コロナ禍を考える二つの戯曲~「白い病」と「疫病流行記」を巡って~(3)

コロナ禍を考える二つの戯曲~「白い病」と「疫病流行記」を巡って~(3

 

「疫病流行記」は、寺山修司の他の多くの戯曲と同様に、タイトルの下に次の引用があります。

 

疫病患者の出た家の扉は、

すべて釘づけにされた。

そして釘づけにされた扉の中では、新しい世界がはじまっていたのだ。

(デフォー)

(『新装版 寺山修司幻想劇集』「疫病流行記」245ページ)

 

「疫病流行記」はダニエル・デフォー「ペストの記憶」に着想を得るとともに、引用中にある“釘づけにされた扉の中ではじまった新しい世界”を21場に亘って見せるものです。その『第1場―釘男』(芝居全体のオープニング)を以下にご紹介します。

 

一人の半裸の男が現れて、ステージ中央に一本の五寸釘を打ち込む。

場内、その音と共に暗くなる。

 

この劇で用いられる、釘を打ち込む行為は、さまざまな意味に換喩されながら、もう一つの台詞の役割を果たすものでなければならない。

 

打擲言語

舌留

暗黒打楽器

自己発電動力

肉体句読点

密閉工作

音暗号

招霊打

 

暗闇の中に現れた二十人の全裸の男が、床に五寸釘を打ち込みながら、歌劇のように読みあげてゆく。

 

ペスト コレラ 天刑病 赤痢 黒死病 腸チフス ジフテリア 疫病 疱瘡 紫斑病 猩紅熱 麻疹 風疹 ハシカ 栗粒湿疹 蠟燭病 傷寒 飢餓熱 マラリア 瘧 赤斑病 綿吹病 疥癬 トラコーマ 耳下腺炎 丹毒 狂犬病 肝臓ジストマ 花粉喘息 黒穂病 敗血症 黄熱病 人面瘡 ジフィルス 淋病 飛蚊症 ウロボロス 症候群白癩 麦角中毒 腺ペスト 水瘍種 象皮病 黒血病 天然痘 狼瘡 末端肥大症 血友病 バセドー氏病 蕁麻疹 狂水病 癲癇 四日熱 遺尿症 眼瞼麦粒腫 回帰熱 カタレプシー 亀背病 蒙古斑 ハクシーネ 破傷風 蟻走病 バンピール氏症

 

一瞬、マグネシュームが発光する。

おびただしい消毒の匂いが立ちこめる中で、一本の電柱の電球がともる。すると、その下に大きな荷物を持ち、帽子を真深にかぶった少女がひとり、立っているのである。

 

(『新装版 寺山修司幻想劇集』「疫病流行記」247248ページ)

 

冒頭の釘を打ち込む音は、歌舞伎で言えば拍子木を入れる音でしょうか。アングラ演劇と呼ばれていた寺山修司(天井桟敷)の芝居も、物を叩く音で幕が開きます。

続いて、真っ暗な舞台において金槌を叩きながら次々と単語の台詞を読みあげていく手法は、「改訂版 ハノーヴァの肉屋」(4)のオープニングで体験したことがあります。その時は、金槌で叩きながら発光もしており、これは演劇だとわかってはいても、逃げるに逃げ出せず、体も心も固まってしまった記憶があります。

「疫病流行記」における釘を打ち付ける行為は、コロナ禍にある私たちにとって正にロックダウンを意味するように思われます。昨年の武漢では文字通り、個々の家のドアに釘を打ち付けて外出禁止にしていたことを想起せざるを得ません。

 

2場以降、疫病が流行っている南洋のとある港町のさまざまな情景が次々に描かれます。

 

