· 

コロナ時代のマネジメント(7)

コロナ時代のマネジメント(7

 

仕事のやりかたが変われば、組織や人のマネジメントの方法やルールも変わります。たとえば、雇用契約そのものからしてテレワークを原則とするものに変更されます。

企業経営全体でいえば、早期に代替可能なロジスティクスの整備やオフィスや生産拠点の分散化を図るというように、リスクマネジメントの観点からリスク許容度の高い経営手法も必要とされそうです。財務的にはキャッシュ保有を高めて、固定資産のウエイトを極力、下げることも重要かと思われます。

忘れてならないのは、こうした状況で必ず起こるのがイノベーションであるということです。

新たなサービスについては、いつどこからどういったものが出現するのかわかりません。すでに出張代行・買付代行といったものはHISのような大企業から出現していますが、対面型の仕事に取って代わるサービスには技術的なブレイクスルー以上に社会的な約束事を一新することが不可欠です。

特に人と情報が不可分で動くと思われていた状況(営業や採用などの活動)から、極力、人を動かさずに情報だけを動かすことでビジネスが成立する状況に適応できるかどうかが問われる以上、そこにイノベーションの機会が存在します。

したがって、政策的に公的な資金を投入すべきところは、本来は業態転換・事業転換・事業構造革新・事業再構築などであるべきです。確かに、休業補償などの売上補填をするのは一時的には止むを得ないかもしれませんが、本質的には資金を投入すべきは、業態転換・事業転換・事業構造革新・事業再構築のビジネスプランに対してであるはずです。

起業家のビジネスプランに対して資金を出すのがベンチャーキャピタルであるとすれば、ビジネスを再起動させるプランに資金を出すベンチャーキャピタルが社会的な機能として必要です。それを敢えて名付ければ、リブートキャピタルということかもしれません。こうした機能は、地域密着型の金融機関が担うべきかもしれませんが、個々の経営者やビジネスオーナーの能力や困難に立ち向かうマインドセットをどこまで情報として把握しているのか、かなり疑問視せざるを得ません。

政治的な影響など感染症に付随して起こる経済や企業経営以外の諸問題についても、迅速な対応が将来にわたって求められます。少なくともコロナウイルス以外によって引き起こされる次の感染症については、10年単位でみれば必ず何かが起きると覚悟しておくことです。その時に、慌てずに手早く対応できるかどうかが、再び問われます。

 

そうした変化が次々に起こっても、企業経営は絶えず対応していかねばなりません。それでは、これからの企業に求められるコア・コンピテンスとは何でしょうか。

変化への迅速な対応を可能とするアジリティ、リスク許容度の高いリスクマネジメントのケイパビリティ、多大なコストや資産がかからなくても収益を上げることができるビジネスモデルを次々に生み出す能力、今思いつくままに挙げてみても、実行する上での難度がなかなり高いものばかりです。

しかし、こうしたことを迅速にやりきることこそ、経営者に求められる能力であることは間違いありません。そこでは、従前のビジョンをあっさりと否定することも避けられないかもしれません。

換言すれば、近年のようにビジョンやリーダーシップが企業経営の根幹をなすという見方には終焉が訪れているのかもしれません。もし、そうであるならば、そこで働く個人にとっては、行動の基準となるものが大きく揺らぐことになりかねません。これは労働条件が頻繁に変わる以上に、安心して働くことが難しくなることを意味します。

職場における心理的安定性が喪失されるおそれがあるというのであれば、それは経営者やマネージャーのマネジメントのスタイルの問題であるかもしれません。コロナ時代の職場には、そもそも経営者やマネージャーが目の前にいるという前提が失われているので、Zoomの向こうにいる人々とのコミュニケーションを通じて、どのように心理的安定性やモチベーションを維持し向上させていくことができるのかが問われます。連載の最後にこうした課題について検討してみます。

 

一般に心理的安定性やモチベーションを形成するには、双方向のコミュニケーションを通じて、互いに建設的な合意を生み出していくことが求められます。一方がもう一方に命令や指示を出すだけではなく、相互に意見を出し合って相談したり、相手の事情や言い分を十分に理解した上で合意可能な対案を出していくといったプロセスが必要です。

そのためには、適切なタイミングで相互にフィードバックを得ることが不可欠です。ただ、これは言うは易く行うは難しで、従来のオフィスワークにおいてすら、まともに行われてこなかったことも事実です。故に、何か問題が生じた時に自分ひとりで対処するしかないと感じたり、どうせ誰もわかってくれないのだから、こんな仕事はそろそろ辞めようと投げやりになったりしがちです。

ちなみに、最近のDHBRの記事(注3)によれば、フィードバックが足りないときに仕事のモチベーションを高める方策として、次の3項目が挙げられています。

 

