1兆ドルコーチ(2)

 

1兆ドルコーチ(2 

 

(2)スポーツでもコーチ、ビジネスでもコーチ

 

 本書の2339ページの記述に基づいて、ビル・キャンベルのキャリアを振り返ってみましょう

 

195558 ホムステッド高校(ペンシルベニア州)アメリカフットボール部で活躍 

195864 コロンビア大学に在学し、61年にアメリカンフットボール部のキャプテンに就任、62年に経済学士号、64年に教育学修士号を取得 

(ボストンカレッジのアメリカンフットボール部のアシスタントコーチを経て) 

1974 コロンビア大学アメリカンフットボール部のヘッドコーチに就任 

1976 コロンビア大学職員だったロバータ・スパニョーラと結婚 

1979 コロンビア大学アメリカンフットボール部のヘッドコーチを辞任、広告会社のジェイ・ウォルター・トンプソンに就職 

その後、担当顧客だったコダックに引き抜かれる 

1983 当時CEOだったジョン・スカリーのオファーを受けてアップルに入社(西海岸へ転居) 

9か月後、セールス・マーケティング担当副社長に昇格し、マッキントッシュ(新製品のパソコン)の販売戦略の指揮を執る 

1985 スティーブ・ジョブズがアップルを追放された際には、そのことに抵抗した数少ない経営幹部のひとりとなる 

1987 アップルの1部門だったクラリスをスピンオフする計画が持ち上がり、クラリス社のCEOに就任 

1990 クラリスのスピンオフの計画はアップルによって撤回され、他の経営幹部とともに退任 

その後、GOコーポレーションのCEOに就任 

1994 GOコーポレーションの廃業に伴いCEOを退任、インテュイット社CEOに就任 

1997 スティーブ・ジョブズのアップル復帰とCEO就任により、アップル社の取締役に就任(2014年まで) 

2000 インテュイットCEOを退任(会長は2016年まで務めた)、ベンチャーキャピタルのクライナー・パーキンスのジョン・ドーアに投資先企業のコーチを務めるように請われてビジネスコーチへ転身 

2001 グーグルCEOエリック・シュミットのコーチを開始 

以降15年間、グーグルの経営者や上級幹部へのコーチングが続く 

また、グーグルやアップルだけでなく、他のIT企業や教育機関などの経営幹部のビジネスコーチ及びアマチュアのフットボールチームのコーチも並行して務める 

2016 死去

  

 こうしてみると、アマチュアとはいえ、アメリカンフットボールの選手としての実績があった上で、教育学を修めてスポーツ(アメリカンフットボール)のコーチとして社会人のキャリアをスタートさせたことがわかります。ただ、コロンビア大学アメリカンフットボール部のヘッドコーチとしては、思ったような成果を挙げられず、任期途中で辞職を決意したそうです。 

その後、ビジネスの世界に転身して、こちらでは相当な実績を挙げて複数の会社でCEO職を務めるに至ります。しかし、ここでも、すべてが成功というわけではなく、時代の先を行き過ぎたGOコーポレーションでは廃業の憂き目に遭いました。 

ここで注目したいのは、次の3点です。 

第一に、ビジネスと教育についてしっかりとしたバックボーンがあるということです。経営者やビジネスコーチがビジネスについての理論や体系、ノウハウをなどを学習するのは当たり前のことと思われるかもしれませんが、必ずしも多くの経営者やビジネスコーチがそうであるとは言えません。 

特に日本では、経済学や経営学、教育学や心理学や行動科学といった、経営者やビジネスコーチに不可欠と思われる学問分野について、教育を受けたり自ら学習・研究した経験をもつ人ばかりというわけではありません。 

第二に、スポーツのコーチ経験が大きくあることです。それも、個人戦ではなく、チームで戦うスポーツの経験があることです。 

チームで勝利に向かって戦うには、チームマネジメントが不可欠です。個人ではなくチームのコーチとしてチームメンバーを勝利に導くというのは、正にビジネスで企業というチームを導いていくのと同様の難しさがありそうです。さらに、スポーツもビジネスも負けがつきものです。負けた時にどうチームを立て直すのか、コーチの力量が問われます。 

日本のビジネスコーチの中にも、スポーツでのコーチ経験がある人はいるとは思いますが、圧倒的に少ないでしょう。筆者自身は、相当なレベルでスポーツのコーチ経験を有する人がビジネスコーチで実績を挙げている方を直接、存じ上げてはいません。 

スポーツでのコーチの経験がビジネスコーチに必須とは思いませんが、共通のスキルやマインドセットがあるでしょうから、両方で高い成果を挙げるような人材が出現してもおかしくはないと思われます。起業の確率を上げる上で、スポーツ界の中から日本のビル・キャンベルを探し求める必要があるのかもしれません。 

第三に、一見、対立したり利害関係が衝突しているであろう関係者の間でも、確かな信頼関係を確立していることです。たとえば、アップルの取締役でありスティーブ・ジョブズのコーチとして活動する姿を知らないはずがないグーグルでも、エグゼクティブコーチを長年に亘って務めたり、その間にマイクロソフトのビル・ゲイツとも交渉を通じて信頼関係を構築することもあったそうです。 

こうした情況はどう考えても、コーチングを受けるそれぞれの当事者がビル・キャンベルのことを個人として信頼していなければ成立しない関係です。そういった意味での信頼を他人から得るには、どのようなことが必要なのでしょうか。個人的なキャラクターにも大きく依存するところがありそうですが、体系的に学習して、少しずつ実践していくことで構築できるものもありそうです。 

 

こういったキャリアを歩んできたビル・キャンベルですが、コーチ一筋のキャリアではなかったことがわかります。そこで、次は経営者としてのビル・キャンベルについて見ていきます。

 

(3)に続く

 

文章作成:QMS代表 井田修(20191210日更新)