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ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(8)

 

ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(8

 

 (8)ケーススタディの検討

  

 既にお気づきの方も多いと思いますが、前回紹介したケースストーリーは、映画「ゴッドファーザー」(注6)の登場人物のキャラクターやプロットを、一般の企業に置き換えて述べてみたものです。

 ファミリービジネスというと、どうしても、ファミリーのビジネス、すなわち、映画「ゴッドファーザー」で描かれているマフィアというファミリーとそのビジネスを連想してしまいます。そして、そこで描かれているストーリーは、まさにファミリービジネスのありかた、特にその継承のありかたを物語っています。

 

 さて、あなた、つまり、ジェンコ商会のCEOは、次のリーダーとして誰を意中の候補者とすればよいのでしょうか。

 きっと多くの方が、長男ソニーと答えるでしょう。ソニー自身もそのつもりで、これまで生きてきたことでしょう。

 本書「ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論」を読まれた方であれば、若い頃からずっとあなたの下でビジネスを学びつつ、実際の仕事もこなしているだけでよいのか、と疑問をもたれるのではないでしょうか。

  長男ソニーを一度でも外部に出すことで、事業や組織の運営について、またリーダーシップや意思決定について学ぶ機会を持たせるほうがいいのではないか、と考えることができます。同じことを教えられるにしても、父親であるあなたから叱責として言われるのと、他社で他人の経営者やマネージャーに指導されるのでは、受け止め方も大きく違います。

  よくあるのは、後継者(多くは長男)を自社においておき、通常の営業活動をやらせるなどして、一見、実績が挙がったから昇進させたという形をとることです。実際、そうした例がいかに多いことか、筆者が見聞きしてきた限りでも、実例にこと欠きません。

  自社内で実績を挙げさせるのであれば、会社のネームバリューやブランド力を活用して行う通常の営業ではなく、誰がやっても難しい経営課題に挑戦させるべきでしょう。そうでない限り、実績で昇進させたとは一般の社員やファミリー以外の役員は心の底から認めることは決してありません。こうした実例のある会社では、「うちはジュニア(長男ソニーの立場)の取り巻きでないと出世できない」などということが日常的に社員同士や取引先との雑談などで語られています。

  ちなみに、誰がやっても難しい経営課題というのは、たとえば、自社にとって未知の技術分野や未開拓市場において、新しい技術・製品・サービス・顧客などを開拓するとか、自社の業績が厳しい時にリストラの陣頭指揮を執って事業を立て直すといったことです。いきなり、インドやアフリカで支店を開設するとか実店舗だけで商売をしてきた会社がECに取り組んで3年以内にECの売上を現在の売上よりも多くするといった課題です。

  当然、すべてがうまくいくわけではありません。むしろ、手痛い失敗から、いかに立ち直って、何とかして結果を出すことができたというプロセスとその結果が、次の世代のリーダーとして自他ともに認められるのに必要不可欠です。

  このケースでいえば、いまさら他社に就職させて、改めて仕事を覚えさせたり、MBAを取得させたりするというのでは、時間がかかりすぎる虞があります。むしろ、あなたはS社との取引を長男ソニーに任せてみるべきだったのかもしれません。

  もちろん、それがうまくいく保証はありませんし、あなたが危惧するとおり、ジェンコ商会で扱うべき商材ではないかもしれません。そうであれば、S社と長男ソニーが共同で出資する会社を別に設立し、あなたの資金支援なしで、その共同経営者をやらせてみるといった方法も、検討するに値するものです。その結果、ソニー自身が「これはうちで扱うべき商品ではなかった」と頭を下げてくるのであれば、ビジネスの数値面では失敗ではあっても、ファミリービジネスのリーダーシップの承継という点では、決して無駄ではなかったと言えるでしょう。

  

このケースにはもうひとつ、検討すべきテーマがあります。それは、次世代リーダーを支える次世代幹部の候補となる人材をどこに求めるのか、という点です。

  一般には、CEOの世代交代に伴って、次の世代のリーダーを支える幹部も世代交代していきます。ただ、これも言葉でいうように簡単なものではなく、経営幹部とその候補者と目される人々との間で、さまざまな軋轢や葛藤、ときには物理的な争いごとにも発展しかねないものです。この世代交代をスムーズに行うために、役員退職慰労金制度を新たに導入したり、ストックオプションや持ち株奨励制度などを運営したりする会社もあります。ときには、暖簾分けや独立支援制度が効果を発揮することもあります。

  そうした観点でケースについて考えてみましょう。

  顧問弁護士トムは長男ソニーが次のCEOとなってもそのまま同じ立場で能力を発揮するでしょう。次男フレドや三男マイケルは、ソニーの下で働くのであれば、兄をファミリーにおいてもビジネスにおいてもリーダーとして認めて協力していくであろうことが想像に難くありません。

