組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー(3)
(3)組織デザインに何から着手すればよいか
さて、組織を変革する目的は、そこで働く人々の行動を変えていくことであるとして、実際にはどのような着眼点や手順で組織デザインに取り組んでいけばよいのでしょうか。
組織の形や必要な機能という点では、組織の外(外界)との接点とうまくやっていくことができるようにデザインする必要があります。本書では、その外界との接点を7Cとして提示しています。
外界からの接点から組織デザインを始めるのが基本である。外界との接点がうまくいくようになって初めて、社内のいろいろな問題に対応するという順序で進める。(中略)
ここでいう「外界」は市場という捉え方とは違うし、また、顧客だけでもない。「外界の7C」と言うことができるだろう。すなわち、Customer, Client, Competitor, Cooperator, Community, Control,それに自社すなわちCompanyの7つのCである。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」47ページ)
これらは、競争戦略について考えたことがある方であれば、一度は耳にしたことがあるはずの単語であり、自社とそれぞれのCとの関係を規定するのが組織デザインの始まりです。
ここで注意したいのは、それぞれのCがさまざまに変化する、それも急激に変化することが日常的に起こるのを前提に組織デザインに当たらなければならないことです。この変化は、あるCに位置付けられていた企業が増減するといった程度では済まず、Clientだった企業がCompetitorになったり(日本の製薬会社の販売網に自社製品を流していた外資系製薬会社が自社販売網を整備して提携していた日本企業のライバルになるなど)、CooperatorがCompetitorに転じたり(電池やモーター等の部品を納入していた企業が電気自動車全体を自ら製造するなど)といった、いわゆる業界の構造を変える事象までをも含んでいます。
言い換えれば、ある時点では自社とそれぞれのCとの関係が完璧に整った組織を、組織のハードの面でもソフトの面でも作り上げることができたとしても、それぞれのCは遅かれ早かれ変化してしまうので、できあがった組織を次の瞬間から再構築しなければならないです。
従って、組織デザインに際しては次のようなボキャブラリーを肝に銘じておくべきです。
ボキャブラリー16
過去、現在、未来を通じて「正しい」組織を求めない。変化できる組織を志向する。
ボキャブラリー17
組織は永続しないもの、そう割り切るほうが賢明である。
今年の3月に刊行された本書はコロナ禍が世界を席巻する前に脱稿していたことでしょう。にもかかわらず、組織の永続性を否定し、変化に適応できる組織を求める言葉を明確に提示しています。
コロナ禍への対応、コロナ時代における事業や雇用のありかたなど、今年ほど環境変化の急変にすべての企業が対応を迫られた年はなかったでしょう。正しい組織とか永続的な組織といったものが、いかにあり得ないものであるか、倒産やリストラの速報を一見すれば理解できます。
とはいえ、何でもいいから組織を変えればいいというわけではありません。それでは組織デザインではなく、単なる組織の破壊や解体になってしまいます。そうならないように、何に注意すべきでしょうか。
ボキャブラリー10
組織の「美意識」に注目せよ。
組織の内部に目を向けるとさまざまなものが見えてきます。そのなかで、まずは「美意識」に注目することを本書は強く推奨しています。では、組織の美意識とは何でしょうか。一般に企業文化(カルチャー)とか組織風土といった言葉はよく聞きますが、異なるものでしょうか。
(美意識は)明確な言葉や書類にはなっていないが、長い時間をかけて培われてきたもので、会社の行動を規定していて、会社の歴史、伝統の一部になっている。だから美意識は企業によって異なる。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」85ページ)
その会社で働く人々が無意識のうちにもっている、「これはセンスが良い」「こうすべきだ」「このやりかたはおかしい」といった感覚のことを、ここでは美意識と呼んでいます。
著者によれば、会社のもつ美意識に大きく影響するものとして、トップマネジメントのあり方(創業オーナーかサラリーマン社長か)、会社の意思決定スタイル(トップダウンか、ボトムアップか、独裁的か、合議制的か)、外界との接点との関係性(新規顧客獲得を優先するか既存顧客の維持・ロイヤリティ向上を優先するか)などがあります。
ここで言う美意識を無視して組織デザインを行おうとしても、「内容はいいけれど、やりかたがおかしい」とか「言っていることはわかるが、うちには合わない」といった反論・反対の声が続出してしまい、時には組織改革プロジェクトのほうが中止に追い込まれることもあります。
なお、上記の引用では美意識は長い伝統(時間)をかけないと形成されないように思われるかもしれません。しかし、筆者が見聞した企業のなかには、創業から10年程度を経ていれば相応のカルチャーが醸成されており、美意識と呼ぶにふさわしいものが組織のなかに存在し働いているケースも多々ありました。
その中の1社は、外食・ファッション・インテリア・生活関連サービスなどを幅広く手掛けており、ブランド名は事業ごとに異なってはいるものの、営業や商品開発だけでなく、人事や経理などの管理部門でも、「そのやりかたは〇〇(その会社の社名)らしくないよね」とか「××マネージャーは〇〇っぽい雰囲気を出してるね」といった声が社員の間から日常的に上がっている企業でした。新入社員でも、入社してくる人は大半がいずれかのブランドのファンなので、各ブランドが共通して帯びている〇〇らしさを、もともと感じていたのかもしれません。実際、中途採用で入社してきた管理職のほうが、〇〇らしさを身につけておらず、明らかに職場で浮いてしまっていたり、判断ミスを重ねて退職せざるを得なくなったりしていました。
その会社で組織変革のプロジェクトを行った際にも、本書の表現を借りれば「美意識」と呼ぶべきものを強く意識しました。特に業績評価や人材登用を行う上で、その基準となる〇〇らしさをどのように日常的に体現しているのか、幅広い関係者からの多面評価や候補者・対象者へのインタビュー(BEI)などで深堀するといった仕組みを通じて確認・強化していきました。
もちろん、現状の「美意識」を追認するだけでなく、今は欠けていて将来は必要なスキルを組織的に獲得していくために、〇〇らしさに加えて、ITや物流などのスキルやノウハウの取り込み、金融機関や資本市場との対話、組織全体の継続的な学習などの要素を基準化していきました。
組織のもつ美意識は、現在のように事業環境が厳しい時にこそ、より強く自覚する必要があります。もし組織の美意識を無視して組織の機能や運営実態を壊してしまえば、激変する外部環境に対応できないどころか、組織が内側から一気に崩壊してしまう虞が大であるからです。
文章作成:QMS代表 井田修(2020年9月28日更新)