民事裁判入門(2)

民事裁判入門~裁判官は何を見ているのか~(2

 

(2)説得力のある主張をするには

 

昨今のように、直接会って言葉を交わす機会そのものが減少し、SNSZoomなどを通じてリモートでオンラインのコミュニケーションが主流となると、いっしょに食事をして信頼関係を構築しておき、何かあった時には丸く収めるといった方法は採りづらいものです。ちょっとした勘違いや誤解からトラブルが生じて、こじれた場合は訴訟に至ることもあるでしょう。日々の生活やビジネスでのやりとりを通じて、多少なりともトラブルが発生するリスクはいつもあると意識せざるを得ません。

そうした際にも、またトラブルでないにしても自分の何らかの言い分を他者に聞いてほしい時にも、何をどのように主張したほうがいいのか、日頃から考えて行動しておいたほうが良いでしょう。主張するといっても、プレゼンテーションやスピーチがうまく効果的に行えなければならないというわけではありません。むしろ、饒舌に自分のことを主張するだけでは、トラブルの解決から遠ざかることも、ままあります。

そうならないように、主張の効果的なやりかたを知ることも当然必要ですが、同時に主張を聞く側のことを知っておくことがより重要です。主張を聞くのが仕事のスタートであるのは例えば弁護士や裁判官ですが、本書では、弁護士が依頼人の話を聞く際に留意すべきポイントとして次の3点を挙げています。

 

  当時者の話は、全体として、大筋で、納得できるものか?

  書証、ことに客観的な書証との整合性は取れているか?

  当事者本人が積極的にふれたがらない部分や欠落部分、あるいは相互に矛盾している部分はないか?

(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」115116ページより抜粋

 

まず、話の内容が首尾一貫していて、基本的に筋の通ったものであるかどうかが問われます。何かを主張している人の言っている内容が、話の冒頭と最後のほうでは明らかに矛盾しているとか正反対のことを言っていることは、実は往々にして見かけます。多分、主張している本人は感情の赴くままに自分が正しいと思っていることを話しているのかもしれませんが、話を聞く側、利害関係のない第三者は、冷静に話の要点を聞いていますから、矛盾や感情的な言い間違いには敏感です。

そして、一度、そうした矛盾や間違いに気づいてしまうと、この人の話は納得できないところがあるという先入観をもってしまいます。そうした不信感が芽生えると、すぐに解消しなければ、先入観はしっかりとした人物評価につながります。要は、この人(の話)は信用できない、まともに取り上げるべきではない、といった心証が形成されてしまうのです。

当事者の主張が多少は感情的で矛盾を含むものであったとしても、それらを否定するだけのしっかりとした書証(書類や文書などにより主張の内容を証明するもの)があれば、その主張は信じるに足るものであるはずです。言い換えれば、主張する人は、自らの言い分を証明したり裏打ちするような証拠(やりとりを既述した記録文書やSNSのデータ、公的な書類や証明書、出入金の記録、さまざまなデジタルデータなど)を事前に洗い出しておいて、自らの主張を補強すべきです。

また、主張する人にとって不利益となったりマイナスの評価となったりするような事項についても、包み隠さず、相手や第三者に提示することができれば、その主張の信頼性は増すことが予想されます。ただし、そうした点を提示することで、相手や第三者から矛盾や不審な点を突っ込まれる虞がありますから、なぜ不利益となったりマイナスの評価となったりするような事項が生じたのか、その理由や経緯についてしっかりとした説明ができるように準備しておくことが望まれます。

 

一顧客としてクレームに対応するように求めるにしても、契約不履行などのビジネス上のトラブルに遭遇したにせよ、口頭で主張を述べるだけで話が済むケースばかりではないでしょう。問題がこじれればこじれるほど、口頭から文書(書類)によるやりとりに変わり、こちらの言い分を文書化して主張しなければならない状況になります。

そこで、以下の5点に注意してこちらの主張を取りまとめた文書(民事訴訟では準備書面)を用意することになります。

 

  個々の主張(いわゆる「攻撃防御方法」。たとえば、詐欺、錯誤、相殺、あるいは権利濫用、信義則違反のそれ)は、数行、長くとも10行から20行程度までには要約できるものであること

  論理的に記述されていること、最小限の論理的順序を守っていること

  自己の側からみた主張を中心に整理し、相手方の主張に対する反駁は、その前か後に、相手方の主張と証拠を正確に理解した上で、的確かつ論理的にまとめること

  重要な主張や証拠はなるべく早期に提出すること

  最初の主張はやや広めでもよいが、争点整理の間には、可能な範囲でしぼること

(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」128136ページより抜粋

 

これらのポイントを換言すれば、主張の骨子を手短に(20行以下で)提示し、それを補強するストーリーを論理だって主張することです。その際に、こちらの主張の要点をできるだけ絞り、相手の主張への反論にも感情的なコメントはしないことが肝要です。

もちろん、主張や反論の根拠となる証拠などは早め早めに提示することが求められます。主張や証拠の後出しは、一見、効果的な反撃手段のように見えますが、相手や第三者からは不誠実でまともに対応する姿勢が見られないと判断されることもあり得ます。

本書では、実際にこうした文書(裁判では準備書面)を書く際に、特に次のようなことに留意する必要があると指摘されています。

 

  「裁判官を説得するための書面である」のを念頭に置くこと

  テーマは、明確に、かつわかりやすく提示すること

  「自分がわかっている」ことを「裁判官にわからせる」努力が必要

  「相手方はわかっていても、裁判官はわからないことがある」ことにも注意

  構想をよく練って、なるべく短く凝縮したものを書くこと(あるいは、適切な長さで書くこと、ただし長すぎないこと)

  受け入れやすいように、一定の品位を保って書くこと

(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」136151ページより抜粋

 

一般のビジネス文書を書くにしても、交渉相手や関係者をいかに説得するのかということをまずは意識していることが必須です。意外に、読み手のことを忘れてしまい、単に自分が言いたいことをそのまま書いてしまうことが多いのではないでしょうか。それでは、相手に自分の主張を理解してもらうことはできません。

仮に、読み手をちゃんと意識したとしても、文書を書いていくうちに、つい感情的になって言葉遣いが不適切になってしまうこともあるでしょう。SNSでビジネス上のやりとりをする怖さはここにあります。軽い気持ちや勢いで言った一言が、スクリーンショットとして残り、動かぬ証拠として後々問題となることは、プライベートに限らず、ビジネスでも起こりやすい問題です。

テーマを明示するとか、述べる順序(構成)をしっかりと考えるとともに、言葉遣いにもビジネスに適したものを選ぶ、精神的かつ時間的なゆとりが必要です。また、すでに確立されたフォーマットを使用することで、構成を考えたり、テーマ・主張すべき事項・相手の反論・提示すべき証拠や論拠・そのほかの論点などを整理して簡潔に記述したりすることが可能となります。

 

(3)に続く

 

文章作成:QMS代表 井田修(202091日更新)