・破局的思考に対処する

・「自己のポートフォリオ」から引き出す

・返報性バイアスを活用する

 

破局的思考というのは、フィードバックが少なくなると、どうしても悪いほうへ悪いほうへと考えが偏ってしまい、起こりそうもないことを過大評価して、破局的な(最悪の)結果を過大評価してしまうことをいいます。テレワークをしていると、ある日1日だけでも上司や同僚から何も連絡がなければ、不安になり、昨日のレポートに何かミスがあったのでは?とか、もしかすると自分が知らないところでリストラ計画が進んでいるのでは?といったように、実際に起きて可能性が極めて低いはずの事象を、あたかも既に起きつつあるかのように思い込んでしまいがちです。

対処するには、問題の核心を見極めて、心配される最悪の事態がもし起きたとしたら、どのように行動するのか一度、具体的に考えてみることです。そうすると、行動プランが見えてきて何とか対処できると自信がつくか、そもそも考えるほうが愚かしいと問題を見切ることになるか、いずれかになるでしょう。

「自己のポートフォリオ」というのは、自分自身についての認識の大部分は他者からの情報に基づいて形成されるものであるため、投資におけるポートフォリオと同様に、さまざまな他者からの情報の組み合わせから自分のアイデンティティを構成してみることをいいます。

この引き出しを開けてみると、それぞれの人々が自分をどう見ているはずか想像することができます。上司は、部下は、同じ部署の同僚は、他部門の同期は、顧客のカウンターパートは、委託業者の担当者は、というように仕事上関係する人々を5人以上挙げて、時には、次に説明する返報性バイアスも意識して活用することで、リモートで仕事をしつつも自分にポジティブなフィードバックを得ることができるでしょう。

返報性バイアスは、たとえば、相手が挨拶をしてくれたら自分も挨拶をするし、相手が無視すれば自分も相手を無視するということです。自分が何らかのアドバイスやフィードバックが欲しいのであれば、テレワークであるからこそ、Zoomなどを通じて相手にちょっとしたアドバイスを送ったり、一言でもいいから「さきほどの資料はありがたかった」とチャットに書き込むなど、まず自分からコミュニケーションをとることです。そうすれば自ずと相応の返事が届くでしょう。

 

こうしたフィードバックを他の人にも行うほうが良いと誰しも思うかもしれません。しかし、善意が必ずしも良い結果につながるとは限らないのが、企業経営や組織運営で難しいところです。

「何か問題があったら、いつでも言ってください。すぐに直しますから。」こういう一言を口癖のように言う人に限って、実際に問題点を指摘すると、その言い方がどのようなものであっても、聞く耳をもたないと痛感させられることが実に多いのです。

言われた方は、結局は単なる言い訳、それも他人(組織、上司、経営者、同僚、部下や後輩、顧客、納入業者、などなど)が悪いとか、決して自分の間違いや能力不足のせいではない、自分はこうした特別な事情を抱えているのだからできなくて当然、などと主張して、良かれと思って指摘したほうが悪者にされてしまうことはよく見受けられます。なかには、問題を一切認めず、指摘したほうを攻撃してくる人もいます。これでは、次に何か気がつくことがあっても、二度と指摘したくはないでしょう。

適切なフィードバックを受けて心理的安定性やモチベーションを維持・向上したいのであれば、無理にフィードバックをしようとする環境に社員を置くのではなく、フィードバックをしようとか受けようと意識するまでもなく、日常的にフィードバックがなされるような仕組みや仕掛けを組織としては用意することが求められます。それは、業務報告や日報といったものを通じて日々行うものでもいいでしょう。また、月に一度は関係する人々についてのアンケート調査を行うなど、短いサイクルで多面評価を実施することで必要なフィードバックが自動的に行われるといったシステムでも構いません。

要は、リモートワークをうまく進めるための試行を続けることです。経営者に求められる役割や能力にも大きな変化が訪れているとともに、働く一人ひとりのビジネスパーソンにとっても働き方が変わるのですから、当面は試行錯誤が続くのです。変化への対応力が重要と言うことはできても、ポイントは変化を認識して、少しでもいいから自ら動くことです。

むしろ、何も目立って変わったところがない職場は、変わっていないことが最大の問題と認識すべきでしょう。これは、いつの時代にも通用することではありますが、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)はその認識を改めて強く迫り実行を要求する契機となったのです。

 

【注3

ここで触れている3項目は、『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』サイトの2020714日公開記事“フィードバックが足りないとき、仕事のモチベーションをどう高めるか”(デボラ・グレイソン・リーゲルの論考)の日本語訳による。

 

  作成・編集:経営支援チーム(2020811日)