、製品やサービスを手に取って確かめることができない以上、顧客が抱いた不明なことや不安な点にとことん付き合って不満や不安を解消するのが、顧客に対するこれからのリーダーシップのありかたでしょう。

その上で、顧客が購入を決めた後でも、事前に収録した映像やスペックを記した文書ファイルなどを閲覧可能にしておき、いつでも不安な点や不明なことを顧客自身が自ら解消するように行動を促すことも、営業のリーダーシップとして必要です。営業を行う側がプッシュするのではなく、顧客に選択権をもたせたり、必要な情報にいつでもアクセス可能な状況を設けて、不安や不満を解消できるようにしておく仕掛けが求められます。

このとき、顧客との関係性によって提示するコンテンツは変わってきます。関係性が薄いとか全くない場合、すなわち「一見さん」で初めて購入しようとしている顧客(その時点ではまだ顧客ではない人)に対しては、広く浅く(マス)から次第に求めているものを絞り込むような仕掛けが必要です。既に一定の関係性が出来上っている顧客には、これまでの購入履歴から次のオススメを提示したり、他の顧客との交流の場(リモートでもリアルでも)に招待するといった、より深く個別性の高いアプローチが妥当でしょう。

いずれにせよ、営業担当が個々に仕掛けるというよりも、営業体制のなかでシステム化された仕掛けが効果を発揮するものです。したがって、営業のリーダーシップは、そういった仕掛けを作り出し、その効果を検証して、次の仕掛けへの洞察を得るなかから発揮されるものです。

その際に、決定するまでの説明や交渉で用いるものは、文書に限らず、映像、音声、数字やグラフなど、ICTを活用してリモートでやりとりすることが可能なものを何でも用いるとともに、その結果やコンテンツもすべて残して事後にアクセスできるようにしておきます。また、購入条件や付帯条項などもすべて商談の中で決定したものは、PDFファイルをFAXや郵送物の代わりに活用して修正不可の形態で取り交わしておきます。

いわゆる腹芸や口約束はリモートワークでは通じません。必ず、文書化し記録を残すことが肝要です。具体的にリモートで商談を進める場をセットするのであれば、そのときまでに用意しておくべき書式や説明資料などを事前に相互に取り交わして確認したり、メールでやりとりするなどして事前に内容を細部まで詰めておくことが、営業がリーダーシップを発揮することに他なりません。もはや営業というよりもコーディネーターと呼ぶ方がふさわしいかもしれません。

外部スタッフなどを交えてプロジェクトを進める際も顧客への営業活動と同様です。ただし、参画するメンバーの立場が商談のときよりも複雑になるので、リーダーシップを発揮するとはいっても、表面的には単なる調整役に見えるような動き方をすることになるでしょう。

 

リーダーシップが問われるのはリモートワークに迫られたからではありません。政治にせよ経済にせよ、また日常の暮らしの中にせよ、地球温暖化や経済的な格差の拡大など国家を超えるような課題について取り組むにせよ、どのような局面においてもリーダーシップのありかたが問われています。言い換えると、リーダーシップがうまく機能していないから多種多様な課題を解決するに至らない現実があります。

 さらに言えば、リーダーシップが効果的に機能する以前の問題としてまず、リーダーシップについての誤解があることを指摘できます。たとえば、優れたリーダーシップを有する個人が存在するといった誤解があります。リーダーシップは個人的な資質や天賦の才というよりも、他の人に移転可能なスキルです。また、一気に課題を解決してくれる人を求める状況にピタリとうまく嵌まった人を事後的にカリスマと呼ぶにもかかわらず、課題を解決する前からカリスマを求めるというのも、一種の誤解です。

リーダーとヒーローの混同も、実によく見られるリーダーシップに関する誤解のひとつです。ヒーローは、個人として自ら高い成果を挙げた人です。スポーツにせよ、企業業績にせよ、その人個人の力で出した結果から判断されるものです。しかし、ヒーローはリーダーではありません。リーダーは個人ではなく、チームが成果を出せるように必要な方策を採る人です。

リーダーはイノベイティブな仕事を推進し、マネージャーは既に確立した仕事を管理するという、リーダーとマネージャーを区分する考え方も、誤解のひとつです。リーダーとマネージャーを区分するのは旧来の考え方としては理解できますが、今の時代、マネージャーが担うマネジメントに、イノベーションという考え方が不要ということはありません。

むしろ、日々の仕事を社外のイノベーションを取り込むなどして改善し続けることなしには、オペレーショナル・エクセレンスの追求・実現は不可能です。GAFAに代表されるイノベーション志向の巨大企業が成功し続ける理由のひとつに、現実の仕事におけるオペレーショナル・エクセレンスを非常識なまでに追求することが挙げられます。今は日々の仕事にすらイノベーションが求められる時代であるからこそ、マネージャーがイノベーションにリーダーシップを発揮するか、少なくともイノベーションを理解してその実現を邪魔しないようにチーム内の合意形成を図るような形でリーダーシップを発揮することは必要です。

リーダーに求められるものとして、コミュニケーション能力の高さ、特にスピーチの能力の高さがあるというのも、誤解かもしれません。リーダーにコミュニケーション能力がなくてよいと言っているわけではありませんし、リーダーシップを発揮するにはコミュニケーションのスキルは必要不可欠です。

とはいえ、仕事の場面でリーダーシップを発揮するのに必要なコミュニケーションは、TEDでのスピーチとは異なるものです。一緒に仕事をする人たちは単なる聴衆ではありません。ましてや、ヒトラーやケネディのようなカリスマ的な政治家のスピーチを日常の職場で行う必要性もありません。

ミーティングを主宰する例で言及したように、リーダーシップを発揮するのに必要なコミュニケーションとは、まずは聴くことです。○○の仕事を××までにこうして欲しいとフォロワーに言う前に、それぞれのフォロワーの事情や抱えている問題などを把握することからリーダーシップを発揮することが始まります。そして、仕事を進める上での障害があれば、それを取り除くために必要な経営資源を調達すると約束するとか本人が解決できるヒントを助言するといったことがあってから、具体的な仕事の話につながるでしょう。

 

リーダーシップにはいつも機能する何らかの「正解」があると思っているとしたら、それがそもそも誤解なのです。生まれながらのリーダー、救世主、カリスマ、ヒーロー、イノベーションの旗手、スピーチの名手、こういったリーダー像は現代においてはリーダーシップの正解ではないことを改めて強く認識しておきましょう。

こうした旧来のリーダー像では今のリーダーシップを機能させることは無理であることは自明です。その一方、リーダーが黙ってやりかたや行動を見せるだけで、フォロワーはそれを盗んで試みるといった「背中を見せる」スタイルも、リモートワークではまともに機能するはずがないと言わざるをえません。

本来、リモートワークを行っているかどうかに関係なく、リーダーシップは組織で仕事を進めていくのに必要不可欠なものです。そのことに異を唱える人はまずいないでしょう。

業務指示や命令をリーダーが公式に発さなければ動かないチームでは、変化の激しい現代において期待される成果を挙げることは困難です。フォロワーが置かれている(と意識的・無意識的に感じている)状況を手早く理解し、その認識をフォロワーと大筋で一致していることを確認しておくことが、チームとして仕事を進めて成果を挙げるに至る早道です。そのために効果的な仕組みや仕掛けを作ったり、チームメンバーがものを言いやすい環境を生み出したりするのが、リーダーシップを発揮することに他なりません。

 

作成・編集:経営支援チーム(2021615日更新)