ファクトフルネス (3)

 

ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣~(3 

 

(3)ネガティブ=交通事故で今も数多くの人々が亡くなっている? 

 

 本書で2番目に指摘される思い込みが「ネガティブ本能」です。  

 

人は誰しも、物事のポジティブな面より、ネガティブな面に注目しやすい。これはネガティブ本能のなせるわざだ。そしてネガティブ本能もまた、世界についての「とんでもない勘違い」が生まれる原因になっている。 

その勘違いとは、「世界はどんどん悪くなっている」というものだ。これほどよく聞く意見はほかに見当たらない。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」63ページより)

  

著者たちがさまざまな国で行ってきたアンケート調査(同書65ページのグラフを参照)によれば、「世界はどんどん悪くなっている」と回答する人は、すべての国や地域で少なくとも過半を占めています。 

しかし、世界から悪いことが減り続けていると同時に良いことは増え続けていること(同書7881ページのグラフを参照)もまた事実です。 

減り続けている悪いことのなかには、天然痘のように完全に姿を消したものもありますし、大気汚染(一人当たりの二酸化硫黄排出量)や飢餓(低栄養状態にある人の割合)のように過去50年間で着実に低下しつつあるものもあれば、石油流出事故や戦争や紛争による犠牲者数(人口10万人当たり)のように激しい上下動はあるもののトレンドとしては低下傾向にあるものもあります。 

増え続けている良いもののなかには、識字率や女性参政権のように超長期的に上昇しているものもあれば、予防接種の普及率や農作物の収穫量(1ヘクタール当たりの穀物生産量)のように過去4050年の間に着実に向上しているものもあります。 

では、なぜ、「世界はどんどん悪くなっている」と人は思ってしまうのでしょうか。

  

人々が「世界はどんどん悪くなっている」という思い込みからなかなか抜け出せないでいる原因は「ネガティブ本能」にある。ネガティブ本能とは、物事のポジティブな面よりもネガティブな面に気づきやすいという本能だ。 

ネガティブ本能を刺激する要因は3つある。(1)あやふやな過去の記憶、(2)ジャーナリストや活動家による偏った報道、(3)状況がまだまだ悪い時に、「以前に比べたら良くなっている」と言いづらい空気だ。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」83ページより)

 

たとえば、交通事故による死者について考えてみましょう。 

高齢ドライバーによる運転操作のミス、アルコールや薬物摂取による運転ミス、轢き逃げ事件など、悲惨な交通事故死の事例は相変わらず後を絶ちません。誰でもそうした事件の具体例をいくつも挙げることができるでしょう。 

それでは、データを見てみましょう。 

1947年から2017年までの交通事故に関する統計(注2)によると、人口10万人あたりの交通事故による死者の数は、1970年の16人強をピークとし、特に1990年代半ば以降一貫して減少を続けており、直近では3人を下回るまでになっています。交通事故による死者数という点では、日本社会は1970年に比べて約5.6倍安全になったと言えるのです。 

しかし、私たちのもっている印象では、子供や家族が巻き込まれる悲惨な交通事故や轢き逃げされたまま犯人が捕まらない事件が毎年、繰り返されているのではないでしょうか。むしろ状況は悪化していると思っている人もいるかもしれません。 

これが、本書で言うところのネガティブ本能です。 

このネガティブ本能を抑えるには、本書によると次の5点に留意すべきです。

 

・「悪い」と「良くなっている」は両立する 

・良い出来事はニュースになりにくい 

・ゆっくりとした進歩はニュースになりにくい 

・悪いニュースが増えても、悪い出来事が増えたとは限らない 

・美化された過去に気をつけよう 

(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」9495ページより)

  

交通事故による死者の数は、まさに「悪い」と「良くなっている」が両立した状態を示しています。個々の事件はまさに「悪い」ニュースであり当事者にとって悲劇以外の何物でもありません。一方、日本全体で交通事故の発生件数そのものが2004年をピークに2017年は半分以下に急激に減少しています。特に死者が出る重大な交通事故ということで見てみると、更に着実に死者数は減少しており、まさに状況は「良くなっている」のです。 

もちろん、今も日本全体で毎年3000人以上の人が交通事故で亡くなっている事実がある以上、「悪い」ことが厳然と起こっていることは否定できませんが、それでも16,000人を超える人が亡くなっていた頃よりは「良くなっている」ことは間違いありません。シートベルトの着用など、その間に打ち出してきたさまざまな対策が相応の効果を上げてきたこともまた、間違いのない事実です。 

ちなみにニュースとして報じられるのは、基本的に交通事故が起こり誰かが亡くなったということが圧倒的に多いのです。年に1回程度は、今年の交通事故統計は〇〇でしたと報じられることと思われますが、個々の事件を報じる際のセンセーションをもって、公式に発表された統計データを報じることはまずないでしょう。当然のことながら、個々の交通事故のほうが強く印象に残り、長く記憶されることになります。 

そうした交通事故のニュースに接すると、なかには、昔は今ほど交通事故で亡くなる人が多くはなかったのではないかと思う人もいるでしょう。実際、年齢が高い人は交通事故で亡くならなかったから、現に今、生存しているわけで、今よりも交通事故による死者が少なかったと過去を美化してしまうおそれがあります。また、年齢が低い人は、そもそも交通事故による死者数が多かった時代を知らないわけですから、昔がどうであったかわかりません。 

交通事故による死者数ということひとつをとっても、きちんとデータで物事を見ることの重要性は理解できるでしょう。 

  

ファクトフルネスとは……ネガティブなニュースに気づくこと。そして、ネガティブなニュースのほうが、圧倒的に耳に入りやすいと覚えておくこと。物事が良くなったとしてもそのことについて知る機会は少ない。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」94ページより)

 

(4)に続く

 

【注2】 

ここでは、以下のサイトにある交通事故に関するコラムより数字を引用しています。 

https://jafmate.jp/blog/news/180115.html

  

文章作成:QMS代表 井田修(2020527日更新)