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MBAを活用するには(4)

 

MBAを活用するには(4)

 

 MBAを活用できない理由は、主に次の3種類の問題に起因しています。それは、MBAホルダー自身の問題、経営者や人事責任者の問題、広く一般社員がもつ問題の3種類です。 

 

 第一のMBAホルダー自身の問題というのは、突き詰めていえば、MBA取得以前に自分のキャリアについてこれといった戦略がないことです。 

MBAを取得した後にどういうキャリアを歩みたいのか、その具体的なイメージがなかったり、あったとしても勤務している組織で昇進したい、といった程度のものであったりします。もっとひどいケースとなると、社命で言われたから留学してきたとか、MBAを取得できないと昇進ルートから外されるから何としても修了証書だけは持って帰らなければならない、という認識しかなくて留学していることすらあります。 

 実際、留学してみて初めて自分で自分のキャリアについてしっかりと考えていなかったことに気がつく人も珍しくはありません。他の留学生、特に日本や欧米以外から留学している人たちから刺激を受けて、改めてこれから何をしたいのか考えるきっかけを掴むこともあるでしょう。 

筆者が個人的に知っている限りにおいても、留学直後に退社して転職してしまうといったケースで、もともとは留学前には組織に戻るつもりであった人が相当数います。なかには、MBAの取得に要する経費や生活費などを会社が負担するといった優遇策があり、一定年数以内に転職する場合はそうした優遇部分の費用を本人が会社に返還するといった取り決めがなされていたにも関わらず、それらの費用相当額を弁済してすぐに転職する人も珍しくはありません。 

こうした転職の場合は、本人がキャリアについて改めて考えて次の行動に移っている分、MBAを取得するプロセスがキャリアデザインへの気づきをもたらしたという意味で成功と言えます。同様の留学であっても、そうした気づきを得ることもなく、ただ行ってMBAを持ち帰るだけというほうが失敗と呼びうるかもしれません。 

  

第二の経営者や人事責任者の問題というのは、MBA取得者の人材活用に限ったことではありませんが、組織の上層部の人材ほど学んでいない(学ぶ習慣がない)という現実があることです。 

どんな一流校を出ていても、20年も30年もまともに学ぶことがなかったが故に、人材の質的な低下を避けることができません。これは、人材以外のテーマでは至極当然のことです。自動車でもパソコンでもスマホでも、ある程度の時間が経てば、技術的にもビジネス面でも進化しているので、古いままのものは価値が低下してしまいます。個人についても、新卒入社する際の学歴で進化が止まっているのであれば、その人が経営幹部となる頃には人材としての価値が低下してしまうのが必然です。ただ、これは本人が最も気づきにくいことです。 

仮にMBAホルダーが経営幹部に存在しても、その知識は10年前、20年前のものかもしれません。MBAを取得したとしても、その知識の更新がなされないのであれば、現在および将来にわたって活用すべきものがそもそも存在しません。MBAで得られる知識にしても、絶えずアップデートしていくことが求められるのです。 

実は、MBAを取得することのひとつの意義は、学ぶ習慣がつくことかもしれません。特に日本のビジネスパーソンにとって、働く年数が長くなればなるほど、自ら学ぶ習慣が形成されているかどうかは、ビジネスパーソンとしての寿命を決定してしまうほど、重要なポイントです。 

まして、MBAを取得する機会もなく、ただ与えられた仕事をこなしてきただけの人では、その人の知識やスキルの現在における価値が入社時と同じであったり、それよりも高いものである保証はどこにもありません。こうした社員には目立ったマイナス(失敗)がない分、順調に経営幹部に登用されていく可能性が高いのもまた事実である組織が、まだまだ多数を占めているでしょう。 

自社の経営者や人事責任者のものの考え方やマインドセットは与件である以上、MBAを取得しようとする個人、特に自費で取得しようとする人にとっては、取得後のキャリアを考える上で、この問題点を十分に踏まえて戦略を立てる必要があります。学ぶ習慣のない経営幹部が多数を占めると思えば、それを反面教師として、自分の行動を変えていくのにMBA取得のプロセスを活かしたいものです。 

 

第三に、広く一般の社員から見たMBA取得者、特に取得後に退職した元社員に対する見方にも、MBA取得者を活用する上での問題があります。 

近年、出戻り社員制度(一度自社を退職した社員を後に再度雇用する制度)とかアルムナイ(同窓会制度、自社を退職した社員同士および現役社員との交流組織)といったものを見聞きする機会が増えたとはいえ、多くの一般の企業や官公庁などでは、定年退職以外の理由で退職した社員を仲間とは見做さないでしょう。 

これはMBA取得者に限った話ではありませんが、ただ退職したのではなく、会社の制度でMBAを取得までしたのに辞めたとなると、社外で得た知識や経験を改めて活かす機会を経営陣が与えたとしても、経緯を知っている周囲の社員(上長、先輩、同僚、後輩、部下、その他関連する人々)が前向きに快くともに働くようになるとは、到底想像できないという組織がまだまだ多いでしょう。 

こうした心理は、たとえば野球ファンの間でもまだまだ根強く残っています。FAで最初に入った球団から出ると、球団フロントや他の選手は戻ってくることに問題がなくてもファンが心理的に許さない事例をいまでも仄聞します。戻ってくることになる選手のほうも、ファンが受け入れてくれるかどうかを気にしているのかもしれません。 

MBA取得者かどうか、一度退職した社員かどうか、そうした属人的な事情よりも、仕事ができるかどうか、今の組織にこれまでにない貢献ができるのかどうか、本人だけでなく周囲の社員も成長させることができるかどうか、一緒に働いて楽しいかどうか、こうした観点から、ともに働く人を選ぶような組織でないと、MBA取得者が活躍できる可能性は低いのではないでしょうか。 

MBA取得者のキャリア戦略には、実はこうした要素も大きく影響しています。そのことを踏まえて、せっかく取得したMBAを活かすことにつながるような仕事が戻った職場にあるのかどうか、もし心当たりがないのであれば、そうした仕事を作り出せるのか、考えてみることから始めることになります。 

その結果、どうしても可能性が見つけられないのであれば、転職することも選択肢のひとつとしてあります。ただ、戻った職場でこれまでとは違った成果を挙げることができれば、同じ仕事をしているとしても周囲の見る目は変わります。自分のキャリアをリセットするほどの刺激や気づきをMBA取得のプロセスで得られなかったのであれば、これまでとは違った成果、量的なことよりも質的な違いのある成果を挙げることが、よりいっそう強く求められます。 

言い換えれば、今は漫然とMBAを取りに行けばいいという時代ではないのです。MBA取得のプロセスで得た気づきや身につけた知識や習慣を、取得後のキャリアで自分の仕事に活かすとともに、周囲の人々にも影響を与えていくことが肝要です。その場が、もともと勤務していた組織であるかどうかはあまり大きな意味を持たないのかもしれません。 

  

  作成・編集:人事戦略チーム(2020226日)