コロナ時代のマネジメント(4)
緊急事態宣言が解除され、都内に出勤する人々の数もある程度は戻ってきました。とはいえ、このまま元に戻り、通勤電車から降りた人々の列が都心のオフィスビルに吸い込まれていく日常、となるわけではありません。実際、日立や住友商事など相当数の企業が、出社して仕事をするスタイルだけでなく、テレワークを今後のワークスタイルの主流とする方向に舵を切りました。当面は、こうした動向が続くものと思われます。
テレワークを本格的に導入するにせよ、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)への緊急対応として一時的に導入するにせよ、全ての企業にとって事業を運営していく上で忘れてならないのは、実際の仕事の現場におけるコロナ特有のリスクをマネジメントすることです。その結果、ビジネスの慣行や仕事のスタイルにおいて今起きている変化から逃れられる組織はない、と断言できるでしょう。
たとえば、これまでのように、顧客先に出張して会食や接待などを通じて、いわゆる人間関係を作って営業をしていくスタイルが今後はどう変わらざるを得ないのか、考察してみます。
見本市や商談会や業界セミナーなどで名刺交換やレセプションパーティーをきっかけに次回の客先訪問につなげるといった手法は、コロナ時代とは関係なく既に限界にきています。そのうえ、これらのイベントが実施されなくなったり、訪問すべき相手が直接の接触を忌避したりしているわけです。まして、飛び込みセールスやテレアポからの営業訪問というのは、コロナへの対応の前に営業効率が悪すぎる点で、全面的な見直しに迫られています。
さて、何らかの方法で顧客との関係ができたとして、それを維持・発展させることもまた、大きな変革に迫られます。こうした変革は、通販やネット販売が既に常態化し着実に成長しているB to Cのビジネスよりも、より人間関係重視の要素が濃いB to Bのビジネスにおいて、より強く要請されるものでしょう。
たとえば、医薬情報担当者(MR)が学会などに出席する医師に同行して、航空機や新幹線のなかでさまざまな情報を把握してもらう一方で、自社製品に関するフィードバックや要望事項などを聞き出すことで、製品導入や今後の開発のヒントを得ようとするといった営業手法は、まさに3密を形成してしまい、とても実行できません。他の業界ならまだしも、医療関連の業界では製品やサービスを説明することそのものもリモートで行うのが一般的となるでしょう。
同様の変化は、医療関連以外の業界においても必然です。製造業や建設業など、製品開発などのひとつのプロジェクトに多くの企業が重層的に参画するのが常態化しているところほど、狭い空間で話し合ったりいっしょにモノを作ったりしてきましたが、これからは多くの人々がリモートワークでひとつのプロジェクトを推進することができるようにさまざまな工夫が求められます。何か問題が生じたからといって、飲みニケーションでうまく収めるといったやりかたはもはや成立しません。
こうなると、もともと多くの国々に拠点を展開して一種のリモートワークで仕事を進めてこざるを得なかったグローバル企業とか、仮想的な組織ネットワークで多種多様なチーム(個人もいれば企業もいれば教育機関やNPOもいる)が連携して仕事を進めてきた社会的課題の解決を志向するスタートアップなどに、一日の長があります。
言い換えれば、旧来の仕事のやりかたをしてきたピラミッド型の組織構造をもつような企業が、一気に21世紀のグローバル・ベンチャーに転身するようにCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が強く要求しているのです。
顧客や取引先との仕事の進め方が大きく変わりつつある現在、組織内部での仕事の進め方も抜本的な変化に見舞われています。
従来は、社員全員がひとつの事務所に集合して、暗黙のルールや長期的に形成されていく人間関係をベースに、具体的な成果というよりも職場という共同体のメンバーであることに対して報酬を与えてきました。それが従来の仕事の実態であったとすれば、具体的な成果が出せれば、オフィスにせよ自宅にせよそれ以外のどこかにせよ、いる場所に関係ないのがコロナ時代のマネジメントの前提条件となります。
