ファクトフルネス (9)

 

ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣~(9 

 

(9)数字だけを真に受けてはダメ 

 

今年5月の倒産件数を見ると、東京商工リサーチでは“倒産件数が314件 半世紀ぶりの300件台に減少、「新型コロナ」関連倒産は61件発生”、帝国データバンクでは“倒産件数は288件、2000年以降最少、負債総額は7113100万円、3カ月ぶりの前年同月比減少”(注4)となっており、数字から見ると持続化給付金の支給開始や民間金融機関による実質無利子・無担保での融資スタートなどの資金繰り対策が功を奏したかのような印象を受けます。 

本当でしょうか? 

ちなみに45月と言えば、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の緊急事態宣言が出ている最中です。企業活動がまともに行われ、売上が得られて資金が順調に回っていたとはとても思えません。 

両社のレポートにも言及されていますが、緊急事態宣言のために法的整理を行う弁護士事務所や裁判所が業務縮小に追い込まれてしまい、倒産の法的処理を行いたくても行えなかったことや、業績不振に陥った企業をどう処理するのか判断すべき経営者自身が業務停止状態になり、法的整理を行う意思決定そのものを先送りしていることもあったりします。 

また、敢えて法的整理を選択せずに、廃業や法人の解散を行ったりするケースについては、両社ともに倒産とはカウントしないため、そもそも倒産件数には算入されません。なかには、廃業や解散すら行わず、従業員の解雇を行い、営業を停止したまま、法人登記もそのままにしておくといった、無期限の休業状態に陥っている法人も少なからずあります。これらも法的整理ではないため、倒産とはカウントされません。 

結局のところ、倒産件数という数字だけでは、現状についての正しい理解・判断ができません。しかし、人は公表された数字だけを見て、おかしな理解・判断に至ることがよくあります。 

 

これが、本書で第8の思い込み(本能)とされる単純化本能です。こうした思い込みの例として本書ではキューバとアメリカの医療をめぐるエピソードを紹介しています。 

まずキューバ側の思い込みについてです。 

 

わたしがつくった健康と富のバブルチャートの中で、キューバが特殊な位置にいることを示して見せた。所得はアメリカの4分の1なのに、子供の生存率はアメリカと同じくらい高かったのだ。わたしが話し終えるとすぐに厚生大臣が壇上に飛び乗って、鼻高々にこうまとめあげた。「キューバ人は貧乏人の中でいちばん健康だ!」大きな拍手が起こり、それが講演の締めくくりになった。 

でも、みんなが大臣と同じ感想を持ったわけではなかった。(中略)「先生のデータは正しいんですが、大臣は完全に勘違いしていますよ。」まるで謎かけをするようにわたしを見て、その謎に自分で答えた。「キューバ人は貧乏人の中でいちばん健康なんじゃなくて、健康な人たちの中でいちばん貧乏なだけです。」(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」253ページより)

 

キューバ側、特に厚生大臣ともなると、勘違いでもいいから自国の厚生政策のいい点を誇りたいのでしょう。しかし、医療面では高く評価されることの多いキューバであったとしても、こと経済面となるととても自慢できる状況にないことくらい、国民のひとりひとりが実感しているのです。 

一方、アメリカ側の思い込みについては次のように述べています。 

 

特定の政治思想を信奉する人は、アメリカとキューバを比べたがる。どちらか一方はなにもかも正しくて、どちらか一方はすべてにおいて間違っていると言い張る。(中略) 

アメリカ人ひとりあたりの医療費は、ほかのレベル4(引用者注、11日当たりの所得が32ドル以上に属する国々、西欧諸国、アメリカ・カナダ、日本・韓国・シンガポール・オーストラリアなどのアジアオセアニア諸国、サウジアラビア・アラブ首長国連邦などの中東産油国、ポーランド・ハンガリーなどの東欧諸国など50ヶ国ほど)の資本主義国の倍以上だ。ほかの国が3600ドル程度なのに対して、アメリカは9400ドルも使っている。それなのに、アメリカ人の平均寿命はほかの国よりも3歳短い。アメリカ人ひとりあたりの医療費は世界一高いが、アメリカよりも平均寿命が長い国は39カ国もある。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」255ページより)

 

 こと医療に関してはアメリカにはさまざまな課題がありそうです。それは、キューバと比較して明らかになることではありません。アメリカと同程度の経済力(所得水準)を有する国々との比較の中でこそ、課題は明らかになるでしょう。 

 さらに言えば、アメリカの技術力・経済力・軍事力などからみれば、医療システムはお粗末とすら言い得るほどの問題を抱え込んでいるのではないでしょうか。健康保険・医療保険などの社会保障制度の課題とも関連しますが、アメリカがCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染者数でも死者数でも世界で最も多く、相変わらず感染の勢いが治まらないというのも医療システムとその前提となる社会のシステムや慣習に重大な問題があると言わざるを得ません。  

 

ファクトフルネスとは……ひとつの視点だけでは世界を理解できないと知ること。さまざまな角度から問題を見たほうが物事を正確に理解できるし、現実的な解を見つけることができる。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」259ページより)

  

そのためには、本書によれば次のようなことを意識して心がける必要があります。 

まず、自分の考え方を立証したり裏付けたりする情報ばかりを集めてはならず、自分の意見や考え方とは異なる(相容れない)人に見解を求めるようにします。その際に、当然のことながら、先方の指摘に対して、そんなことは既に知っているといった態度を取ることは厳禁です。特に自分の専門分野以外のテーマについては、謙虚でありすぎることはありません。 

専門性であったり、卓越したスキルであったり、語学力であったり、とにかく自分の武器となるものがある人ほど、何かにつけてその武器(強み)を活用しようとしがちで、そもそも適用・応用しようのない事象にまでひとつの武器で対処を試みることすらあります。この陳腐な例が、仕事上の問題に対して、ちょっと知っているスポーツ(野球やサッカーやゴルフなど)の知識や格言を譬えに使って、なんとなくわかったようなふうを作り出すことでしょう。営業会議で課長から「X社には全員野球でアタックしよう」とか「Y社のZ部長にはインコース攻めが効くよ」と言われた部下はどうすればいいのでしょうか? 

本書が基本的に主張しているように数字で物事を見るとはいっても、数字だけですべてを理解し判断できるわけではありません。冒頭にご紹介した、今年5月の倒産件数の少なさというのも、その一例です。 

そして、そもそも単純な見方や答えで問題が解決するほど、世の中は甘くないことを肝に銘じるべきでしょう。物事は複雑であることが当たり前ですし、個々の事情や環境に応じてさまざまな解決方法を生み出していくことこそが現実的なアプローチです。ひとつの解決策をすべてに当てはめようとしていたら、その時点で間違っている可能性が極めて高いのです。 

 

(10)に続く

 

【注4 

東京商工リサーチのサイトでは「最新記事」>「全国企業倒産情報」>「月次(全国企業倒産状況)」>「20205月の全国企業倒産314件」、帝国データバンクのサイトでは「倒産情報」>「倒産集計一覧」>「20205月報」を、それぞれ参照してください。

 

文章作成:QMS代表 井田修(202078日更新)