  しかし、長女のコニーと結婚したカルロ(娘婿)はどうなるでしょうか。

  彼はファミリーに加わりはしましたが、ビジネスにおいてはその存在をまったく認められていません。言い換えれば、社員から出世した結果、創業者の娘と結婚できたわけではないのです。むしろ、あなたはカルロの能力や資質はビジネスには向いていない、もしくは役に立たないと思っています。

  とはいえ、かわいい一人娘の懇願に負けて、結婚を認めてしまったのもあなたの行ったことですし、娘とその婿にはビジネスの厳しさを味あわせたくないという感情も理解できないものではありません。生活は保障するが、仕事には一切タッチさせないという処遇は、第三者から見れば、相当な温情と言えます。

  一方、カルロ本人は、「自分だってやれる」「チャンスさえもらえれば必ず結果を出して見せる」といったプライドを持っているかもしれません。こうしたプライドや周囲の目を意識するあまり、コニーに当たり散らすようになることは、ある程度、予想できます。生活が保障されているだけの暮らしに満足する程度の男であれば、多分、コニーが結婚相手に選ぶこともなかったでしょう。

  ちなみに、娘婿をビジネス面においてファミリーのメンバーとして加えることで、後継者を育成したり、次世代の経営能力の強化につとめようとしたりするのは、日本では比較的よく見られることです。昔から続く商家であれば、番頭のなかから優れている者を長女の婿として次の当主に据えるくらいのことは、往々にしてあることでしょう。

 番頭という自社のプロパー社員のなかから選ばなくても、同様の方策はほかにもあります。娘の結婚した相手が自社とはまったく無関係な業界に勤めている場合、その相手を世代交代のある時期に自社の社員や役員として迎えるというのは、一理あることです。要するに、次世代のリーダーを支える人材をヘッドハンティングする際に、まったく未知の人材を採用するよりも、娘と結婚してきた期間が長いことで人となりがわかっている娘婿のほうが、自社への適合度や持っている能力が自社で欠けている部分を埋める可能性などの点で適切に評価できるのです。適合度が低いとか能力やスキルに問題があるのであれば、自社に入れなければいいだけです。

 このケースでは、ファミリーを血縁者に限る志向を非常に強く持っているあなたの価値観ゆえか、娘婿のカルロは仕事を与えらません。このことが、将来、カルロがライバル社に情報を流すという裏切り行為を働くことにつながる可能性は否定できません。ファミリービジネスでは、ファミリーのメンバーであって、そのビジネスに興味がある、関わりたい、と思っている人を排除することの難しさがあります。その人がリーダーの目から見て、自社のビジネスに向かないとかリーダーやマネージャーとしての能力や資質に欠けるところがあるという場合は、その扱いに特に注意が必要です。

 

 さて、このケースには続きがあります。

 そうこうするうち、あなたは不慮の事件に巻き込まれて、瀕死の重傷を負ってしまいました。意識不明の状況からは辛くも脱したものの、入院やリハビリが長く続き、事件のことも広く世間で知られることとなりました。

  あなたの個人的な力量に負っていたビジネスにも、主要取引先を中心に動揺が走ります。これをチャンスと見たライバルたちは営業攻勢に出てきており、ジェンコ商会のビジネスは厳しいものとなっています。

  事実上のCEOとして、長男ソニーはこうした情勢に対応して、思いつくままに次々と手を打っていますが、なかなか良い結果につながっていません。悪い時には悪いことが重なるもので、商品に対するクレームが発生しました。こうしたジェンコ商会の現状はライバルに筒抜けの状態で、役員クラスの幹部が引き抜かれたり、同業他社がこちらの先手を打って営業攻勢を仕掛けたりしています。

  不眠不休で対応に当たっていたソニーはとうとう過労のため、倒れてしまい、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

  そこで、体調が完全に回復したわけではないあなたが、CEOに復帰しました。そして、すこしだけ仕事を手伝った後、改めて海外に留学中だった三男マイケルを急遽、呼び戻し、次のCEOに指名しました。

  あなたが、マイケルの立場であったら、次期CEOの指名を受け入れますか。受け入れるとして、どのように考えて行動したうえで受け入れますか。次期CEOとしてどのようなリーダーを目指しますか。そして、受け継いだ会社をどのように立て直しますか。

 

(9)に続く

 

【注6

映画「ゴッドファーザー」については、第1作から順に以下の予告編を見るだけでも、その概要を感じ取ることができるかもしれません。

 

 

 

文章作成:QMS代表 井田修(2019118日更新)