組織にとってこの時代に対応するために第一に取り組むべき課題は、いる場所に関係なく成果を生み出すことが可能となるような環境整備です。これにはICTシステムをハード面でもソフト面でもより使いやすいものに切り替えていくことが不可欠です。実際に使う現場の社員からの提案やクレームを幅広く拾い、より柔軟に使いやすいシステムを次々に試しに使ってみるといった、フットワークの軽いシステム導入が求められます。今使っているものが、来年も使われている保証はありませんし、使う社員も毎年新たに導入されるICT のツールにすぐに馴染むことが求められます。
もちろん、誰もがすぐに使い慣れることができるようなツールを開発することがICTサービスを提供する側には要請されることは、改めて言うまでもないでしょう。
第二の課題は、テレワークを前提とした組織運営に、現場の社員以上にマネジメントにあたる人々(マネージャーや執行役員など)や経営者が慣れ親しむことです。部下が目の前にいないと業務の指示や管理ができないというのでは、コロナ時代のマネジメントはできません。少なくとも、何が仕事で、どのような成果が求められているのか、また成果を出すまでの道筋に沿ってやるべき作業(タスク)をブレインダウンして、個々の納期を明示するといった程度の業務指示スキルは必要です。
「何も言わなくてもできるはず」とか「先々を読んで動くのが仕事」といった部下に丸投げのタイプは、言うまでもなくマネージャーとして不適格です。また、細部まで事細かに指示し、作業の進捗を日に何度も報告させて確認するといった過干渉型のマネジメント・スタイルをもつ人も、目の前に部下がいないリモートワークの体制では、そうした管理ができず、本人が思うようなマネジメントは実行できません。
一時話題になった、ハンコをすべて廃止するといったことも、紙ベースでの稟議・決裁しか効力を認めない組織運営ルールを見直すことで、実現可能となります。これもマネジメントに当たる人々が解決を主導すべきテーマです。
第三には、ICTを通じてチームワークを醸成・発展させるための方策を試行錯誤のなかから生み出していくことです。現に同じ空間にいる人々であれば、言葉以外の情報を含めて共有できます。そこから、ひとつのことを成し遂げることで体験を共有し、チームとしての動き方や役割分担などが自然とできていきます。同じ空間にいない人々同士がICTで繋がるだけで、あるゴールに向かって進もうとしても、そうした経験がない人も少なくない現状では仕事を進める上でのプロトコルがありません。
単純な例ですが、今日最初にICTを立ち上げてチームメンバーと情報のやりとりをするときに「おはようございます」とか「今日もよろしくお願いします」といった挨拶をしますか。するとしたら、誰が誰に向かって最初の声掛けをしますか。こうしたことは、ひとつひとつ日々の慣例として出来上がっていくものかもしれませんが、世代や立場によってもともと考え方や感じ方が大きく異なる人々の間で、早急に一定のルールやプロシージャ―(適切な手順)ができ上るとは思えません。
ほかにも類似の事象があります。テレワークに迫られた当初に話題となったのは、服装をどうするのか、特に上着とネクタイをつけるほうがいいのかどうかであるとか、メイクをするほうがいいのかしなくても構わないのか、といったことです。また、在宅で仕事をしているとなると、自分以外の家族、特に小さな子供などが仕事中に入り込むといったことが起きがちですが、機密保持やセキュリティの面からそれを忌避すべきこととして厳重に注意すべきなのか、ペットの乱入と同じくある程度までは微笑ましいこととして容認すべきなのか、仕事の内容やメンバーの時間拘束性の強さなどにより、判断は大きく分かれるでしょう。
一般的な正解はない状態が当面は続きますが、こうした判断の積み重ねが新たな企業文化、特に組織で共有される価値を形成していくことになります。いち早くコロナ時代に望まれる企業文化や共有すべき価値に気づき実践する組織が、次の時代における勝者となるのでしょう。
作成・編集:経営支援チーム(2020年7月2日)