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MBAを活用するには(2)

 

MBAを活用するには(2

  

さて、MBAの“本家”といえばアメリカ(USA)でしょう。そこではMBAを取得するとはどういうことを意味するのでしょうか。 

一般にアメリカの企業社会では、ホワイトカラー、特にエンジニアや法務・財務などの専門性の高い仕事に就くには、それなりの資格や学位(修士号以上)が実質的に必須となっていることがよくあります。 

こうした仕事のなかには、医師や弁護士のように、メディカルスクールやロースクールといった専門の大学院を卒業しなければその仕事に就くことができないものもあります。 

企業経営やマネジメントという仕事は、専門性の高い仕事の一つと認識されてはいますが、特定の資格を有していないとその仕事に就いてはいけないというところまでの強制力はありません。 

とはいえ、一般の企業では、特に大企業や伝統的な企業であるほど、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書=担当する仕事の内容や指揮命令系統などを定義した文書)のなかに、標準的に求められる職種の経験や保有することが望ましい学位や資格が明記されています。これは人材採用の募集要項とほぼ一致するものなので、この会社ではこの仕事(職位)に〇〇の学位(修士号)取得者並みの知識やスキルが求められているということは一目瞭然です。 

実際、ホワイトカラーのエントリーレベルでは、「カレッジ・グラデュエイト(大卒)であること」と明記されていることは実によくありますし、経理や会計のマネージャーでは「CPA(公認会計士)保有者またはそれと同等以上の会計知識及び経理実務〇年以上」といった要件が示されているのが通例です。 

そして、仕事(職位)が違えば報酬の金額も支給形態も違います。上位の仕事(職位)ほど、現金給与が高額になるだけでなく、ストックオプションなどの非現金給与の付与対象になり、その付与額も飛躍的に高いものとなります。なかには、会社支給のプライベートジェット機の使用権や法外な金額の退職手当といったものもあります。 

したがって、ビジネスパーソンとして出世しようとすれば、自ら起業する以外の方法としては、MBAを取得してより上位の仕事(職位)を募集している企業に転職していくことになります。一つの会社でコツコツと仕事をしているだけでは、大卒であろうがなかろうが、なかなか昇進できませんし、昇給も限られたものです。 

そこで、一つの有力な方法としてMBAの取得を梃として上位職位へ転職していくことになります。まだ給料も高くないので、学費やMBAコース受講中の生活費などの必要な資金を借りて、MBAコース(弁護士で稼ぎたければロースクール、医師として活躍したければメディカルスクール)に行かざるを得ません。オバマ前大統領もロースクール時代の学生ローンの返済が大変だったと語っていたことがあるほどで、こうした学生ローンの存在は社会的経済的な面で問題視されています(注1)。 

このように、アメリカにおけるMBAの取得はあくまでも個人のキャリアを展開する上でのテーマであって、会社として制度化して社員に取得させようとするものではないのです。なかには例外的に自社の社員にMBAを取得させようとする会社もあるかもしれませんが、ファミリービジネスの後継者候補など特定の条件の下でのことでしょう。 

MBAの取得が目的ではなく、MBAのコースで教えている内容(知識やスキルなど)を社員に広く習得してほしいという企業はよくあります。その場合、MBAの取得を義務付けたり強く奨励したりはせずに、従業員がいつでも誰でもMBAの内容に触れられるように、社外のオンライン講座や自社で開発・蓄積した教材・講師などによるコースを社員に広く提示するのが大半です。 

なかには、特定の部門や階層の社員を集めて、短期的なMBAコースを社内で開講するケースもありますが、目的はMBAの取得ではなく、自社独自の経営課題の解決(を通じての人材開発・組織開発やカルチャー変革など)にあります。これは、いわゆるアクションラーニング(学習と実践行動をセットで実行するプログラム)です。 

アメリカの企業社会全体を見渡すと、CEOなど役員や経営幹部の大半がMBA取得者というわけでもないでしょう。実態としては、大学卒でない人も少なくありませんし、業種業界によっては、むしろ博士号保有者だらけという会社もあります。 

筆者が最初に勤務した外資系の企業は、アクチュアリーという高度に専門的な職種を中核とするコンサルティング会社でしたが、その当時のCEOはロースクール出身(弁護士)でした。役員クラスにロースクール出身者・CPAホルダー・工学系修士号取得者が存在するケースも決して少なくありません。 

特に起業したばかりの会社や創業者がCEOを務めている企業では、MBAホルダー(取得者)かどうかで人材採用を進めるよりも、エンジニアとしてのスキルや経験、マーケターとしての実績やアイデアなど、他に重視すべき事項を優先して人材を求めるでしょう。そうした企業も、組織体制が整備され、株式公開を行ったりするようになると、管理職や経営幹部にMBAホルダーが一定数、存在するようになるのが一般的です。 

こうしたアメリカの実態は、程度の差はあるにせよ、欧州でも同様といってよいでしょう。ただ、ドイツや北欧では、MBAよりも博士号を社会的には評価する傾向が特徴的で、経営幹部ともなれば名刺に取得した博士号を堂々と表記してあることがよくあります。たとえ、その博士号が直接は今の仕事とは関係がないものであっても、ただのCEOよりは哲学博士号をもったCEOのほうが偉いというのが社会通念としてあるのかもしれません。

 

【注1

学生ローンの実情及びその影響について紹介している記事の一例として次のものがあります。 

https://toyokeizai.net/articles/-/319779

アメリカにおける学生ローンの問題は、経済問題や金融問題として住宅ローン債権を証券化した金融商品の破綻が引き金となったリーマンショック級の危機のきっかけとなる虞が指摘されてきました。 

さらに、財政問題や社会問題としても大統領選挙の論点のひとつとして無視できないテーマとなっています。詳しくは、次の解説記事を参照ください。 

https://forbesjapan.com/articles/detail/32289?internal=top_firstview_03

 

(3)に続く

 

  作成・編集:人事戦略チーム(2020213日)