「不死の犬商会」という剝製屋の夫婦と陸軍野戦病院を探す迷子の少女、植民地キャバレー「商船パゴパゴ」の経営者で男装の麗人・魔痢子、鼠捕り屋の母子、交互に箱を金槌でたたき合う二人の男(麦男と米男)、南方幻燈機売り、「商船パゴパゴ」のホステスたち、魔痢子に飼われているビルマ亀という名の元日本陸軍中尉、箱の上に寝そべる一人の女と歯科医、元羅針盤売りの人形操り(のちに刑事となって再登場)、主人と召使(の練習をする息子と母親)、わすれられた少女、魔痢子に事情をきく刑事、「あたしの名前は、病気です」と麦男と米男に告げる令嬢(迷子の少女)、宙に舞う包帯で少年を縛る娼婦、箱の中に自己を軟禁する男、疫病オペラ、時の経過、謎(ストーリー)解きを試みる探偵、謎を語る俳優たち、大滅亡の集団狂舞、ステージを覆う死体の山から旅立つ米男……

 

この作品は「白い病」とは異なり、明確なテーマを提示して観客に考えさせるものというよりも、舞台美術や音楽・音響効果(注5)なども含めて、疫病が流行っている街を観客自身が彷徨う体験をするようなものと思われます。こうした情景の中からコロナ禍の現状を捉え直すヒントをいくつかピックアップしてみましょう。

ひとつは、ロックダウン状態に置かれている人々のありようについてです。単に自宅に引き籠もるだけでなく、自宅の中で更に箱に閉じ籠る自己軟禁というものが出てきます。箱を叩き合う米男と麦男や、ビルマ亀とも同じく、その軟禁ぶりはマゾヒスティックです。流行している疫病というのは、ウイルスや細菌といったものに起因する現実の病気というよりも、戦争で負けて卑屈な存在となって自らを虐げる男たちの存在そのものとか、その精神のありかたが病気と見えます。

次に、キャバレーや娼婦など、いわゆる接待を伴い飲食業や接触が不可避のサービス業の女性たちが、生きていく存在として描かれています。疫病は流行していて、それに罹患しているようであっても、しっかりと生きているように見える姿は、箱に籠り自己軟禁に至っている男たちとは対照的です。

そして、この疫病はどうも旧日本陸軍が開発した兵器ではないのか、それが戦後、市中に広まったのではないかという謎(ストーリー)が浮かび上がってきます。新型コロナウイルス感染症についても、中国で開発されたものであるとか、アメリカで開発されて中国に持ち込まれた一種の兵器であるといった、都市伝説的な話を耳にすることもあります。仮に、そういった謎が事実であったとしても、それが疫病の流行の原因であったり謎解きで流行の終焉を迎えたりするわけではありません。むしろ、謎の究明に注目が集まったりエネルギーを注いだりしているうちに、取り返しのつかない大流行(この戯曲では大滅亡の集団乱舞とステージを覆う死体の山で表現されます)となってしまうことのほうが悲劇的です。

最後に、一見ストーリーらしきものが明らかになったようでいても、そのことにどのような意味があるのかどうかが問われる気がします。役から一人の人間に戻った俳優たちが最後に自分の言葉で語るように戯曲は要請します。コロナ禍の今、このラストの問いかけは、亡くなってから40年近くにもなる寺山修司がまるで生きていて、新作として「疫病流行記」を書いたのではないかと思わざるを得ません。

 

(4)に続く

 

作成・編集:QMS代表 井田修(2021326日更新)

 

【注4

19855月に中野駅南口に当時あったスタジオあくとれで岸田事務所+楽天団が上演したものを鑑賞しました。この作品では肉屋が舞台であるので、「疫病流行記」のような病気の名称ではなく、肉の部位や肉製品の名称を読みあげながら金槌で床などを叩くものでした。

 

【注5

この芝居の音楽を始めとして他の寺山修司の演劇作品の音楽も数多く手掛け、天井桟敷解散後は演劇実験室⦿万有引力を主宰して寺山作品を中心に演劇活動を行っているJA•シーザーについては以下のサイトをご覧ください。

ABOUT | index (wixsite.com)

氏が担当した「疫病流行記」の音楽については次のサイトを参照してください。

J・A・シーザー 疫病流記(Official Trailer) - YouTube